プレゼント

山に登る——それだけで自然からエネルギーをたくさん与えてもらえます

私の元気の秘訣

女優 小林 綾子さん

1980年代に日本のテレビドラマ史上最高視聴率を記録し、世界75以上の国と地域で放送されたNHK朝の連続テレビ小説『おしん』。その中で主人公の幼少時代を演じた小林綾子さんは、山でリフレッシュしながら現在も女優業を続けています。45年を超える長いキャリアで得た元気のとはなにか? 舞台本番を間近に控える小林さんを直撃しました!

習い事感覚で稽古を受けはじめたことがキャリアの始まりです

[こばやし・あやこ]——東京都出身。立命館大学文学部英米文学科卒業。5歳よりテレビドラマやCMを中心にタレント活動を始める。1983年、朝の連続テレビ小説『おしん』(NHK)で主人公の少女時代を好演して人気を博す。その後も、ドラマ・映画・舞台のほか、現在は旅番組や情報バラエティでも活躍中。主な出演作に、ドラマ『いのち』(NHK)、『剣客商売』(フジテレビ系列)、『渡る世間は鬼ばかり』(TBS系列)、映画『ホタル』『海難1890』、舞台『おしん』『かたき同志』などがある。

私は5歳の時から芸能界でお仕事をさせていただいています。きっかけは、たまたま自宅の近所にあった東映とうえい児童演劇研修所(現・東映東京撮影所俳優ユニット)に入ったことです。その頃、『がんばれ‼ロボコン』(当時、NET系列)という子ども向けの特撮ドラマが放送されていて、そこに登場するヒロインのロビンちゃんがクラシックバレエ用衣装のチュチュを着てトウシューズで踊る姿を見て、「私もやってみたい!」と母に伝えたのが始まりでした。

母はまず、私をバレエ教室に連れて行ってくれたのですが、そこがモダンバレエの教室だったので、トウシューズを履く機会がありません。しばらく通っていたのですが、一度やめることになりました。新たに教室を探している時に、東映の研修所でもバレエを教えてくれるという話を耳にして、そちらへ入所することになったんです。

ですから、最初は女優になりたいとか歌手になりたいという気持ちはまったくなくて、ピアノやお習字と同じ、習い事の1つとして東映に入ったんです。

毎週レッスンに通いながら、ときどき子役のオーディションを受けるようになり、初めてのテレビ出演は『仮面ライダー』(TBS系列)でした。私に与えられたのは、母親役の女優さんに「ママ、これもらったの」と風船を手渡す女の子の役。その風船が実は風船爆弾だったというシーンなのですが、撮影のために幼稚園を休んで、早朝から富士急ふじきゅうハイランドへ向かうものの、天候の問題でなかなか撮影が始まらず……。結局、1日中待機していたのに「今日は撤収です」となって、子ども心に「なぜなにもやらなかったのかしら」と不思議に思ったことを覚えています(笑)。

そんな、ほかの子どもとは少し変わった経験をしてはいましたけれど、家の近所には同世代の友だちがおおぜいいて、いつも元気に外で遊んでいるような、おてんばな幼少期だったと思います。

地元ではとにかく遊び相手には事欠かず、駆けっこをしたり、竹馬に乗ったり、ローラースケートで遊んだり……。今にして思えば、とても恵まれた環境でしたよね。

一方、東映児童演劇研修所もまた、私にとって楽しい場所でした。演劇も歌もバレエも、みんなと一緒にレッスンをするので、自然と仲よくなれるんです。学校とはまた違うところにも大好きな仲間がいるのがうれしかったですね。

朝の連続テレビ小説『おしん』(NHK)で、おしんを演じる小林綾子さん(手前)、田中裕子さん(後列中央)、乙羽信子さん(同右)と脚本家の橋田壽賀子さん(同左)の当時の1枚

ただ、東映からたびたび「このオーディションに行ってください」といわれるものの、採用されることはまれでした。たまに、よほど自分のイメージと役柄がマッチした時に受かる程度で、芸能界というのは決して簡単な世界ではないんだなと、肌身で感じはじめたのがこの頃です。

その後、朝の連続テレビ小説『おしん』(NHK)のオーディションに合格したのが、私が10歳の時のことでした。私の役柄は、幼少期の主人公・おしんです。覚えている方も多いかもしれませんが、おしんのセリフはすべて山形弁です。東京出身の私にとってはこれが難関で、オーディションに合格した後は、山形弁の猛特訓を始めなければなりませんでした。

