早稲田大学スポーツ科学学術院教授 金岡 恒治
運動療法は脊柱管狭窄症に対しても有効で、体の動かし方や姿勢で脊柱管の状態は変わる

腰部脊柱管狭窄症(以下、脊柱管狭窄症と略す)と診断された患者さんは、痛みやしびれといったつらい症状を抑えることが優先されます。そのため、治療の初期は鎮痛薬をはじめ、血管を拡張させて間欠性跛行(歩行中に足に痛みやしびれが起こる症状)を和らげるための薬物療法が行われます。その際に医師から運動をすすめられることがあるものの、具体的な運動法(運動療法)はあまり示されないのではないでしょうか。
薬物療法だけで脊柱管狭窄症の症状が改善に向かう患者さんがいる一方で、改善が見られない、もしくは症状が悪化して医師から手術をすすめられる患者さんも少なくありません。手術によって狭窄した脊柱管を物理的に広げ、神経への圧迫を取り除けば痛みやしびれの軽減は期待できるでしょう。しかし、手術を急ぐ必要がないのであれば、手術を検討する前に運動療法を試していただきたいと思います。なぜなら、脊柱管の状態は、体の動かし方や姿勢によって大きく変化することが確認されているからです。
腰を反らすと、脊柱管の背中側にある黄色靭帯(椎骨と椎骨をつなぐ弾力性のある靭帯)がたわんで神経を圧迫します。ふだんから腰椎(腰の部分にある背骨)が過度に反った「反り腰」の癖がついていることが多い脊柱管狭窄症の患者さんは、立っているだけで脊柱管を狭めているといえます。つまり、反り腰の癖を直して脊柱管を広げた姿勢を保つことができれば、神経への圧迫を軽減でき、症状が大きく改善するのです。
対症療法である薬物療法では症状の根治は望めません。根治治療は、姿勢や体の動かし方を変えることで症状の改善につなげるしかなく、自分の体を動かす運動療法によってかなえられるのです。
では、脊柱管狭窄症の患者さんに多く見られる反り腰を直すには、どうすればいいのでしょうか。腰を反らさずに丸めたほうがいいといっても、脊柱管狭窄症の患者さんは第四・第五腰椎が折れるように曲がってしまう人も多く、うまく丸められないことがあります。そこでポイントとなるのが「骨盤の傾き」です。
腰椎を丸める際になぜ骨盤が重要かというと、腰椎の動きは骨盤と連動しているからです。
腰椎と仙骨(骨盤の中央に位置する骨)は、椎間板(背骨の小さな骨と骨の間にある軟骨)と椎間関節でつながっています。そのほかにも仙骨は、腸骨(骨盤の左右両側に張り出した骨)ともつながり、「骨盤」を構成しています。
骨盤を構成する骨(仙骨・腸骨・恥骨・坐骨)が一体となって動く際、動きに伴って腰椎も動きます。骨盤が前傾すれば腰椎は反り、後傾すれば丸まります。つまり、「反り腰の人」は、「骨盤が前傾している人」といいかえることもできるのです。
そのような理由から、脊柱管狭窄症の患者さんは、「骨盤を後傾させて腰椎を丸めること」で脊柱管が広がるようになります。骨盤の後傾によって圧迫されている神経が解放され、脊柱管狭窄症のつらい症状が和らぐのです。そこで紹介したいのが、骨盤の後傾に役立つ簡単なポーズの「四つばい正座」です。

連続して行うことで背中と骨盤の両方向から腰椎を丸めて骨盤を後傾させるため、脊柱管が自然に広がって神経の圧迫を緩めることができるのです。
脊柱管狭窄症の患者さんを多く診てきた私が特に伝えたいことは「高齢者の腰痛=脊柱管狭窄症」と安易に診断されている可能性があるという事実です。
脊柱管狭窄症の診断基準には、MRI(磁気共鳴画像法)を使った画像検査のほかに、坐骨神経痛や間欠性跛行といった症状があること、また、腰を丸めたり腰かけたりして休むと症状が軽減することなども含まれます。診断基準を満たさない腰痛で脊柱管狭窄症と診断された患者さんは、別の病気が原因となっている「脊柱管狭窄症もどき」である疑いがあるのです。
例えば、筋肉や筋膜の問題で起こる筋・筋膜性腰痛、あるいは腰痛や下肢の痛みやしびれがあっても間欠性跛行が伴わなければ、骨盤の仙腸関節の障害が原因である可能性があります。腰を丸めて休んでも症状が改善しない場合は、閉塞性動脈硬化症(ASO)という血管の病気も疑われます。症状が脊柱管狭窄症の診断基準に当てはまらないと思ったら、あらためて専門医を受診し、くわしい診察を受けることをおすすめします。
「四つばい正座」以外にも、私が考案した「1ポーズ」には、さまざまな種類があります。誤った姿勢を改善するための適切なポーズは、体幹の筋肉をうまく使えるようにして腰椎の安定性を高め、筋肉や関節への負担を減らす効果があります。そのため、脊柱管狭窄症の患者さんはもちろん、「脊柱管狭窄症もどき」と思われる患者さんにも、症状の改善が期待できます。ご興味のある方は、欄外の連絡先までお問い合わせください。