プレゼント

芝居や映画をたくさん見て泣いたり笑ったりすれば、きっと元気になります

私の元気の秘訣

女優 渡辺 えりさん

実力派女優としてはもちろん、劇作、演出、劇団主宰など、幅広いジャンルで長きにわたって活躍を続ける渡辺えりさん。昨夏に上演された『喜劇 老後の資金がありません』は大好評で再演が決定。さらに、みずから事務所を立ち上げ、社長業にも励んでいます。そんな衰え知らずの渡辺さんに、元気の秘訣(ひけつ)を聞きました。

故郷の公民館で毎年行われる発表会が演劇の原点なんです

[わたなべ・えり]——1955年1月5日、山形県出身。1978年、劇団2〇〇(その後劇団3〇〇に改名)を結成。小劇場ブームをけん引する。現在は「オフィス3〇〇」主宰。作・演出・出演の3役を担い、1983年『ゲゲゲのげ~逢魔が時に揺れるブランコ』で岸田國士戯曲賞、1987年『瞼の母―まだ見ぬ海からの手紙』で紀伊國屋演劇賞個人賞を受賞するなど、多くの話題作を発表。2004年『今昔桃太郎』、2009年『新版 舌切雀』では歌舞伎の作・演出も手がけた。舞台のみならず、ドラマや映画、執筆活動など、各分野で活躍。近年、歌手活動にも精力的に取り組んでいる。2019年より日本劇作家協会会長。2021年4月には個人事務所を立ち上げ再スタートを切る。

山形県の中央に位置する村木沢(むらきさわ)地区が私の故郷です。30世帯、100人ほどの小さな農村で育ちました。父親は教師で母親も働くなど忙しくしていたので、いわゆるおばあちゃん子。和服裁縫(わふくさいほう)を近所のお母さん方に自宅で教えていた祖母が、よく私の面倒を見てくれました。

2歳の頃、こたつの上に立ち、家にいるおおぜいの大人たちの前で『(こう)(じょう)の月』などを歌って披露して、近所の方から「天使のような子ども」といわれて、とてもかわいがられていたようです。

よそのお宅にもよく遊びに行くし、晩ご飯をはしごしてごちそうになることも多くて、当時から今のようにふっくらとした体型だったみたいです。どれも、両親や祖母から聞いた話ですが(笑)。

演劇に興味を持つようになったのも、幼い頃の経験がきっかけです。毎年、故郷の村の公民館で演劇の発表会があったのですが、普段は農業をしている近所のお母さんたちが、メイクはもちろん、きれいな衣装でおめかしすることで、別人のようにきれいになっていました。

毎年のことですから、みんな踊りも上手。いつもは畑で農作業をしているただのお母さんたちが、こんなにも変身する。演劇とは、なんとも夢のある世界だ、と興味を持つようになり、小学校に入る頃には自分で作品を書いて、演出するまでになっていました。

当時から私の演出や監督は厳しく、熱血指導でよく怒られたと、今も交流のある故郷の友だちに笑いながらいわれます。私はすっかり、忘れていますけどね。

「当時から私の演出や監督は厳しくて熱血指導だったようです」

6歳で農村から都会に引っ越すのですが、ふっくらとした田舎(いなか)者ということもあり、ノートを破かれるなどのいじめを受けました。でも、3年生くらいになると歌や演劇という私の「魅力」を、担任の先生も含め周囲が認めてくれるようになり、そこからは一転、いい意味で目立つ存在に変わることができました。

今の私からは考えられないでしょうけれど、いじめられていた立場から変わることができた幼少期の体験を、その後『ゲゲゲのげ~逢魔(おうま)が時に揺れるブランコ』という自分の舞台作品として表現しました。これがおかげさまで賞をいただいたり、音楽劇でも上演したりして、私の代表作になっています。

高校生になると自分で演劇クラブを作り、ますます熱中——高熱が出て学校を休んでも、演劇クラブの練習には出る、そんな学生時代を送りました。高校を卒業すると上京して演劇の専門学校に入ります。それから劇団員を経て、自分で劇団や事務所も立ち上げました。そして今に至るまで、劇作や演出、女優、歌手、そして社長業と、おかげさまで忙しくしています。

老後資金がテーマの舞台ですが、私の貯金はゼロなんです(笑)