私の出番は全部で6週間あり、まずは台本に合わせた計36話分の方言テープを台本と一緒にいただきました。そして、台本のセリフ1つひとつに、イントネーションが上がるところは「←」を付けて、下がるところには「→」を付けて、同じトーンで話す部分には傍点を付けてと、自分なりに分かりやすく工夫しながら、ひたすら母と二人三脚で練習しました。

『おしん』に抜擢されて山形弁のセリフの習得には四苦八苦しました

台本を広げ、お手本のテープを聞いて、私が実際にしゃべって、ということを繰り返す日々。学校に通いながらなので、この時期はほんとうに大変でしたけれど、どうにか撮影が始まるまでにおおかたのセリフとイントネーションを頭にたたき込むことができました。

撮影は1月の真冬の山形でのロケーションからスタートし、続いて、夏のシーンを撮るために2月の雪のない奥多摩おくたまでの撮影があり、さらに3月末の春先までスタジオでの撮影が続きます。放送が始まる4月にはもう、出演シーンはすべて撮り終えていて、私は大仕事を終えて日常に戻っていました。

放送が開始されると反響はだんだん大きくなっていき、街中でも私に気づく人が増えて、人目を気にしながら遊ばなければなりませんでした。道を歩いていて突然、「あっ、おしんだ!」と声をかけられることも多く、戸惑ったこともありました。

こうして中学生、高校生になっても学業と女優業を両立する生活が続いていましたが、将来もこのまま芸能界の道へ進むかどうかは特に決めてはいませんでした。私としては学生のうちにほかになにかやりたいことが見つかったら、女優業以外の仕事に就くことも視野に入れていました。

それでも結局この仕事を選んだのは、やはり今までこの世界でお世話になった方々とのご縁を大切にしたいという気持ちと、なにより表現することが楽しくて好きだったからだと思います。

大学時代は、特に私の世代は「就職超氷河期」といわれた不況の真っただ中です。就活に四苦八苦する友人たちの姿を見ていましたので、好きなことを仕事にできる自分はとても恵まれていて、ありがたいことだなと感じていました。

とはいえ、もちろんうまくいくことばかりではありません。例えば、20歳の時に出演させていただいた、森光子もりみつこさん主演の『流水橋りゅうすいばし』という舞台では、それまでドラマや映画が中心だったので、お芝居の表現方法の違いにとても苦労しました。なにしろ、映像で身につけていたことがほとんど通用せず、舞台での立ち方から発声の仕方に至るまですべて教えていただくことになったんです。

同じ演技じゃないかと思う人もいるかもしれませんが、映像作品と違って、舞台の場合は自分自身ですべてを完結させなければなりません。セリフを忘れてもカットがかかることはありませんし、お客様にどういう姿を見せるのか、自分の力量が試されるのです。

セリフの発し方1つをとっても、映像ならささやくようなセリフを音声さんがうまく処理してくれますが、舞台の場合はしっかり届く発声を心がけなければいけません。ほんとうに、一からすべてを学び直さなければならず、自分の無力さ、ふがいなさを感じました。

舞台『花嫁』は日常にある温かさを表現していて家族の絆が魅力です

「『久しぶりに家族に電話してみようかな』とあたたかい気持ちになってもらえたら、私としては大成功です」

でも、だからこそ映像とはまた違ったやりがいがあるのが、舞台のお仕事だとも感じています。先輩方から舞台のいろはを教わり、少しずつお客様からいい反応が得られるようになってくると、映像とはまた異なるライブの面白さ、奥深さを感じられるようになってきました。

実は2025年6月にも、舞台『花嫁はなよめ~娘からの花束~』という作品の本番を控えています。

夫の七回忌しちかいきのタイミングで、突然舞い込んだ母への縁談に揺れ動く家族の心の機微を描いた物語で、私はその一家の次女の役どころです。ちょうど失恋してしまったタイミングで母の再婚を知るという、非常に複雑な心境にある立場なので、心して役作りに励まなければなりません。お母さんがお嫁に行ってしまうことに思い悩み、寂しくもあり、素直に喜べない揺れ動く感情をお伝えできればと思っています。

