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「どんなときも楽しく、ドラマティックでいたい」から想像力を駆使して音楽を生み出しつづけます

私の元気の秘訣

シンガーソングライター 山本 達彦さん

都会的に洗練された楽曲で〝シティーポップス〟という新しい音楽のジャンルを確立した山本達彦さん。〝シティーポップス界の貴公子〟の呼び名で親しまれ、高い音楽性でさまざまなアーティストに大きな影響を与えています。デビューから40年以上を経たいま、甘いルックスと歌声に深みが増し、多くのファンの心を捕らえて離さない山本さんに、元気の秘訣を伺いました。

延期されたコンサートには万感の思いが詰まっていました

[やまもと・たつひこ]——1954年3月4日、東京都生まれ。小学校2年生のとき、東京少年少女合唱隊に参加。米国ツアーを行い、当時の人気テレビ番組『エド・サリバン・ショー』に出演。1974年、成蹊大学在学中にバンド「オレンジ」を結成し、シングル『翼のない天使』をリリース。1978年、シングル『突風~サドゥン・ウインド』でソロデビュー。1982年、アルバム『MARTINI HOUR』がオリコンチャート初登場2位を獲得。1999年、レーベル「サイレンス」を設立。主なヒット曲に『ある日この夏~Two Way Summer』『サンライズ・ハイウェイ』『摩天楼ブルース』など多数。

2020年3月1日、東京都(かつ)(しか)区のかつしかシンフォニーヒルズで開催予定だった僕のコンサート「BIRTHDAY CONCERT 2020~ Welcome To My Party~」が中止になりました。たくさんの方々から「とても残念」という声が届きましたが、ファンの皆様の安全をいちばんに考えた末に下した苦渋の決断でした。このコンサートに懸ける思いはとても大きかったので、ほんとうに心残りでした。

2019年12月13日、3年間介護をしてきた母が亡くなりました。父は2001年7月にすでにこの世を去っています。「とうとう独りになってしまった」という寂しさを胸に、両親の安らかな眠りと、独りになった自分の〝新しい門出〟の祝福という2つの願いをこめてコンサートの準備を進めていたんです。

僕の日課は、両親の遺影に向かって日常のちょっとした出来事や感じたことを語りかけることです。不思議なもので、生きているときは気恥ずかしかったり照れくさかったりしていえなかったことが、いまでは素直に言葉に出せるようになりました。こうして語りかけるたびに、僕が両親から受けた影響がどんなに大きいかということを心の底から感じています。

僕の父は江戸っ子気質(かたぎ)で、ウィットに富んだ(いき)な人でした。映画の脚本家になるのが夢だった父は、言葉で人を楽しませるのが大好きだったんです。一方、シンガーソングライターの僕は作曲を中心に音楽活動を行っていて、どちらかといえば作詞は苦手。それほど多く手がけてはいませんでした。そんな僕に「詞を書けばいいのに」とよくいっていた父との会話が心のどこかに刻まれていたからでしょうか、この頃は言葉と向き合うのがなんだか楽しくなってきたんです。

2020年2月から、僕はインスタグラム(インターネット上で写真や文章を共有できるソーシャル・ネットワーキング・サービス)を始めました。新型コロナウイルス感染症の影響によって通常の音楽活動を続けることが難しい状況でも、自分が感じたことを新たな方法で発信したいと思ったんです。いままで「自己表現やコミュニケーションは、あくまでも音楽を通して行う」というポリシーを貫いてきた僕が写真や文章を使って表現する楽しさに目覚めたのは、父の影響かもしれません。

専業主婦だった母は、料理や手芸に秀でた、まさに〝生活の芸術家〟と呼べる人でした。無邪気な性格で、新しい物事への柔軟な考え方も持ち合わせていました。学生時代にグラムロックの先駆者であるデヴィッド・ボウイの音楽や服装が流行したとき、周囲の大人たちがことごとく(まゆ)をひそめる中、母だけは「おもしろいじゃないの」と好意的に受け止めていたのを覚えています。

振り返ってみると、僕は両親のふるまいや考え方を音楽という形で表現してきたような気がします。自分が美しいと思うものを自由に追求できるようにのびのびと育ててもらったことに、心から感謝しています。

僕を支えてくれたのは、両親だけではありません。学生時代の仲間や恩師には、肩の力を抜いてリラックスすることの大切さを教わりました。幼い頃、繊細で生真面目な一面が強かった僕は、合唱の歌声や足の速さを褒められるたびに「ミスをしちゃいけない」というプレッシャーを感じて苦しんでいました。期待にこたえたいという思いから、自分で自分を追い詰めてしまう性格だったんです。

そんな僕が殻を破ることができたのは、中学生のときでした。大らかで愉快な仲間たちに恵まれたおかげで細かいことを気にしてくよくよしなくなり、サッカーや音楽に打ち込めるようになったんです。仲間と結成したバンドでは、学園祭やディスコで本格的に活動する一方、バンドのメンバーと同じ女の子を好きになって恋のさや当てをしたこともありました(笑)。すべてが輝いていて、新鮮な日々でした。

音楽活動では、デビュー当時からつきあいのあるプロデューサーに支えられています。彼から贈られたアコースティックギターは、20年来の愛用品。疲れたときやのんびりしたいときに肩の力を抜いて(つま)()けるのが気に入っています。

愛用のギターなどの楽器を使った作曲のほか、デジタル機器を使った曲のアレンジにも挑戦している

母の介護をしていたとき、とりとめのない話に耳を傾けながら、このギターをよく爪弾いていました。旅立つ直前の母の話は決して明るいものばかりではなく、聞いている僕も沈みがちになってしまいます。そんなとき、ギターからこぼれる澄んだ旋律が気持ちを落ち着かせてくれました。音楽には、心を()やす力がこもっています。母も「そのメロディはきれいね」と笑顔を見せていました。このギターと母のおかげで、何気ない日常からアルバムができるほどたくさんの曲が生まれてきたんです。