最近、何かと話題の「老後資金」をテーマにした作品に出演します。垣谷美雨かきやみうさん原作の小説を、マギーさんが脚色・演出した舞台『喜劇 老後の資金がありません』です。2021年8月に初演されて映画化もされた人気作品ですが、前回が大変好評だったことで、再演が決定しました。

私が演じるのは、会社員の夫と二人の子どもと、ごく普通に暮らす主婦です。自分も契約社員として働きながらコツコツと節約を続け、1800万円の老後資金を貯めます。

「銀行で通帳を確認したら残額がほとんどなくて、びっくりしました」

夫婦二人とっも見えっ張りでいながら、自分の意見をはっきりといえない性格。そのために娘の結婚式に600万円、父親の葬式にも同じく600万円を出してしまいます。さらにはしゅうとめへの仕送りを断ることもできず、気づけば老後資金は300万円にまで激減、果たして、幸せな老後を送れるのか——というのがあらすじです。

ちないに、私の老後資金は現時点ではゼロです(苦笑)。貯めようとは思っていても、演劇はどうしてもお金がかかります。それなりに稼いでいるとは思うのですが、出ていくお金が多い。つまり、貯金ができない。

ましてやここ数年はコロナ禍で舞台の数が減っていることもあり、つい先日、銀行で通帳を確認したら残額がほとんどなくて、びっくりしました。それでも、演劇は大好きな仕事であり、私にとって生きるための活動ですから、ギャラで仕事を選ぶようなことはしていません。社長失格、といわれるかもしれませんが。

ただ、持ち家としてマンションがあるので、これを売れば、なんとか高齢者施設に入ることはできるかな。でも、もう少し演劇を楽しんで、心にも余裕が生まれてから、毎月少しずつ貯金できればいいかな、と考えています。

野菜が大好きで食べないことには1日が始まりません

野菜が大好きで毎日食べています。これは故郷の暮らしが大きく影響していると思います。村山地方も含めて山形県は、なんといっても野菜や果物の名産地。実際、私が育った近所の畑では、真っ赤に熟れたトマトやみずみずしいキュウリが、あちこちで実っていました。

そんな地場の新鮮な野菜を、自家製のみそを付けながら食べるのが最高においしかったですね。活発な子どもでしたから、近所の友だちと一緒に走り回りながら、キュウリをかじっていたことを懐かしく思い出します。

畑といえば、祖母に怒られたことが強く印象に残っています。まだ物事の分別がつかない頃、あまりに畑のトマトがおいしそうだったので、もいでそのまま食べようとしたんです。

すると、後ろからギュッと手をつかまれました。慌てて振り返ると、夜叉やしゃのように怖い顔をした祖母に「畑の作物を取るのは泥棒だ!」とこっぴどく怒られました。この経験がありますから、その後はトマトやキュウリはもちろん、万引きや泥棒はいっさいしていません(笑)。

好きな野菜は、家の庭でも育てていた芽キャベツに味が似ているブロッコリーとセロリ、それから「そうめんカボチャ(金糸瓜きんしうり)」に目がないですね。これは一般的なカボチャとは違っていて、皮はとても硬いのですが、ゆでると身の部分がまさにそうめんのようにほぐれます。この、そうめんのような身を酢じょうゆでたべっると、ほっぺたが落ちるほどおいしいんです。祖母がよく作ってくれましたが、最近は地元でも栽培する農家が減り、見かけることも少なくなって残念です。もし見かける機会があれば、ぜひとも食べることをおすすめします。

コロナ禍なって、自宅で料理する機会が増えましたよね、私は白身魚も好きなので、先日はブロッコリーやニンジンなどの野菜にムニエルにした白身魚を和え、オリーブオイルで炒めてオイスターソースで味つけした料理を作りました。めちゃくちゃおいしかったです。

お肉も体にいいと聞くので、最近は意識的に食べるようにしています。よく作るのは豚のショウガ焼き。しょうゆやお酒、みりんにすりおろしたたっぷりのショウガを入れ、お肉にしばらく味を染み込ませる。付け合わせのキャベツにも、大好きなキュウリやミョウガなどを混ぜて、黒酢をさらりとかけて、おいしくいただいています。

海産物のカキやホヤも好きですね。私が育った場所は海から遠い地域でしたが、仙台から魚介類を売りにくるトラックがあり、家族のために祖母がどんぶりにたんまりと買って、冷蔵庫で保存してくれていたものです。