全体としては、なにげない日常を演出の石井いしいふく先生が素敵なドラマに仕上げてくださり、ずっと一貫して、家族の温かさを感じていただけるのがこの作品の魅力です。現代では希薄になりつつある家族のきずなを感じてもらえればうれしいですね。

この舞台を観てくださったお客様が、「久しぶりに家族に電話してみようかな」とあたたかい気持ちになってもらえたら、私としては大成功。幅広い世代の方々に観ていただければと思います。

女優業に限りませんが、長く仕事を続けていくためには、やはり身体からだが資本です。日頃からできる限りの健康管理は意識するようにしています。例えば、ちゃんと3食しっかりとって、適度な運動をして、十分に眠る。まずは食事、運動、睡眠が基本です。

舞台『花嫁』の取材会の1枚。出演者の笑顔から家族の温かさのような雰囲気が伝わる

特に、しっかり休息を取ることは大切なことだと思います。疲れた時には無理をせず、なにもかも忘れてぐっすり眠るのがいちばん。嫌なことがあったりストレスがたまっていたりするような時でも、いったん寝てしまえば案外元気を取り戻せるものですよ。

私がこれまで幸いにも大病と無縁でやってこられたのも、そうやって自分をリセットしながら、うまく心身のバランスをとってきたからなのかなと思っています。

また、最近は時間ができるとよく山登りに出かけています。これがほんとうにいい気分転換になるので、ぜひ多くの方におすすめしたいです。山に行くと、日常ではなかなか見られない絶景に出合うことができますし、自然からエネルギーをたくさん与えてもらえます。疲れている時こそ山に出かけると元気になって帰ってこられるのですよ。

夢は百名山を踏破!山で野だてを楽しむのがリフレッシュ法です

よく、森林浴をすると植物が発するフィトンチッド(植物が自己防衛のために発散する揮発性物質)を浴びることができ、心身にいい影響があるといわれますよね。実際、自然の中に身を置くと、自分の中に幸せホルモンが分泌ぶんぴつされるのが感じられてやされるんです。足腰も鍛えられますし、いいことずくめでしょう。

さらに、私の場合は茶道のお稽古けいこを長く続けているので、山登りの際にお茶の道具を持っていって、野だてをすることもあります。自然の中でお茶をたてて、おいしいお菓子と一緒にいただくと、それだけで元気になれます。そのために持ち運びに便利な山用の小さなお茶碗を信楽焼しがらきやきで作りました。

「山は季節ごとにまったく異なる表情を見せてくれます」

体力に自信がなかったり、病気などで過度な運動が禁じられていたりする人でも、山によってはロープウェイやケーブルカーを使えば無理なく自然に触れることができます。山は季節ごとにまったく異なる表情を見せてくれますし、きっと思い思いの楽しみ方が見つかるはずですよ。

五十路いそじを越えた私ですが、いつか日本の百名山をすべて踏破するのが今の夢です。百名山のうちまだ40くらいしか登れていないので、この夢は老後の楽しみにしたいと思います。

結局のところ、こうして家でじっとしていられないのは、子どもの頃から変わらない私の性分なのでしょうね(笑)。朝からずっと自宅にこもっていると、夕方には外の空気を吸いたくなったり、おもむろに散歩に出かけたりするのがいつものパターンです。

病気になると、ポジティブな気持ちを維持することが難しい場合もあるでしょう。でも、だからといって家に閉じこもっていては、気分がふさぎ込むばかり。少しがんばってお出かけして、ゆっくりと近所を散歩してみるだけでも、いろんな発見があるはずですよ。

道端に可愛い花が咲いているのを見つけたり、子育てに励む親鳥の姿を見つけたりするだけでもきっと幸せな気持ちになれることと思います。身近なところにあるささやかな幸せを、皆さんもぜひ探してみてくださいね。

小林綾子さんからのお知らせ

舞台『花嫁〜娘からの花束〜』

●作  向田邦子
●演出 石井ふく子
●出演 久本雅美、小林綾子、上脇結友、石原舞子、瀬戸摩純、丹羽貞仁、羽場裕一 ほか
●製作 松竹
●日程 2025年6月1日(日)〜24日(火)ほか全国公演あり
●場所 三越劇場(東京都中央区日本橋室町)
●問い合わせ先 チケットホン松竹(10:00〜17:00)☎0570-000-489