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腎機能の維持には運動も大切で透析リスクが低下

糖尿病・腎臓内科

自治医科大学名誉教授 草野 英二

ウォーキングで透析の危険度が下がり運動の有効性が証明されました

[くさの・えいじ]——1949年、福島県生まれ。1974年、東北大学医学部卒業後、北里大学で研修。1976年、自治医科大学に赴任後、1981年から2年間、米国メイヨー・クリニックに留学。自治医科大学腎臓内科講師・助教授を経て、2002年から同大学教授。現在は同大学名誉教授。2020年から、医弘会かわしま内科クリニック理事長。日本腎臓リハビリテーション学会監事、栃木県医師会常任理事、栃木県透析会理事などの要職を務める。

(じん)(ぞう)と連携を取りながら、腎臓の負担を軽減するのが筋肉です。これは「(きん)(じん)連関」と呼ばれる考え方で、近年の研究で「筋肉には腎臓を保護する働きがある」という興味深い報告がされるようになっています。

腎臓は血液をろ過し、尿毒素などの老廃物を体外に排出する働きを持つ臓器です。さらに、腎臓には浄血機能のほかにも、私たちの生命を維持するために欠かせない〝血液の管理人〟と呼ぶべき役割も担っていることが明らかにされつつあります。

腎臓は全身の血液を管理するために、さまざまな臓器と連携を取り合っています。この事実は、ひとたび腎臓の機能が低下すると全身の血液に異常が起こり、すべての臓器と器官に問題が生じやすくなることを意味しています。

慢性腎臓病(CKD)は、加齢のほか、腎炎や高血圧症、糖尿病などによって、腎臓の機能が低下する病気の総称です。腎臓は毛細血管が集まってできているため、慢性腎臓病の治療は動脈硬化(血管の老化)の進行を抑えることが治療の中心となります。動脈硬化を進行させる高血圧症や糖尿病などの生活習慣病は、腎臓の浄血機能のみならず、血液の管理人としての機能も低下させてしまいます。

高血圧症や糖尿病などの生活習慣病をはじめ、動脈硬化の改善には運動療法が有効であることが広く知られています。以前の考えでは、運動は腎臓に負担をかけるため、慢性腎臓病の患者さんが運動を行うことは大きく制限されていました。その理由は、慢性腎臓病の患者さんが運動を行うと、たんぱく尿が出やすくなることが分かっていたからです。そのため、進行した慢性腎臓病の患者さんは、安静にすることが何よりも大切だとされてきました。

しかし、近年の研究で、運動によって生じるたんぱく尿は一時的な症状だと分かりました。フルマラソンのような長時間に及ぶ激しい無呼吸運動をしなければ、腎機能に大きな影響を及ぼさないと判明したのです。

そこで最近では、慢性腎臓病の患者さんにとって運動は、生活習慣病や動脈硬化を改善するうえでむしろ推奨されるべきと考えられるようになっています。現在、運動と腎機能に関する研究が世界中で行われています。その中から、注目すべき研究を選んでご紹介しましょう。

米国で(とう)(せき)患者さんを対象とした研究では、日常的に運動をする患者さんは非活動的な患者さんより生存率が高いという結果が出ています。さらに、別の試験では透析患者さんの上腕の筋肉の太さが生存率と相関関係にあることも判明しています。

台湾では、腎臓病に対するウォーキングの効果を確かめる調査が行われています。対象となった6363人は、腎機能が健康な人の6割以下の慢性腎臓病患者さんです(平均年齢70歳)。1回のウォーキングを30分から1時間程度、平均1.3年にわたる追跡調査を行った結果、ウォーキングをしていた患者さんは、死亡リスクと透析・腎移植のリスクがともに低下することが分かりました。さらに、1週間当たりのウォーキング頻度を上げるほどリスクが低下することも確かめられたのです。結論として、「週に1回、30分程度のウォーキングでも死亡リスクと透析リスクを下げることができ、ウォーキングの頻度と距離を増やすとより効果的」という事実が示されました。

慢性腎臓病の患者を対象に台湾で行われた調査結果。ウォーキングの頻度を高めて距離を長くするほど、死亡リスクや透析・腎移植のリスクが低下すると分かった

運動の有効性に関する報告が増える中、慢性腎臓病の治療を取り巻く環境も変わりつつあります。2016年からは、ステージG4以降の糖尿病腎症の患者さんに限って、透析を予防するための運動療法に健康保険の適用が認められるようになりました。運動療法は生活指導も含めた腎臓リハビリテーションとして、全国の医療機関に普及しつつあります。現在は保存期・透析期を問わず、慢性腎臓病の患者さんに運動療法をすすめる医師が増えています。

適切な運動が、なぜ腎機能の維持に働きかけるのでしょうか。すべては明らかになっていませんが、研究は徐々に進んでいます。キーワードは「炎症」です。

炎症とは生体反応の一つで、組織の損傷や外敵の侵入といった体の異常に反応して起こります。本来は体を保護しようとする機能であるものの、長期間に及んで炎症が治まらないと周囲の組織を傷つけてしまいます。長期間にわたってくすぶるような軽度の炎症反応が続く状態を「慢性炎症」と呼びます。慢性炎症は生活習慣病と密接な関係にあるといわれています。

慢性腎臓病の患者さんの腎臓でも、慢性炎症が起こっています。慢性炎症によって腎臓の細胞が傷つくことで、腎臓の機能が一段と低下します。慢性腎臓病の進行を抑えるには、腎臓に起こっている慢性炎症を抑えることが大切なのです。