この家族全員分の丼いっぱいのカキを、私はたった一人で食べてしまったことがあります。むいたカキの形が人の目玉に似ていると子ども心に感じていたので、祖母には「目ん玉食べたい」とおねだりしていたようです(笑)。

「人殺し」と人間ドックでいわれて禁煙を決意。高い声が復活しました

「50歳の頃までは、1日100本ほどタバコを吸っていました」

50歳の頃までは、1日に100本ほどタバコを吸っていました。それが、人にすすめられて初めて人間ドックで病院を訪れた時、いきなり担当医から「あなたは人殺しだ」といわれたんです。最初は何をいっているのか分からずぽかんとしている私に、医師は肺がんでせて亡くなっていく女性の表情と肺のレントゲン写真を見せました。

とても残酷な写真でした。そして、その方は喫煙してなかったのですが、長年連れ添った旦那さんがヘビースモーカーだったため、その人と一緒に暮らしていただけで、本人は元気でも配偶者がこんな姿になって亡くなってしまったのでした。だから、私は人殺しだというのです。

「人殺し」という表現はさておき、積極的に反戦運動もしていた私が、喫煙によって周りの人の健康を害しているのは間違いのない事実でした。しかも、当時詳しく調べていませんでしたが、私自身にも肺気腫はいきしゅの疑いがあったのです。

そこで、すぐに禁煙を決意して禁煙外来に通い、3ヵ月後には見事達成。しばらくの間は吸いたい衝動に駆られましたが、リバウンドで前より多い本数を吸ってしまっている人を何人も見てきたので、何とかこらえました。

映画やドラマの仕事でも喫煙の設定がある際には、コーヒーを飲むシーンに変えてもらうなど徹底しました。おかげさまでそれからは、いっさいタバコを吸っていません。

結果として、タバコをやめたことは大正解でした。以前は、朝から体調がすぐれなかったり、だるさを感じたりする日も多かったのですが、目覚めがスッキリするようになって、これは明らかに変わりました。日中の活動も、疲れやすさを感じなくなりましたし、そしてのどの調子がよくなりました。

タバコを吸っている時は、いわゆるだみ声でした。でも、やめてからは声がつぶれることはなくなり、3年ほどすると高校生の時に出ていた高い音域であるファルセットまで出るようになりました。

私にとって〝怒り〟が、演劇を続けている原点であり、元気の秘訣でもあります。ロシアがウクライナに侵攻し、多くの人の命を奪っています。ミャンマーの軍事政権は庶民を痛めつづけています。パレスチナではイスラエル人が多くのパレスチナ人を殺害しつづけています。

社会に目を向けると、このような原始時代から止まらない弱肉強食の世界が、相変わらず続いています。私はこんな様子を見ていると、たまらなく怒りが湧いてくるんです。それを、どうにかして自分の手で止めることができないだろうか? 格差やいじめといった、世の中の不条理な現実を、演劇を通して多くの人に伝えることで変えられるのではないか? いや、変えたい! そう信じて、ここまで走ってきました。

こんな思いで作品を作ったり、仕事に向き合っていたりしますから、何か心にモヤモヤしたものを抱えたり、病気で元気がないと感じていたりする方は、ぜひ私が携わる芝居や映画を見てください。舞台や画面には、自分よりもはるかに不幸な人がおおぜいいます。でも、そんな境遇にありながらも何とかがんばって立ち直る姿を、私の作品では特に描いて演じているからです。

演劇や映画を見ると、泣いたり、笑ったり、喜んだりと、自然と気持ちが高揚します。人は思い込みの生き物ですし、「気は心」といいますよね。まさに喜怒哀楽きどあいらく、心をリフレッシュすることで、自然と行動も元気になってくると思います。

そういった意味でも、舞台『喜劇 老後の資金がありません』はおすすめです。泣き笑い、笑顔たっぷりの喜劇だからです。ぜひとも劇場に足を運んでいただき、心をリフレッシュしてもらいたいですね。

また、演劇は人々に勇気を与えるためにある、とも考えています。だからこそ、多くの人々に元気を与えられる作品を生み出し、舞台で演じ、いつまでも歌いつづける。そのためには私自身が元気でありつづけたいと思っています。