循環器中町クリニック院長 原 久美子さん
健康を維持するために運動は欠かせないものですが、いざ始めると途中で挫折してしまう人も多いのではないでしょうか。循環器が専門の原久美子医師は、楽しく続けられる運動として「フラダンス」を提唱し、評判となっています。インストラクターとしても活動する原医師のもとでは、フラダンスの健康増進効果が続々と確かめられているのです。
関節への負担が少ないフラダンスは中高年に最適な有酸素運動
健康の維持・増進のためには運動が必要不可欠です。適切な運動を定期的に行うことで、糖尿病や高血圧症といった生活習慣病のみならず、変形性ひざ関節症などにも有効であるとされています。ところが、実際に運動を始めてみると、きつさのあまり続けられない人が少なくありません。そのような悩みを解決できると話題を集めているのが、循環器中町クリニック院長・原久美子先生が提唱するフラダンスです。神奈川県小田原市にあるクリニックでは運動療法の一環として取り入れているというフラダンスの魅力について、原先生に伺いました。
「私のクリニックに来院する患者さんの多くは、糖尿病や高血圧症、脂質異常症などの生活習慣病を患っています。生活習慣病の予防・改善には、運動が欠かせません。クリニック開院後に効果的な運動療法の必要性を感じた私は、筑波大学大学院人間総合科学研究科の久野譜也教授のもとで運動と健康の関係を学びました」
筑波大学で研究を続けながら、クリニックでは屋内でできる運動療法の指導を始めた原先生。運動をすすめた患者さんたちは真面目に取り組んでくれたそうですが、無理をしてしまう人も多かったといいます。
「患者さんたちの様子を見ながら、運動をほとんどしてこなかった中高年の方が急に運動を始めるのは危険だと思いました。高血圧症の患者さんは早朝に血圧が上昇しやすく、朝の激しい運動は一段と血圧を上げてしまいます。ほかにも、激しい運動は転倒する可能性があり、高齢者の場合は転倒して骨折すると寝たきりになるおそれもあります。さらに、夏の猛暑の中での運動は、脱水症や熱中症を起こすリスクもあります」
運動に伴う危険性に加えて、原先生が問題点として挙げていたのが「患者さんが運動を続けられるかどうか」でした。運動療法を実践しても楽しさを見いだせず、途中で挫折してしまう人が少なくなかったそうです。 楽しく続けられて、運動不足の中高年でも危険が伴わない運動——原先生がたどりついた答えがフラダンスでした。フラダンス発祥の地・ハワイを何度も訪れたことがあるという原先生は、現地でフラダンスを見たこともあるそうです。
「昔から日本では定期的にハワイアンブームが起こるので、ハワイの文化に好印象を持っている方は多いと思います。運動に慣れ親しんでいない人でも、『フラダンスなら自分でもできるかもしれない』と思う人が多いんです。屋内でフラダンスをすれば天候に左右されませんし、夏でも熱中症にかかりにくくなります」
ほかのダンスと異なり、はだしで踊るフラダンスの特長にも注目した原先生。はだしでの踊りはバランスを取りやすく、転倒の危険が少なくなります。さらに、跳ねたりせず、ゆったりとした動きのフラダンスは、全身運動でありながら股関節やひざへの負担が少なく、中高年に合っているそうです。筑波大学でフラダンスを研究テーマとした原先生は、クリニックで指導する運動療法にフラダンスを取り入れることにしたといいます。
「クリニックの運動療法としてフラダンスを取り入れる際は、インストラクターさんに来ていただこうと考えていました。ところが、インストラクターさんに自分がフラダンスの研究をしていることを伝えると、『先生が指導者になって教えたほうがいいですよ』とアドバイスされたんです。指導することでフラダンスの研究をより深められると思ったので、インストラクターの勉強を始めました」
