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保存療法の挫折、合併症の苦痛など透析で起こる〝負の心〟との向き合い方

糖尿病・腎臓内科
日本サイコネフロロジー研究会会長/東京女子医科大学医学部神経精神科教授 西村 勝治

透析治療の患者さんはうつ病になりやすく生活の質の低下や寿命の短さも深刻

[にしむら・かつじ]——1986年、熊本大学医学部卒業。医学博士。1993年、独アーヘン工科大学医学部精神科留学。2008年から東京女子医科大学医学部講師、同大学医学部臨床准教授・准教授を経て、2016年から現職。日本総合病院精神医学会理事、日本サイコネフロロジー研究会会長。

透析とうせき患者さんや慢性腎臓病まんせいじんぞうびょう(CKD)の患者さんを苦しめる〝負の心〟に対する精神的ケアの重要性は、数十年以上前から指摘されていました。腎臓病患者さんの心の問題を研究する分野を、サイコネフロロジー(精神腎臓病学)といいます。1990年には、現在私が会長を務める日本サイコネフロロジー研究会が発足し、腎臓病患者さんに対する精神的ケアの重要性や実践するときの工夫が少しずつ認知されるようになりました。日本サイコネフロロジー研究会は、今年中に研究会から学会へと名称を変更する予定です。

慢性腎臓病が進行して末期の腎不全(腎臓の働きがほとんど失われた状態)になると、腎臓の働きを代替するために透析治療や腎移植が必要になります。腎移植を受ける患者さんは年々増えているものの、日本では透析を選択する患者さんが多いのが現状です。現在、透析治療を受けている患者さんは、全国で30万人以上にも上ります。

透析治療が健康保険の対象になったのは1968年です。当時の透析機器は尿毒素の除去能力が低く、患者さんにはさまざまな合併症が起こっていました。当時の透析患者さんは極度の食事・水分制限を必要とし、身体的・精神的に大きな負担がかかっていたのです。

現在は、当時と比べて透析機器の性能が格段によくなり、透析治療を受ける環境も著しく改善されています。しかし、機器の進歩とは対照的に、患者さんの心の問題に関しては、まだ不十分な点が多いと感じています。

透析患者さんの精神的な問題として最も多いのが、うつ症状です。海外の調査では、透析患者さんの四割がうつ症状を経験し、2割以上がうつ病にかかるという報告があります。日本では大規模な調査がされていないものの、透析患者さんの10人に1人がうつ病を発症しているといわれています。

うつ病とは、憂うつな状態が続き、何に対しても興味や喜びを感じない心の病気です。心が健康な状態でも憂うつにはなりますが、気分転換を図って元気を取り戻すことができます。ところが、うつ病になると、気分転換をしようとすらしなくなります。思考力が低下して冷静な判断が難しくなり、すべてを悲観的に考えるようになるのです。症状が深刻な患者さんの中には、みずから命を絶つことを考えるようになる人もいます。

うつ病を発症した患者さんは、食欲の低下や不眠、だるさなどの症状が出てくるようになり、生活の質(QOL)が著しく低下します。近年の研究では、うつ病にかかると寿命が短くなることが分かってきました。心の状態は、命とも密接な関係があるのです。しかし、ただでさえ身体的な負担が大きい透析患者さんに対する心のケアはいまだ十分ではありません。

理由の1つとして、患者さん本人はもちろん、ご家族や周囲の人、医療従事者にとっても、患者さんの心の状態を正しく把握することが難しいことが挙げられます。

腎不全の患者さんにとって透析治療を開始することは、人生における大きな節目です。気がめいるのはあたりまえであり、慣れない透析治療によって体調不良が起こることも少なくありません。透析治療を受けるなかで生じる心の不調は、体の状態と連動して「透析患者だから当然」と感じられてしまうことも多いのです。

以上3つに該当した場合、うつ病の可能性が高いため、専門の医療機関を受診しましょう

自分がうつ病になっているかどうかは、「うつ病チェックリスト」を参考にしてください。うつ症状のうち、特に気をつけたいのは、「抑うつ気分」と「興味・喜びの喪失」の2つです。「気分が沈んだり、憂うつな気分になったりする」「物事に対して興味が湧かない、あるいは心から楽しめない」といった状態が1ヵ月間続いたら、うつ病にかかっている可能性が高いといえます。

うつ症状が重い場合は、精神科や心療内科といった専門の医療機関を受診しましょう。特に「自殺をほのめかす」「妄想と思われる過剰な心配を口にする」「強い不安のために落ち着かない」といった症状が見られたら深刻です。患者さん本人はもちろん、ご家族や周囲の方が異変を感じたら、すぐに専門の医療機関の受診を促してください。

透析患者さんに限らず、うつ症状はさまざまな原因が複雑に絡み合って起こります。次に、透析患者さんのうつ症状を招く原因について解説しましょう。

透析患者のうつ症状は心理的負担だけでなく尿毒素による悪影響や栄養不足も原因

透析治療を始めるにあたり、保存療法で努力した人ほど透析開始時の落胆は大きくなります。ほとんどの患者さんにとって「透析が日々の生活の中心になる」ことは人生に多大な影響を及ぼす変化です。職場や家庭での役割を果たすことが難しくなり、大きな葛藤が生じることもまれではありません。他にも、食事や水分の制限、合併症に伴う慢性的な苦痛、医療費の負担なども患者さんにとって大きな心の苦しみとなるのです。

