新派女優 波乃 久里子さん
父は人間国宝・17代目中村勘三郎、弟は歌舞伎界の革命児と呼ばれた18代目中村勘三郎——。絢爛たる歌舞伎の血を引きながら、自らは劇団新派の女優として70年以上舞台に立ちつづけている波乃久里子さん。今も舞台への情熱はいっさい衰えない波乃さんは、5月の新派・松竹新喜劇 合同喜劇公演『お種と仙太郎』への出演が決まっています。気品と愛嬌、その両方を兼ね備えた波乃さんに、元気の秘訣をお聞きしました!
舞台の本番を完走するために動画を見ながらトレーニングしています

来たる5月9日から、東京・新橋演舞場で『お種と仙太郎』という舞台が始まります。かつては藤山寛美先生が主演を張った人情喜劇ですから、私としてもいつも以上に張り切って準備をしているところです。
ただ、私は2025年の夏、出演していた舞台を肺気腫と急性気管支炎の悪化によって途中で降板し、たいへん多くの方にご迷惑をおかけしました。
お医者様には、若い頃にさんざんタバコをたしなんだことが原因といわれていますから、自業自得ではありますけれど、今も少し動くと息切れしてしまうような状態が続いています。聞くところによると、肺というのは一度病んでしまうと、なかなか元どおりにはならない臓器なのだそうですね。ですから、今度の舞台に対しては、ちょっと怖さもあるんです。
でも、今回はなにがなんでも10日間の本番を完走しなければいけないという、強い気持ちがあります。ですのでここのところ、柄にもなく自宅でストレッチに励んで、コンディションを整えているんですよ。週に3度ほど、動画を見ながらのリモートレッスンを受けていて、少しでも体力を取り戻そうと頑張っています。
今回は初めて出演するお芝居ですけれど、特に役作りのようなことはしていません。それというのも、私は役作りというものは、私にお役を持ってきてくださるプロデューサーや演出家の先生方が、私ならできるというものを選ばれたのだと思うから。例えば、私に突然、お医者様や弁護士の先生のお役は持ってきませんよね(笑)。77年、この仕事をやってきて、そんなことは一度もありませんからね。役というのは作り込んで演じるのではなく、自然にその役柄の者として舞台に立っていられるのが理想です。
その意味では、舞台の上で〝波乃久里子〟自身を少しでもお客様に感じさせてはいけないと思っています。名のあるスター俳優の方でしたら、その人らしさを全面に出す意味もあるのでしょうけれど、私はそれほど大した役者ではありませんからね。〝波乃久里子がその役を演じている〟のではなく、あくまでその役柄に徹すること——いつもそう心がけています。
ただ、寄る年波には勝てず、なかなかセリフが頭に入ってこないのには参ってしまいます。70歳くらいまでは、台本をパラパラとやればたいていすぐに覚えられたのに、今はそういうわけにもいきません。台本とにらめっこをしながら、とにかく何度も何度も繰り返し読み込むしかないのですけれど、この歳になると根気が続かないのがネックですね。
集中力が続く2時間だけ、毎晩頑張ってセリフを頭にたたき込んでいるんです。物覚えがよくなる薬があれば欲しいくらいですよ(笑)。
歌舞伎の家で女に生まれてよかったと心から思っています