猛勉強の末に、フラダンスインストラクターの資格を取得した原先生は、クリニック内に「マーラマポノ・フラスタジオ」を開設。患者さんや参加者たちに指導をしながらフラダンスの健康増進に関するデータを調べていくと、驚くべき事実が分かったといいます。
有酸素運動と筋力トレーニングの両方の効果を発揮
「フラダンス教室に参加を希望した中高年の女性31名に対し、教室に参加する前と参加して1年半後と2年後にデータを取らせてもらいました。参加者の皆さんに週に1~3日各1時間のフラレッスンに参加していただいたところ、体重、体脂肪率、内臓脂肪断面積が減少し、逆に大腰筋が増加していることが分かったんです」
参加者に行った体力測定では、上体起こしと10㍍の障害物歩行、座った状態での前屈、2分間の太もも上げの数値が有意に改善していることも分かったという原先生。フラダンスは、常にひざを曲げた中腰の姿勢で踊るため、足腰の筋肉が増強されたのではないかと仮説を立てているそうです。
「運動強度の目安に使われるメッツを計測したところ、フラダンスは4~9メッツでした。4メッツは自転車走行、9メッツはランニングと同程度の強度です。フラダンスが、見た目よりも運動負荷が大きいことが分かると思います」
フラダンスが、有酸素運動と筋力トレーニングの両方の効果がある点にも着目している原先生。有酸素運動や、筋力トレーニングを別々に行うよりも、効率的に運動できるとのこと。また、フラダンスは「緊張」「抑うつ」「怒り」などの心の状態を計測する『POMS』でも改善が見られたそうです。
「実際にフラダンスを教えた生徒さんたちから『体は疲れているのに踊る前より元気になりました』という声をよく聞くようになったんです。そこで、東邦大学名誉教授(当時は教授)の有田秀穂先生のご指導を仰いだところ、生徒さんたちの脳内でセロトニンの分泌量が増えていることが分かりました。セロトニンは、心を平常に保つ働きのある脳内神経伝達物質です。分泌量が増えることで、落ち込みや怒り、悲しみといったマイナスの感情が薄らぐといわれています」
フラダンスは「幸せホルモン」のセロトニンを増やすと研究で判明
「幸せホルモン」とも呼ばれるセロトニンの分泌に関わる神経は、ウォーキングやガムを噛む動作など、リズミカルな繰り返し運動を意識して行うと活性化されることが分かっています。音楽に合わせて緩やかな動きを繰り返すフラダンスは、セロトニンを増やすために有効な運動といえます。
「フラダンスをすると幸せな気持ちになるのは、セロトニンの分泌量が増えるからだけではありません。『健康になりたい』という同じ気持ちを持つ仲間ができることで、皆さんの表情が明るくなっていくんです。精神面だけでなく、筋力がアップして腰やひざの痛みが取れた方もいます」
コロナ禍が収束しない現在は、活動日を週2日に減らしているという原先生。ワクチンを接種していない参加者さんには、抗原検査を受けてもらい、感染予防を図っているそうです。かつてはハワイのステージに出演していた時期もあり、現在も春と秋に知り合いのバンドのステージに参加していると原先生は話します。
「フラダンス教室を開いて20年がたちました。教室を始めた当時、40代だった生徒さんは60代になりましたが、皆さん若々しいんです。70代の生徒さんたちも、元気にフラダンスを楽しんでいます。生徒の皆さんが幸せそうな表情でフラダンスを踊り、心身ともに健康な姿を見ると、教室を開いてほんとうによかったと思います」
教室には聴覚が不自由な人でもフラダンスを楽しめるコースがあり、近日中に再開予定という原先生。生徒さんたちとフラダンスを楽しむだけでなく、現在もフラダンスをはじめとする運動の健康効果について、筑波大学と研究を進めているそうです。
「薬だけの治療では、真の健康にはたどりつきません。特別な技術や道具を必要とせず、なにより楽しく続けられるフラダンスは、中高年の方に最適な運動です。爽快な気持ちになれるフラダンスの魅力を一人でも多くの方に知っていただき、健康な心と体を手に入れてほしいと願っています」