女優 大竹 しのぶさん
抜群の演技力で、映画やドラマ、舞台など、さまざまな分野で圧倒的な存在感を発揮しつづけている女優の大竹しのぶさん。上演中の舞台『ふるあめりかに袖はぬらさじ』では、キャリア初となる三味線の生演奏を披露するなど、いくつになってもチャレンジ精神旺盛な大竹さんに、元気の秘訣をお聞きしました!
幼少期の将来の夢は父のような学校の先生になることだったんです
縁あって、こうしてお芝居をやらせていただいている私ですが、子どもの頃の夢は学校の先生になることでした。
これは父が高校の教員だった影響が大きいと思います。「私も父のような教師になりたい」と、自然に思っていました。
ところが、高校生になったばかりのある日、フォーリーブスの北公次さんが主演する『ボクは女学生』(フジテレビ系列)というドラマで北さんと一緒にTVに出ませんかと、女学生役の一般公募があったのを妹と二人で見ていました。
当時、大人気のフォーリーブス。まして純粋に北さんの大ファンだった私たちは、「オーディションを受ければコーちゃんに会えるかもしれない」と思い、ほんとうにそれだけの気持ちでオーディションを受けることに。ちなみに、妹は付き添いだけでした。
そんなミーハー心で受けたオーディションにたまたま合格してしまったのは、今にして思えば運命のいたずらのようなもの。実際に撮影が始まり、ドラマ撮影という生まれて初めて現場は、想像もしなかったことばかりで楽しかったです。
撮影中は時々、学校を休まなければならなかったことにとても困り、悲しいことでした。ところが、関係者の方から「こんな作品の話があるんだけど、オーディション受けてみない?」といわれ、じゃあ、そのオーディションだけ受けて、もうこの世界はすっぱりやめようと思っていたんです。それが映画『青春の門』のオーディションで、そして同時に行われていたのが、朝のテレビ小説『水色の時』(NHK)でした。
その撮影が始まってから、週4回は3時間目までしか授業を受けられない毎日。ある日、早退して校門を出ていく時、ふと振り返ると担任の先生が職員室の窓から私を見ていることがありました。こうして見守ってくれる人がいる場所なのだから、絶対にきちんと卒業しなければと、泣きながら心の中で誓ったのもいい思い出です。
受けられなかった授業は、わざわざ個別の補習をしてくれた先生もいて、もちろんノートを取ってくれる友人など、みんなにすごく支えてもらっていました。撮影終了後は、きちんと通学し、おかげで単位が不足することもなく、私はちゃんと高校を卒業することができました。
学業との両立でどんなに忙しくしていても、それをまったくストレスに感じなかったのは、やはり周囲のサポートがあればこそ、でしょうね。
学校の先生を目指していたはずの私が、いつしかお芝居の世界を志すようになったのも、ごく自然な決断でした。でも、これは一大決心でもなんでもなくて、演技をすることがほんとうに楽しかったという、ただそれだけのことなんです。
キャリア50年にして初めて演じる芸者役に注目してください
キャリア50周年になる今日まで、私は挫折らしい挫折を経験したこともなくやってこられました。これは、なんとかなるさの性格だからだと思いますが。
50年というのは非常に長い時間です。でもその間、すべての仕事に全力で取り組んできて、気がつけばこれだけの時間がたっていた、という感覚でしかないんです。
もちろん普通の人間ですから、仕事が重なって多忙な状態が続けば、心の余裕を失うこともあります。でも、デビュー当時、学業との両立に追われていた私にしてみれば、そもそも時間に追われるのは当たり前のこと。それを苦労だと感じるようなことはなかったかもしれません。
もちろん、中には心から面白いとは思えなかった仕事もありましたが、けれどその都度、自分がやるべきことに集中して向き合ってきたので、なにか必ずいいことがあるはずだと、ネガティブに考えないようにしてきました。いいほうに、いいほうにいつも考えるようにしています。
今、稽古している(取材時)舞台『ふるあめりかに袖はぬらさじ』は、セリフを覚えるだけでなく、これまでまったく未経験の三味線を練習しなければならないので、毎日が必死です。
それに、実は初めて芸者さんの役を演じるのですが、着物を着ること自体がこれまであまりなかったので、着物の裾さばきひとつ取っても慣れていないので、少しでも自然な動きに近づけるよう、一からお稽古しています。もちろん大変ではありますが、こういった一つひとつも新鮮な経験として楽しみながら取り組むようにしています。
『ふるあめりかに袖はぬらさじ』は、開港目前の横浜の街が舞台です。文明開化直前の独特な雰囲気が余すところなく表現されている作品で、私は「お園」という女性を演じています。原作は有吉佐和子さんが1972年に発表した戯曲で、過去には杉村春子さんや坂東玉三郎さんがお園役を演じた、由緒正しい作品です。
