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糖尿病が原因の〝新腎臓病〟が急増! 尿の異常を伴わずに動脈硬化が進み腎機能も低下

糖尿病・腎臓内科

福岡腎臓内科クリニック副院長 谷口 正智

2型糖尿病患者の半数以上が尿の異常を伴わない〝新腎臓病〟であることが判明した

[たにぐち・まさとも]——1996年、九州大学医学部卒業。同大学第2内科腎臓研究室、同大学大学院医学研究院病態機能内科学助教、テキサス大学サウスウェスタン・メディカルセンター内科学助教、福岡腎臓内科クリニック透析室室長を経て、現職。日本内科学会認定内科医・総合内科専門医、日本腎臓学会専門医、日本透析学会理事・評議員・専門医・指導医。

日本透析(とうせき)医学会がまとめた「わが国の慢性透析療法の現況」によると、人工透析を受けている日本国内の患者数は2019年末の時点でおよそ34万4640人にも上っています。そのうち、原因疾患は(とう)尿(にょう)(びょう)(せい)(じん)(しょう)が透析患者全体の39.1%と最も多く、2019年に新規導入した透析患者では41.6%に及びます。

近年、糖尿病が原因の〝新腎臓病〟が注目されるようになってきました。古くから糖尿病に起因する腎臓病は、高血糖の状態が慢性的に続いて毛細血管で動脈硬化(血管の老化)が起こることで引き起こされると考えられ、「糖尿病性腎症(DN)」と呼ばれていました。

糖尿病性腎症では、まず血液中の余分な糖質を排出するために()(きゅう)(たい)の過剰ろ過が起こります。すると、たんぱく質の一種であるアルブミンが尿に漏れ出し、微量アルブミン尿(尿中のアルブミン排泄(はいせつ)(りょう)が一日当たり30~299㍉㌘、基準値は同30㍉㌘未満)を経て顕性(けんせい)アルブミン尿(尿中のアルブミン排泄量が一日当たり300㍉㌘以上)が起こります。その後、しだいに腎臓が疲弊して推定糸球体ろ過量(eGFR)が低下していき、最終的には腎不全に至る経過が典型的と考えられていました。

ところが近年、糖尿病性腎症とは異なり、顕性アルブミン尿を伴わないまま腎機能が低下する症例が認識されるようになり、2型糖尿病患者においては非典型的な症例が看過できない数を占めることが明らかとなったのです。日本国内の2型糖尿病患者3297人を対象とした研究では、eGFRが60未満(慢性腎臓病のステージG3a以上)の患者506人の中で約52%にあたる262人が正常アルブミン尿であることが分かりました。

また、アメリカにおいても、1988~2014年の26年間で2型糖尿病患者のアルブミン尿の有病率は有意に減少しましたが、eGFRが60未満の患者は有意に増加。この変化を反映し、欧米諸国では糖尿病性腎症の代わりに非典型的な糖尿病関連腎疾患を含む新しい概念として「糖尿病性腎臓病(DKD)」という病名が使用されるようになりました。

糖尿病性腎臓病は、典型的な糖尿病性腎症に加え、顕性アルブミン尿を伴わないまま腎機能が低下する非典型的な糖尿病関連腎疾患。さらに、糖尿病合併CKDはより広い概念で、糖尿病とは直接関連しない腎疾患(IgA腎症など)の患者が糖尿病を合併した場合を含む
※日本腎臓学会編『エビデンスに基づくCKD診療ガイドライン2018』(東京医学社)をもとに作成

糖尿病患者における顕性アルブミン尿を伴わない腎機能の低下には、加齢や高血圧を背景とした動脈硬化や脂質異常症の関与が推定されることから、糖尿病性腎臓病は糖尿病の病態が関与する慢性腎臓病(CKD)の全般を含む概念といえます。また、さらに大きな概念として、糖尿病患者がIgA腎症などの糖尿病と直接関連のない腎疾患を合併した場合を含む「糖尿病合併CKD(CKD with diabetes)」も使用されるようになりました。

こうした国際的な潮流を受けて、日本においても「糖尿病性腎臓病」という病名を使用することが求められていました。そこで、2017年10月に日本腎臓学会と日本糖尿病学会の両理事長によって〝STOP‒DKD宣言〟に調印がなされ、今後、日本における糖尿病性腎臓病の実態調査と病態解明、さらに治療法の開発に協力して取り組むことになったのです。

2017年7月~2021年3月の期間に東京大学大学院医学系研究科腎臓内科学・内分泌(ないぶんぴつ)病態学の研究グループが行った疫学(えきがく)調査では、糖尿病患者の二人に一人が糖尿病性腎臓病だったと報告されています。同研究グループは日本国内の大学病院などの15施設に登録された糖尿病患者9342人の中から、eGFRと尿アルブミン/クレアチニン比(ACR)の両方のデータがある2385人(そのうち91%が2型糖尿病)を抽出して、糖尿病性腎臓病の有病率を調べる研究を行いました。なお、この研究での糖尿病性腎臓病の基準は、微量アルブミン尿以上またはeGFR60未満のいずれかを満たすこととしました。

その結果、1230人が糖尿病性腎臓病であり、糖尿病患者の約52%を占めていることが判明。2型糖尿病に限ると、糖尿病性腎臓病の割合が約54%に上ることが分かったのです。糖尿病性腎臓病に該当した対象者のうち、eGFRは正常で微量アルブミン尿を含むたんぱく尿を示した典型的な進行パターンのグループ(典型群)は514人、アルブミン尿を伴わずにeGFRだけが低下していた非典型的な進行パターンのグループ(非典型群)は281人、アルブミン尿とeGFR低下の両方を示したグループ(進行群)は435人であることが明らかとなりました。

※日本透析医学会「わが国の慢性透析療法の現況」をもとに作成

同研究グループでは、非典型群の関連因子に高血糖や高血圧が含まれていなかったことから、非典型群は生活習慣病の管理が良好で、血糖値や血圧、脂質などがコントロールされている集団ではないかと考察しています。従来は糖尿病やそのほかの生活習慣病の管理が不十分で、典型的な経過をたどって腎機能が低下する患者が多かったものの、近年では早期からの病気への介入でご高齢の方でも生活習慣病が十分にコントロールされるケースが増え、その結果としてアルブミン尿を伴わずにeGFR、つまり腎機能が低下する非典型的な経過をたどっているグループが顕在化している可能性が示唆されたのです。

1998年以降、新規透析導入患者の原因疾患として第一位を占めていた糖尿病性腎症ですが、近年ではほぼ横ばいに推移している一方で、腎硬化症と原因不明の割合が増加傾向を示しています。その原因として、糖尿病性腎臓病の中でも非典型的な糖尿病関連腎症による新規透析導入患者が腎硬化症もしくは原因不明のグループに混入してしまっている可能性が否定できないのです。糖尿病のある方は数ヵ月おきにアルブミン尿を調べる尿検査とeGFRを調べる血液検査を受けるようにしましょう。