炎症の程度を調べるにあたり、指標となるのが「インターロイキン」の存在です。インターロイキンは「サイトカイン」と呼ばれるコミュニケーション物質(ホルモンや情報伝達物質など)の一つで、細胞が(ぶん)(ぴつ)しています。サイトカインは、細胞と細胞間の情報伝達の役割を果たしているといわれており、インターロイキンは特に炎症と深い関わりのあるサイトカインです。

インターロイキンの中でも、IL-6は炎症が起こっている際に多く分泌される特徴があり、IL-10は炎症を抑える働きがあることが知られています。日常的に運動を行っている慢性腎臓病の患者さんは、運動を行わない慢性腎臓病の患者さんに比べて IL-6は少なく、 IL-10が多い傾向にあります。つまり、運動には腎臓の炎症を抑制しながら、腎機能を保護する働きがあると考えられるのです。

複数の研究によって、適切な運動を行うと筋肉からコミュニケーション物質が放出され、腎臓が受け取ることでなんらかの作用が働き、腎機能の維持・増強に役立っていることが推察されます。運動を習慣にして筋肉量を増やすことが、腎機能の維持につながるのです。

外出を控えるべきコロナ禍は自宅で1回5~10分の屋内歩行がおすすめです

慢性腎臓病の患者さんにとっての運動は、有酸素運動と筋力トレーニング(筋トレ)の両方を行うことが大切です。最初は体に負担をかけすぎないよう、短い時間と少ない回数から始めて、徐々に増やしていくといいでしょう。

有酸素運動はウォーキングやジョギングといった、安全に続けられる運動をおすすめします。マラソンのような負荷の大きい運動は逆効果になるので控えましょう。私がおすすめしているのはウォーキングです。

新型コロナウイルス感染症の影響で、屋外での運動を控えている方は少なくありません。屋外であっても、周囲と間隔を2㍍以上確保すれば感染のおそれは減りますが、不安で運動に集中できない人もいるでしょう。そのような方は、まずは自宅での屋内歩行から始めることをおすすめします。

最初は1回につき5~10分のウォーキングを1日2回、週に3~5日を目安に行いましょう。1回の時間を徐々に長くしていきながら、最終的には1回につき20~30分ウォーキングできるようになるのが目標です。

筋トレには、特に大きな決まりはありません。取り組みやすいもので、転倒などの危険が少ないものを選びましょう。筋肉量を増やすためには、筋肉量が多い部位を動かすほうが効率的なので、下半身の筋肉を強化する筋トレを中心に行うといいでしょう。

筋トレの中でも、手軽に取り組めるのが「スクワット」です。最初は少ない回数から始め、徐々に回数を増やしていきましょう。あくまでも自分の体力と相談しながら無理のない範囲内で、15回を1セットとして1日3~5セット、週に2~3日こなせるようにするのが最終目標です。筋トレをする時間帯は、筋肉がつきやすい食後が理想ですが、食前でもかまいません。

スクワットのやり方にも条件はありませんが、目安として一例をご紹介しましょう。まず両足を肩幅よりやや広く開けて立ちます。(つま)(さき)は、30度程度開きましょう。ひざは人さし指の方向を向くようにしてください。お(しり)を後ろに引くように体を沈めます。この際、ひざが爪先より前に出ないように意識して、90度に曲げるのが理想です。ひざを曲げた状態で一度静止したら、ゆっくりと体を起こしましょう。

スクワットは、バランスが悪い人をはじめ、筋肉量が少なかったり、筋力が弱かったりすると転倒する危険が伴います。最初は必ずイスやテーブル、壁などに手を添えて行うようにしてください。回数を重ねて負荷を強くしたくなったら、水を入れたペットボトルを両手に持ってスクワットをすると、下半身をさらに鍛えることができます。

立って行う運動が困難な方には「レッグレイズ」がおすすめです。レッグレイズはあおむけの状態から始めます。3~5秒かけて息を吐きながら、両ひざを胸に近づけます。1秒静止した後で、曲げていた足をゆっくりとまっすぐに伸ばし、地面から少し高い位置で静止します。以上の動きを1回として、再び足を折りたたむ動作に戻ります。スクワット同様に無理のない範囲内で、5~10回を1セットとして1日3~5セット、週に2~3日行うのを最終目標にしてください。

適切な運動は腎臓病のステージに関係なく有効で心疾患など合併症の予防にも最適です

私の考えでは、適切な運動は慢性腎臓病のステージに関係なく積極的に行うべきだと思います。初期の人はもちろん、透析が目前まで迫っている保存期の患者さんや透析を行っている患者さんにもおすすめです。ただし、心疾患や極度の肥満、変形性ひざ関節症など、慢性腎臓病以外の疾患で運動を制限されている方は、必ず医師の指導を守るようにしましょう。

慢性腎臓病が進行すると、「代謝性アシドーシス」という疾患を合併してしまうことがあります。腎臓は、血液の酸性とアルカリ性のバランスを調整する役割も担っています。腎機能が低下してしまい、本来は弱アルカリ性に保たれるべき血液が酸性に傾いた状態が代謝性アシドーシスです。代謝性アシドーシスになるとさまざまな問題が生じますが、筋力の低下もその一つです。

代謝性アシドーシスが起こりやすい慢性腎臓病の患者さんは、筋力が低下しやすい状態にあるといえます。そのような背景からも、慢性腎臓病の患者さんは、運動を継続的に行って筋力を維持することが重要です。さらに、運動は慢性腎臓病の患者さんにとって重大な合併症の一つといえる脳卒中や(しん)(きん)(こう)(そく)といった心血管障害の予防にも有効です。ぜひ、適切な運動習慣を毎日の生活に取り入れて、腎機能の維持に努めてください。