2020年7月18日、同会場で振替公演が行われます。コンサートを通して万感の思いを届けられるよう、多くの方々に足を運んでいただけることを願っています。状況によっては、再度延期になってしまう可能性がないとはいいきれません。それでも、僕は次のチャンスに向けて気持ちをとぎれさせずにがんばっていくつもりです。

若々しさを保つ秘訣は体の健康と心の在り方を大切にすることです

都会的に洗練された楽曲で、ファンはもちろん、さまざまなアーティストからの注目を集めている山本さん

いま、僕のコンサートが延期を余儀なくされたように、さまざまな我慢を強いられている方が少なくないと感じています。こんなときこそ、日常の中にささやかな楽しみを見つけてハリのある毎日を送ることで、心と体を健やかに保ちたいものです。

年齢を重ねるにつれて、僕は良質な睡眠や食事、運動の大切さを実感するようになりました。子どもの頃からしっかり寝ないとダメなタイプで、毎日8~12時間は寝ています。深夜ラジオの熱心なリスナーだった高校時代は、授業中に睡眠不足を解消することもありました(笑)。

しっかり寝るとおなかが空きます。朝食はマンゴージュースやブルーベリーヨーグルト、カンパーニュ(フランスの田舎(いなか)パン)、そしてコーヒー。昼食はパスタやうどん、ソバといった(めん)料理を作ります。

パスタ作りでは、ニンニクやシメジ、インゲン、ブロッコリー、トマト、ベーコンなどを組み合わせて楽しんでいます。簡単に手早く作れるだけでなく、食材を少し変えるだけで無限の可能性を楽しめるところが気に入っているんです。うどんやソバには納豆を入れて、麺つゆで味を整えて食べるのが好きですね。納豆やヨーグルトなどの発酵食品は積極的にとるようにしています。

肉が好きなので、毎食ではありませんが、夕食には300~400㌘のステーキをペロリと完食することもあるんです。夜は炭水化物を控える代わりに、たんぱく質をしっかりとります。年齢が上がるにつれて、外見のスマートさよりも、内面からあふれるパワーやスタミナを重視するようになりました。

山本さんは、日々愛用のスニーカーでのウォーキングや栄養バランスのとれた食事を心がけている

体力維持のために、毎日30分のウォーキングは欠かせません。新緑の美しさや川原の石ころの形のおもしろさ、すれ違う人々の人間模様に思いを()せながら歩いていると、見慣れた風景であっても毎日新しい刺激を受けることができるんです。

僕は年齢相応に年を重ねていると自負しているのですが、実年齢より若々しく見られることが少なくありません。その理由は、体の健康だけでなく、「どんなときも楽しく、ドラマティックでいたい」という心の在り方を大切にしているからかもしれません。

シンガーソングライターとしての僕は〝(やま)(もと)(たつ)(ひこ)ワールド〟というべき自分の世界に入り込んで、さまざまなイメージの中で浮遊する感覚を楽しみます。映画のワンシーンのように、ときには力強いヒーローとして、ときにはうちひしがれた無力な男として、自分と向き合いながら想像力を駆使して音楽を生み出していくんです。写真集や図鑑からインスピレーションを受けることもあります。

デジタル機器を使った曲のアレンジにも挑戦しています。ピアノや電子ピアノで曲を作り、シンセサイザーでアレンジしていたデビュー当時を振り返ると、すごく大きな変化ですよね。楽器とは勝手が違うデジタル機器の操作に苦戦することもありますが、できないことを目標に据えてチャレンジするプロセス自体が楽しいんです。

楽しく過ごすためのカギとなるのが、柔軟なものの見方や考え方だと思います。周りの意見に耳を傾けたり、現実を素直に受け入れたりできるようになると、自分に負荷をかけすぎずに、新たな発見に満ちた毎日を過ごせるんです。

若い頃は、周りの意見に耳を貸さずにむちゃをすることもあました。コンサートの直前まで熱意に任せて何度もリハーサルを繰り返し、プロデューサーからのどのメンテナンスを指摘されても「大丈夫」と我を通していたんです。いまは周りからのアドバイスを受け止めて、最高のコンディションで本番に臨めるように考えながらリハーサルを行えるようになりました。

新たな発見があるのは音楽だけに限りません。ある日、服を買いに行ったら「僕なら絶対にしないな」という組み合わせを店員さんからすすめられました。お愛想のつもりで試着してみると、これが意外と似合っていたんです(笑)。ファンの方や身近な人が僕に抱いているイメージについて、あらためて思いを巡らすきっかけになりました。

着道楽を自負する僕ですが、近頃では「モードを追いかけすぎて振り回されていないか」と自戒の念を抱くようになりました。これからは身に着けるものを大切にして、深くつきあっていきたいと思っています。「体の一部になっている」と感じるくらいまで使い込むのが理想です。

ぐっすり眠ってスッキリ目覚めたり、バランスのよい食事を手軽に作って味わったり、ウォーキングの最中に目に留まる人や自然の生き生きとした姿にハッとしたり、さまざまなインスピレーションを受けて曲作りに夢中になったり——そんなささやかな出来事の一つひとつを楽しんでいると、平凡な日常がドラマティックなシーンとなって繰り広げられているのに気づくんです。ドラマティックで色鮮やかな世界を表現するために、音楽を中心としたさまざまな方法を模索しながら、僕にしかできないやり方で感動を届けたい。これからも〝進化しつづける山本達彦〟でありたいですね。