一般社団法人 星つむぎの村共同代表 高橋 真理子さん
難病の子どもたちなどを対象に、病院や施設の中で開く「星空上映会」の活動を続けている高橋真理子さん。子どもたちはもちろん、親御さんや医療従事者の癒やしにもつながっていると話題を集めています。コロナ禍によって上映活動の継続が危ぶまれたものの、世界中の人をつなぐ新たな展開も見せています。
星空には人を引きつけ、心を癒やしてくれる不思議な力があります
直径7㍍ほどのドーム状の空間に入ると、真っ暗闇の中から星が頭上にまたたきはじめます。その瞬間、ドーム内にいるすべての人たちの目がキラキラと輝いて、宇宙旅行へと飛び出していく——。
この空間を演出しているのは 〝宙先案内人〟として活動をしている高橋真理子さん。高橋さんは、全国の病院や施設に移動式プラネタリウムを持ち込み、入院している子どもたちや重度の障がいを持つ人たちに星空や宇宙の解説をしています。
「街灯りが消えてパッと満天の星空が現れると、みんながいっせいに声を出すんです。動かしづらい体を一生懸命に動かして、星空と出合った喜びを表現してくれます」
そのように話す高橋さん。「星は数えきれないほどありますから、たくさんお願いしましょう」と、一人ひとりに声をかけながら誕生日を聞いて、その人の星座を見せたりするそうです。高橋さんの話を聞いた多くの人は、いつの間にか自分がほんとうに宇宙空間を旅しているような不思議な気持ちになると評判を呼んでいます。
「重い病気や障がいとともに生きる人たちにとって、外出は容易なことではありません。そんな彼らに星空は非日常的な存在。まったく未知の世界を見るような感覚なんです」と高橋さんは話します。
高橋さんが〝宙先案内人〟の活動を始めたのは、2013年のことでした。もともと山梨県立科学館に勤務していた高橋さんは、プラネタリウムを担当する仕事をしていたそうです。
「視覚障がいを持つ仲間と活動するようになって、本物の星空を見られない人たちがたくさんいることに気づきました。そこで、移動式のプラネタリウムを病院の中に運び込んでプラネタリウムを上映してみたんです。この反響がきっかけとなって〝病院がプラネタリウム〟のプロジェクトが始まりました」
病院内の空間に空気を入れて膨らませたドームを造り、子どもたちや介助をしている家族にも入ってもらいます。全員がそろったら、いよいよプラネタリウムの上映です。大型の医療機器から離れることが難しく、プラネタリウムの中に入れない人には、高橋さんが病室を訪れて部屋の天井に星空を映し出すのだそうです。
「真っ白な壁と天井に星空が広がると、みんな『わぁ~ッ』と声を上げたり表情が明るくなったりします。誰もが惹きつけられる星空には、何か不思議な力があると感じます」
病室で星空を映し出すときでも、一人ひとりの誕生日を尋ねるようにしているという高橋さん。壁と天井に生まれ月の星座を映し出すことで、自分だけの宇宙旅行を楽しんでもらおうという心遣いです。星空上映会の活動を続けるうちに、高橋さんはあることに気づいたといいます。
「星空を見て喜んでくれるのは、子どもたちだけではなかったんです。看護師さんなど、ケアをする人たちや付き添いのご家族にも、星空が喜びと癒やしの時間になっていることを感じるようになりました」
特に、重度の障がいの子どもを持つ親御さんにとって、わが子が星空を見て目を輝かせながら、目や手や体を動かして喜びを表そうとする姿は、何物にも変えがたい貴重な時間。その様子を見守ることで、多くの親御さんも励まされていくそうです。
「あるお母さんから、こんな感想をいただいたんです。そのお母さんはお子さんの見守りを毎日24時間、10年間にわたって続けていました。睡眠時間を削ってお子さんの命を守りつづけたものの、ご自身の体は限界に達していたそうです。そんなときに出合った星空上映会で、『夜は死の瀬戸際の時間ではなく、宇宙の中の美しい星空のもとにいる』と感じられたとのことでした。暗い病院の中で過ごした日々は、宇宙のひとかけらだったと思えるようになり、何よりもお子さんが、『すごかった。楽しかった』と手話で楽しそうに伝えてくれたのがとてもうれしかったと感想を書いてくださいました」
高橋さんのもとには、小児病棟でお子さんといっしょに星空を見たお母さんから、このような手紙も届いています。
私はよく一人で星を見上げます。いつも悲しくなるのですが、今日みんなで見た星はまったく違ったものでした。生きるためにがんばっている子どもたち、いっしょにがんばっている親、そしていつも支えていただいている看護師さんたちと見た、広い広い世界の星は、一生忘れることがないと思います。
悲しいことですが、重い病気と闘う子どもたちの中には、旅立ってしまう命もあります。それでもご家族からの声を聞くたびに、高橋さんは自分が担う役割の重さを実感するそうです。
2019年まで全国の病院や施設で星空上映会を開いていた高橋さんの活動は、2020年に大きな転機を迎えました。新型コロナウイルスの影響で、各地を訪問することができなくなってしまったのです。
「病院や施設の中からほとんど外出できなくなってしまった彼らの状況が心配でした。そこで、立ち上げたのが、プロジェクターやパソコン、スマートフォンを使って遠隔の施設に星空の解説をライブ配信するフライング・プラネタリウムです」
コロナ禍によって星空上映会の舞台が世界中に広がりました
実は、フライング・プラネタリウムは、2018年から準備を始めていたという高橋さん。全国の子どもたちに同時に星空を見せたいという発想から生まれたフライング・プラネタリウムの構想は、新型コロナウイルスによって実現したのです。
「現場でもレクリエーションが減っていることが悩みと聞いていたので、新しい試みとして喜ばれています。個室やプレイルームなどに星空を投影してもらいながら、パソコンでつながっている私が皆さんに星の話をしています」
コロナ禍でも〝宙先案内人〟として星空上映会を続ける高橋さん。現地を訪れることができない制限のもとで続けているフライング・プラネタリウムには、思いがけない副産物が生まれたそうです。
「星空上映会をオンラインで実施することで、離れた場所に住んでいる同世代の子どもたちがインターネットでつながり、星の話を通じて仲間になっていったのです。コロナ禍だからこそ生まれた、新しい出会いの形です。フライング・プラネタリウムは国内のみならず、世界のどこにいても、同時に同じ星空を眺めることができます。新しい出会いや希望を、星空がつないでくれるんです」
高橋さんは、収束しないコロナ禍によって、多くの人の心がふさぎ込んだり落ち込んだりすることを心配しています。
「コロナ禍で世界中が翻弄されているいまこそ〝宇宙から地球を見る視点〟を大切にしていただきたいと思います。星空は、世界中のすべての人の上に広がっている自然そのもの。これほど大きな自然は存在しません。そんな星空のもとでは、私たちはとっても小さな存在です。つらいことや悲しいことが多いときこそ、大きな星空を見上げて、星に思いを馳せてほしいです」