私は母方の祖父に6代目尾上菊五郎、父方の祖父に3代目中村歌六を持ち、さらに父は17代目中村勘三郎という歌舞伎役者の家に生まれました。
生家は神奈川県鎌倉市。父の襲名披露に合わせて踏んだ初舞台は4歳の時で、それから15歳になるまで、子役として何度も歌舞伎の舞台に立ちました。
物心ついた頃から、今と変わらずお調子者でわがままな性格でしたけれど、父がとにかく私のことを褒めまくるものですから、いっそう調子に乗ってしまったような気がします。
なにしろ父は、まだ子役でしかない私について、やれ「こんなにいい女優はいない」とか、「この役はうちの子にやらせたほうがいい」などと、毎日のように周囲に吹聴していました。
私としてはもちろん悪い気はしないものの、さすがに「そんなわけないのに」と恥ずかしく思っていましたから、その点に関してだけは多少分別のある子どもだったのかもしれませんね。ただ、大人になってからは誰も褒めてくれないのは、あの頃父が私のことを一生分、褒め尽くしてしまったからではないかと思うんです(笑)。
そんな父とは対照的に、母は非常に厳しい人でした。悪さをすればすごい剣幕でしかられましたし、踊りや鼓、三味線などのお稽古のかたわら、学業をおろそかにすることは決して許されませんでした。家族でニューヨークへ行った時でも、弟は飛行機の中で鼻血が出るまで勉強させられたほどです。
私を大いに甘やかしてくれた父も、私がうっかり家のお手伝いさんに乱暴な口を利こうものなら、烈火のごとく怒鳴られたものです。「おまえのお手伝いさんじゃないんだぞ」と。こういう育て方をしてもらえたおかげなのか、今も謙虚な気持ちだけは常に忘れないように心がけていますね。
私としては極めて自然に育ってきたつもりではありますけれど、歌舞伎役者の家で育ちましたので、特殊な家柄といえばそうなのかもしれません。幼い頃から松本白鸚のお兄さんや中村吉右衛門のお兄さんといった面々にお芝居ごっこをして遊んでもらえたのですから、非常にぜいたくな環境だったともいえます。

そんな環境の中で、今振り返ってもつくづく思うのは、女に生まれてよかったということです。男に生まれていれば歌舞伎役者になれたのに、といわれることもありますが、とんでもない話ですよね。
なにしろ、上を見れば7代目尾上菊五郎さんや白鸚のお兄さん、吉右衛門のお兄さん、市川團十郎さんなどなど、まさしくきら星のごとくスターたちがひしめいていて、さらに下からは坂東玉三郎さんや坂東三津五郎さん、それに弟が迫ってくるのですから、とてもじゃないけれどやっていけなかったと思います。
もし、あの時代に男に生まれていたら、途中で挫折して、ただただ毎晩どぶろくをあおって周囲にくだを巻くだけの大人になっていたでしょうね。
ただ、誤解しないでいただきたいのは、歌舞伎役者だからすごいということはありません。すごいのはこうして400年以上も続いている歌舞伎ですよね。
歌舞伎のすごいところは、同じ役でも演じる人によってまるで異なる作品になることです。
役者は自分の個性を表現するために、まず必死になって〝型〟を骨身にたたき込みます。弟の勘三郎も、「型があってこその型破り」といっていましたけれど、そういう表には出ないところで血のにじむような努力があってこそ、歌舞伎には400年の歴史があるのだと思います。
また、かたくなに純血を守りつづけてきたわけではないのもよかったのでしょうね。長い歴史の中、子弟制度で芸をつないでいきながら、養子縁組を繰り返して家の芸を維持してきたことで、さまざまな血や個性が交わる。だからこそ、今日まで伝統芸能として生き永らえることができたのでしょう。もし、血筋だけでこれほどの歴史を刻めるのであれば、私だって歴史的な名優になっていなければおかしいですからね(笑)。
15歳の時に出会った水谷八重子先生に憧れて役者の道を目指しました

