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新事実!腸内環境の改善は血圧抑制効果あり!塩分制限でも効果がない高血圧に有効

糖尿病・腎臓内科

金沢大学新学術創成研究機構教授 岡本 成史

慢性腎臓病の食事療法の第一は減塩で高血圧の改善には一日当たり6㌘未満の摂取が目標

[おかもと・しげふみ]——1995年、東北大学大学院歯学研究科修了。歯学博士。日本学術振興特別研究員、米国南カリフォルニア大学医学部博士研究員、大阪大学歯学部口腔細菌学教室助手、福岡歯科大学感染生物学分野講師、大阪大学大学院歯学研究科客員教授、金沢大学医薬保健研究域保健学系教授などを経て、2021年より現職。日本細菌学会、日本環境感染学会、日本感染症学会、日本看護理工学会、日本臨床微生物学会、甲信越北陸口腔保健研究会、日本細菌学会中部支部会に所属。

腎臓(じん ぞう)と血圧は深く関わり合っています。食塩をとりすぎると血液中のナトリウム量が多くなり、その濃度を薄めるために体は水分を欲します。水分を摂取すると心臓から送り出される血流量が増え、血管の抵抗も増加して血圧が上昇します。

一方、腎臓は増えすぎた水分やナトリウムを体外に排出しようとします。しかし、腎機能が低下すると増えすぎた水分やナトリウムを十分に体外に排出できず、腎臓のろ過機能を担う()(きゅう)(たい)に流れ込む血液量がさらに増えて血圧が上昇します。慢性腎臓病患者さんの場合、機能が残っている糸球体が少ないため、血圧が上がると一つひとつの糸球体にかかる負担も増えて腎機能がますます低下するという悪循環に陥ってしまうのです。

高血圧が進むことで血管に負担がかかって起こる動脈硬化(血管の老化)も、腎機能低下の一因になります。腎臓の細胞からは、血圧の調整に関わる「レニン」というホルモンが分泌(ぶんぴつ)されています。レニンは「レニン・アンジオテンシン系」という血圧調節システムに働きかけ、血管を収縮させて血圧を上昇させます。動脈硬化が進行すると、腎臓の動脈が狭くなって流れ込む血液の量が減少します。すると、腎臓は機能を維持するため、流れ込む血液を増やそうとレニンの分泌量を増やして血圧を高めてしまうのです。

成人の正常血圧は最大血圧が120㍉かつ最小血圧が80㍉未満、成人の高血圧は最大血圧が140㍉以上または最小血圧が90㍉以上です。ただし、すでに慢性腎臓病を患っている場合には通常の高血圧治療よりも少し厳しい数値が定められており、目標値は最大血圧が130㍉未満かつ最小血圧が80㍉未満とされています。また、慢性腎臓病が進んでたんぱく尿が一日1㌘以上出ている場合は、最大血圧が125㍉未満かつ最小血圧が75㍉未満と目標値がさらに厳しくなります。

高血圧の発症には食生活や喫煙などの生活習慣が大きく関与しているため、治療では食事療法や運動療法などの非薬物療法に取り組んでもらいます。目標値の達成が難しい場合には、アンジオテンシン受容体拮抗薬(じゅようたいきっこうやく)(ARB)などを使った薬物療法が導入されます。

高血圧の改善に最大の効果を発揮するのが、食事療法の減塩です。減塩することで高血圧が改善することは多くの研究で確認されており、日本高血圧学会は一日の食塩摂取量の目標値を6㌘未満と定めています。

高血圧の有病率が有意に低い群では特定の腸内細菌の割合が高いことが判明した

減塩に取り組むことで、血圧を基準値の範囲内に維持できるようになる方は少なくありません。その一方で、どれほど減塩に取り組んでも血圧が改善しないという患者さんも一定数いることが知られています。私たちが行った研究によって、減塩の効果がない原因の一つが腸内環境にあることが分かってきました。

研究に用いられたのは『志賀町(し か まち)スーパー予防医学検診(以下、志賀町研究と略す)』のデータです。志賀町研究は、金沢大学が石川県志賀町と共同で行っている生活習慣病に関する住民対象研究です。2013年から40歳以上の市民の方を対象に行われており、1~2年に一度数百人を対象に健康診断を行ってデータを蓄積しています。私は2017年から志賀町研究に参加。微生物学を専門としていることから、志賀町研究では腸内環境のデータを集めることにしました。

今回は志賀町研究で便のサンプルが採取されている人のうち、抗菌薬やステロイド薬が処方されていた人を除く239人分のデータを調べました。最新のAI技術を用いて腸内環境をいくつものパターン(エンテロタイプ)に分け、さらにそれぞれとほかとを比較して健康状態に与える影響に差があるかを研究しました。

腸内環境をいくつものパターン(エンテロタイプ)に分け、食塩摂取量と高血圧の割合を比較した。タイプ1とタイプ2を比較したとき、食塩摂取量が多い場合は高血圧の割合は変わらなかったが、食塩摂取量が少ない場合はタイプ1よりタイプ2のほうが高血圧の割合が少なかった

その結果、食塩の摂取量が多いグループにおいて、高血圧の有病率はエンテロタイプ1(以下、タイプ1)では49.4%、エンテロテイプ2(以下、タイプ2)では46.7%で有意差はありませんでした。ところが、食塩の摂取量が少ないグループにおいては、高血圧の有病率はタイプ1が47.0%、タイプ2は27.0%と判明。食塩の摂取量が少ない場合においては、タイプ1に比べてタイプ2の血圧が低く抑えられる傾向にあったのです。

タイプ1とタイプ2を比べたところ、タイプ2がタイプ1に比べて6種類の腸内細菌の割合が高いことが判明しました。この六種類の腸内細菌が血圧を下げるなんらかの働きをしている可能性があるといえます。

現時点では、6種類の腸内細菌はそれぞれがさらに何種類にも細分化されるため特定に時間がかかるうえ、血圧を下げる働きが腸内細菌の量に依存するのか、ほかの腸内細菌との比率に依存するのかは不明です。さらなる研究が必要ではありますが、腸内細菌が血圧に影響を与えるという点では画期的な発見にほかなりません。

まだ議論がなされているものの、日々の食事内容やストレスで腸内環境は変化すると考えられています。規則正しい食生活やストレスを軽減する習慣が腸内環境を改善し、ひいては高血圧の抑制にもつながる可能性があります。

ただし、食塩摂取量が多い場合は腸内環境の状況と高血圧患者の割合に有意差がないことを忘れないでください。食塩制限を大前提として、それでも高血圧の改善に効果がない人もいます。高血圧治療の新しい介入法として腸内環境に注目が集まりつつある中で、高血圧と腸内環境の関連性や詳しいメカニズムの解明が今後の研究に期待されているのです。