透析患者さんにとっては、心理的な負担だけがうつ症状を引き起こす原因ではありません。体内に老廃物や尿毒素が蓄積することも、うつ症状が起こる原因につながるからです。

腎臓は、血液に含まれる老廃物や尿毒素を24時間休むことなくろ過しています。透析の技術は著しく進歩しているものの、臓器としての腎臓が持つ優れた浄血作用には及びません。透析が不十分な患者さんは、体内に蓄積された老廃物や尿毒素が脳に悪影響を与え、うつ症状を引き起こすことがあります。実際に、透析の頻度を増やしたり時間を長くしたりすることで体内の老廃物や尿毒素の量が減り、うつ症状が改善したという報告が多数あります。

老廃物や尿毒素の他に、薬の副作用も、うつ症状を招く原因の1つとなります。中でも、ステロイド剤や吐き気を止める薬、精神安定剤などがうつ症状を引き起こすおそれがあります。特に高齢者は腎臓以外にも体調に問題を抱えている方が多く、複数の薬を使っている場合も少なくありません。自己判断で薬を調整することはおすすめできませんが、医師と相談して薬の種類を替えたり服用量を減らしたりすることで、うつ症状が軽減できるかもしれません。

慢性腎臓病の合併症として起こる貧血や脳卒中、甲状腺こうじょうせんの病気なども、うつ症状に関係する場合があります。また、腎臓の疾患以外では、初期の認知症の患者さんにもうつ症状が現れることがあります。

うつ症状を招く大きな原因として、栄養不足も挙げられます。慢性腎臓病の患者さんは、透析治療を始める前から食事に制限がかけられています。食事制限の範囲内で十分な栄養をとるのが理想的ですが、多くの患者さんは制限を気にしすぎて食事の量を減らしてしまう傾向にあるのです。

抗うつ作用がある脳内物質のセロトニンは、アミノ酸やビタミンB、糖質などの栄養素が中心となって作られます。体内でセロトニンを作るには肉類や炭水化物を十分にとることが欠かせませんが、これらは慢性腎臓病の患者さんの多くが制限している食材でもあります。

また、透析機器の技術は進化しているものの、透析治療によって老廃物や尿毒素のみならず、精神的な安定につながる栄養素まで体外に排泄はいせつされてしまうおそれがあります。制限を守った食事で正しく栄養補給をしながら、必要に応じて医療機関で栄養指導を受けるといいでしょう。

うつ症状の改善には専門医による治療の他、食事・運動・睡眠などの見直しも大切

慢性腎臓病や透析患者さんがうつ症状を改善するには、何よりもまず治療を受けている病院で相談することが大切です。必要であれば、専門の医療機関を紹介してもらいましょう。また、生活習慣を改めるだけでも、症状の改善につながることがあります。慢性腎臓病や透析患者さんに限らず、うつ症状に心当たりのある人は以下の項目を見直してみましょう。

食事
栄養不足はうつ症状の大きな原因となるため、食事を見直すことが不可欠です。セロトニンの材料になるからといって先に解説したアミノ酸やビタミンB、糖質だけをとっていればいいわけではありません。摂取する栄養素に偏りが出ないよう、バランスのいい食事をとることが大切です。リンやカリウムなどの制限の範囲内で、十分な栄養素を補給できる食事の方法を身につけましょう。

運動
体を動かさないと血流や代謝が悪くなり、血糖値や血圧を調整する力が落ちてしまいます。筋肉量の減少や骨が弱くなるばかりか、うつ病も発症しやすくなります。ウォーキングは、手軽に取り組める運動としておすすめです。実際に、ウォーキングなどの運動習慣が、軽度のうつ病の改善や予防に有効といわれています。透析患者さんの場合にも、運動習慣のある人ほど、うつ症状が現れにくくなることが報告されています。

睡眠
不眠はうつ病の一つの症状として現れますが、不眠そのものがうつ病を引き起こす原因になります。「睡眠時間や就寝時刻にこだわりすぎない」「午後から夕方に適度な運動をする習慣をつける」「昼寝は30分以内に抑える」など、質のいい睡眠につながる習慣を心がけましょう。睡眠導入剤は頼りすぎるとうつ症状を悪化させてしまうおそれがありますが、医師の指示を守って正しく服用すれば不眠の改善に役立ちます。

オン・オフの切り替え
うつ症状は、まじめで努力家の人に起こりやすいものです。仕事とプライベート、オンとオフの切り替えを意識しましょう。つらいストレスを感じるときこそ仕事に没頭しすぎず、気持ちを切り替えて食事や運動、家族や友人とのおしゃべり、趣味などを楽しむようにしましょう。

うつ症状が出ていると感じたら、ストレスを避けて十分な休養をとりましょう。家族や周囲の人がうつ病になったら、「がんばろう!」という励ましは逆効果です。ゆっくり休んでもらっていいことを伝えましょう。透析や慢性腎臓病の患者さんで少しでも心の落ち込みを感じる人は、早めに専門医に相談していただきたいと思います。