それでも今、私がこうして役者として生きているのは、初代水谷八重子先生との出会いがきっかけなんです。15歳の時に初めて八重子先生の演技を見て以来、寝ても覚めても忘れられないほど強い憧れを抱くようになりました。
ただ美しいだけの人であれば、この世界、ほかにもおおぜいいるでしょう。しかし、八重子先生の場合は、美しさに加えて言葉にできない高貴さがありました。おそらく、普段からよほどご自身を律していなければ、あれほど高貴でみやびな品格は醸し出せないと思います。
意外に思われるかもしれませんが、八重子先生は下町の理髪店の娘で、いってみればほんとうにごく普通の人なんです。ある日、どうしても八重子先生にお会いしたくて、夜であるにもかかわらずご自宅に突然押しかけたことがあったんです。それでも、居住まいや言葉遣いが乱れることなく、ほんとうに24時間いつでも〝水谷八重子〟として生きていらしたのが印象的です。
最近の役者の方でいえば、田村正和さんがそれに近かったのかもしれません。田村さんも常にご自身を律し、いつでも美しくいた方ですからね。お二人とも、間違っても私のように好き勝手なことをいうタイプではありませんでしたね(笑)。
人のあり方というのは、付け焼き刃で演じられるものではなく、常日頃からの過ごし方によって筋金が入るものなのだと、教えられた気分でした。こういう教えは、いくつになっても意識しておきたいものですね。
私も長く舞台に立っておりますけれど、まだまだ勉強の日々であることを実感しています。
単に演技のうまい役者というのはいくらでもいると思います。でも、いわゆる〝いい役者〟といわれるためには、どうすればいいのか。今の年齢になっても、いまだにそんなことばかり考えています。その意味で、人間は謙虚さを失い、学ぶ姿勢を持てなくなったらおしまいなのだとも思います。
ただ、さすがに年のせいか、以前ほどセリフがぽんぽん口から出てこない自分に悩まされることもあります。もっとも元がせっかちでおしゃべりな性分なので、そのくらいでちょうどいいのかもしれませんけれど(笑)。
私が最近、特に気にかけていることは、私が幼い頃から今日まで、名のある先生方から教わってきたものを、もっと次の世代につないでいきたいということなんです。
これまで教わった学びを次世代につなぐ手段がないことが残念です

これが歌舞伎役者であれば、自分の息子や弟子たちに継承することができるでしょう。でも、私には息子がいませんから、今はせめて、周囲にいる人たちには、私がこれまでなにをどう教わってきたのか、思い出話がてらよくお話しするようにしているんです。私がこの世を去った後に、少しでもそうした知見がつながれていくなら、これほどうれしいことはありません。
自分が憧れてきた先生方と若い世代をつなぐ、架け橋になりたい。舞台の本番も控えていることですけれど、まだまだ元気に頑張らなければなりません。
健康を維持できているかというと、肺のこともありますし、あまり自信はないのですが、今でも好き嫌いなくよく食べているのは、1つの好材料かもしれませんね。
奔放な性格が幸いして、ストレスとも無縁です。そもそも仕事とプライベートの境目がなく、好きだからお芝居をやっている人間ですから、ストレス発散など必要がないんです。
お休みの日には映画や舞台を見て回ることが多く、気に入った舞台は何度も繰り返し見ることもありますが、これも勉強のためではありません。単にその役者さんが好きだから足を運んでいるだけ。でも、芝居って本来そういうことでいいのではないでしょうか。
私も80歳ですから、次の舞台を終えたら、その後も仕事を続けるかどうかは分かりません。まずは、5月からの舞台に全力を尽くすつもりでいます。
それにしても、これだけ医学が発展していながら、いまだに肺気腫を根本的にケアする方法がないというのは、考えものですよね。
できればペースメーカーのような小さな装置を身に着けて、肺に管を通してそこから酸素が供給されて快適に呼吸ができるような方法があれば理想的なのですが、そういうわけにもいかないのでしょうか。もしそういう機器が実現したら、今からミュージカルだってこなせる気がするのですが(笑)。ぜひ本誌をご覧になった専門家の先生方には、大発明をしていただきたいですね。
そして、読者の皆さんには、病気というのはかかってからでは遅いということを、ぜひ肝に銘じてほしいと思います。病気は未然に防ぐことがとにかくいちばん。今なんらかの持病に悩まされている人も、また別の病気の予備群なのですから、どうか日頃から心身のケアを大切になさってくださいね。

「新派・松竹新喜劇 合同喜劇公演」
一、『お種と仙太郎』
●作 茂林寺文福
●脚色 平戸敬二
●演出 齋藤雅文
●出演 久本雅美、藤山扇治郎、波乃久里子ほか
二、『明日の幸福』
●作 中野 實
●演出 石井ふく子
●出演 水谷八重子、渋谷天外、三田村邦彦、高島礼子ほか
●製作 松竹株式会社
●日程・場所 2026年5月9日(土)〜5月19日(火)
新橋演舞場(東京都中央区銀座)
●問い合わせ先 チケットホン松竹 ☎0570-000-489(10:00〜17:00)
⬇︎⬇︎詳細はこちらから⬇︎⬇︎
https://www.shochiku.co.jp/play/schedules/detail/202605_enbujo/