日本のお芝居の面白さにあらためて気づかされました
今回こうしてお園役を仰せつかったのは光栄なことで、どちらかといえば翻訳物に出演する機会が多い私としては、稽古を通して「日本のお芝居ってこんなに面白いんだな」とあらためて実感しています。
笑えるシーンもあれば、その笑いの向こうに悲しみや残酷さが隠されている奥深さもある物語なんです。これまでに何度も上演されてきた理由もよく分かります。ぜひ、一人でも多くの方にこの舞台を見ていただきたいですね。
私自身がお園という女性に深く共感しているせいか、役作りにはさほど苦労はしていません。ただ、問題はこの猛暑です。毎日毎日、ほんとうにうだるような暑さの中、自宅と稽古場、あるいはテレビ局などを行ったり来たりする日々は、否が応でも体力が削られていきます。
だからといって本番までのスケジュールに余裕はありませんから、今は熱中症の対策はもちろん、コンディショニングに最大限に気を配りながら生活しています。
私なりの夏バテ対策は、単純ですけど、よく食べてよく眠ること。これに尽きます。
ただし、単に量をたくさん食べればいいのではなくて、栄養のバランスをしっかり考えた食事をとることを心がけ、自分で料理をする場合はオーガニックの食材にこだわるようにしています。
オーガニックの野菜って、健康面もさることながら、味そのものがおいしいんですよね。昔は特別な業者さんから食材を取り寄せていましたが、最近はスーパーマーケットでもいろいろな食材を買えるようになって助かっています。
その賜物なのか、基本的に健康で元気な毎日を送ることができています。食べ物が体を作るのだとしたら、心から気に入ったオーガニック野菜をたくさん摂取してきたことがものをいっているように思いますし、なにより両親から丈夫な体をもらったことに感謝しなければならないのかもしれません。お酒やタバコもやりません。
ただ、自分の体の声を聞くことだけは、常に意識しています。疲れがたまっていないか、体のどこかが悲鳴を上げていないか、うっかり無理をしすぎていないか——などなど、ちゃんと体と会話をするのはとても大切なことだと思います。
例えば、先ほどよく眠ることが健康の秘訣だといいましたけど、なかなか寝つけない時には無理に眠ろうとしてはいけませんね。明日早いからといって眠くもないのに眠ろうとするのは、かえって心身にプレッシャーを与えるのと同じです。そうではなく、テレビなどを見ながらリラックスして、もう少し眠くなるまで起きていればいいんです。
とはいえ睡眠は重要ですから、眠れなくてほんとうに困っている人はお医者さんに相談するべきですし、薬ではなくサプリメントくらいなら気軽に試してみてもいいのではないでしょうか。それも「無理をしない」ことの一つだと私は思います。
そうこういっているうちに、私も早66歳になりました。いつまでも「自然体がいちばん」なんていってはいられないのかもしれません。
健康を維持する秘訣は体が発する声にちゃんと耳を傾けることです
正直、60歳を迎えた時は必要以上に年齢を意識してしまい、私も少しネガティブな気持ちになりました。そもそも女性としては誕生日を迎えることがまったくうれしくなくなって久しいですからね(笑)。
先日、風邪で発熱してしまった際、自宅の階段をいつものようにトントントンと軽やかに上ることができない自分に気づき、「ああ、もう10年もすればこういう動きが普通になるのかな」と、老いていく自分の姿をリアルにイメージしたことがありました。
その時はさすがに落ち込みましたけど、直後に血液検査をしたら、お医者さんから「すばらしい。体内年齢はまだ30代ですよ」といわれて、途端に元気を取り戻しました。我ながら、現金なものです。
つまりは、なにごとも気の持ちようが大切ということ。「ひざが痛い」「腰が痛い」と嘆いてばかりいると、ことさら痛みを意識しすぎてしまうことだってあるでしょう。
運動をしなければ!なんて、無理にウォーキングをしたりジムに通ったりする必要もないと私は思いますよ。だって、自分の体と直接会話できるのは、この世で自分だけなのですから。
例えば、今夜、布団に入る時にも、今日の自分が最もらくな姿勢はなんだろう?と、体の声に耳を傾けながら考えてみてください。誰しも日によって疲れがたまっている部位は違うでしょうから、眠りやすい体勢も毎日変わるはず。赤ちゃんが肩こりもなければ声がかれることもないのは、まったく無理をしていないからでしょう。大人になってもそれは同じなんですよね。
体に不調を感じている人は、洗濯物を干す時や洗い物をする時、掃除機をかける時などにも、必ずご自身の体と会話をしてみてください。癖になっている動作と違う動きをしてみることで、急に体がらくになることだってあるかもしれません。
前期高齢者になった私も、引き続き自分の体の声をしっかり聞きながら、まだまだこのお仕事を楽しく続けていきたいと思います。がんばりましょうね。