株式会社安曇野ミネラルウォーター代表取締役 新井 泰憲さん
創業間もない会社の製品がコンビニエンスストアでPB(プライベートブランド)化されるには、大きな壁が立ちはだかっています。そんな常識をくつがえしたのが、株式会社安曇野ミネラルウォーター代表取締役の新井泰憲さん。熱意とアイデア、行動力でことごとく壁を突破しつづける男、業界内で奇跡と呼ばれる水の物語です。
司法試験に挑みつづけた10年間が水泡に帰し失意のどん底からの再起

災害大国・日本では、しばしば水源の重要性が話題に上ります。現在、株式会社安曇野ミネラルウォーターの代表取締役として、長野県安曇野市産の天然水を全国に届ける新井泰憲さんもまた、東日本大震災において飲み水確保の問題に危機感を強めたことが、起業のきっかけだったと振り返ります。
「震災当時、大手の工場が被災したことでペットボトルのキャップが不足し、飲料の生産量が激減したことがありました。被災地はもちろん、ほかの地域でも水が足りなくて困っている現実を見て、平常時でも非常時でもいちばんに必要なものは水であるという、強烈なニーズを感じました」
現在、新井さんが代表を務める安曇野ミネラルウォーターでは、水質に恵まれた安曇野市の生産工場から、全国にミネラルウォーターを出荷しています。
しかし、新井さんは当初から起業家を志していたわけではありません。もともとは弁護士を目指してロースクールに入学し、司法試験合格を目指して勉強に明け暮れていたといいます。
「法曹界を目指したのは、正義感の強い母の影響だと思います。世の中の不条理に対して憤る母の姿を見ていて、自分も世の中に貢献したい、困っている人の役に立ちたいと考えるようになりました」
ところが、30歳を迎えた時に法曹界への夢が破れた新井さん。人生の方向転換を迫られたといいます。
「当時の司法試験では、試験に3回落ちたら受験資格が消失する決まりがありました。つまり、再チャレンジするにはまたロースクールに入り直さなければならず、時間と費用がかかりすぎて現実的ではありませんでした。20歳の頃から挑みつづけてきた10年が水泡に帰した気がして、この時はまさに失意のどん底に陥りました」
仲間たちが次々に司法試験に合格していく中、あまりにも大きな挫折を経験した新井さん。3度目の不合格が決まった時はその後、数日間にわたって布団から出ることができなかったといいます。新井さんは、ただ天井を見つめていた当時の自分の姿を、「すごくウジウジしていました」と振り返ります。
しかし、次の目標などすぐ見つかるわけもなく、就活を始めるもほぼ門限払い。そこで、子どもの頃から水泳を習っていた新井さんは、当時全国展開していたスイミングスクールでコーチのバイトを始めることにしました。三十路に差しかかってアルバイト生活を始めることに抵抗がなかったわけではないものの、とにかく「目先の食いぶちを稼ぐ」日々だったといいます。
「スイミングスクールでアルバイトをしていた2年間は、全国10数ヵ所のプールを転々としました。最初は、『自分はいったいなにをやっているのだろう』と、レッスン後にプールで涙をこぼしたこともありましたが、今にして思えば、せわしなく働いていたことで気が紛れていたのかもしれません」
新井さんはアルバイトをしながら、少しずつ、社会人として再起の道を歩みはじめます。そんな新井さんが「水」をビジネスにしようと考えたのは、あるきっかけがありました。
実績もノウハウもないゼロからのスタートで水の事業化を構想
「もともと長野県の安曇野市内に祖父が残した土地があったんです。場所柄、地下に水脈が通っていることは理解していました。これから会社勤めをするのは難しいと思っていたので、祖父が残してくれた土地を生かして、新しいビジネスを始めたいと考えたんです」
しかし、当時の新井さんは、水に関してはまったくの門外漢。どうすればその水源を生かし、水をビジネス化できるのか、想像すらできなかったといいます。
「さっそくミネラルウォーターを作る仕組みについて調べてみると、井戸を掘って機械で詰める、シンプルなものだと理解しました。そして安曇野の豊かな地下水は、そのまま飲めるほどきれいなので、これならビジネスになると確信しました。もっとも、この認識がいろいろ間違っていて、後に大いに苦労するのですが……。でも、〝できる〟と思えたことが事業を起こす原動力になりましたから、知らないって強いですよね」
そもそも井戸を掘るにも、大きな設備投資が必要です。そこで新井さんは、融資を求めて日々奔走することになりました。
「当然といえば当然ですが、銀行からの融資はすべて断られました。水を製品化する設備を作ろうと機械メーカーを片っ端から回りましたが、こちらもほとんど門前払い。まだ実績も実体もない人間が、大がかりな事業をやると宣言しても信用してもらえないのは当たり前ですよね」
しかし、新井さんにぶれはありません。司法試験を断念してふさぎ込んでいた頃とは別人のように、エネルギッシュに活動しつづけます。やがて、東京で知り合った人の紹介で、ようやく事業構想に耳を傾けてくれたのが、中小企業向けの金融機関である商工組合中央金庫でした。
「事業構想に理解を示してくれたとはいえ、金融機関の担当者さんからは『融資を検討するにあたり、商品の買い手を見つけてきてください』といわれました。しかし、こちらは商品どころかまだ工場もないわけですから、買い手の見込みがつくはずがありません。引きつづき、八方ふさがりの状況は変わりませんでした」
震災以降、水源ビジネスをうたった詐欺が横行していたことも、ことさら警戒心をあおる要因になっていたこの時期。逆風の中、新井さんはなけなしの資金で土地の造成に着手し、事業用地としての準備を進めます。そんな新井さんのいちずな姿を見た金融機関は、対応を少しずつ軟化。
さらに、この時期のご縁から、新井さんは大手コンビニエンスストアチェーンであるファミリーマートへのプレゼンテーションに臨むチャンスを得るなど、追い風が吹きはじめたのです。
安曇野が持つ物語性が強い後押しとなり大手企業との取引を実現
とはいえ、ファミリーマートとの交渉もまた、簡単なものではありませんでした。しかし、安曇野の景観と立地、そして新井さんの真摯な姿勢が物をいい、担当役員の好感触を得ます。
「経験もないのに、あなたは面白い人ですね。工場が完成したら、ぜひあらためて相談に来てください」
担当役員のその言葉に、強く勇気づけられたと振り返る新井さん。大手企業が関心を示していることが信用につながり、少しずつ融資が下りはじめたのを皮切りに、工場完成後の見込み顧客も順調に増えていったそうです。
その後も多くの障壁が立ちふさがったものの、新井さんはその都度、熱意とアイデアと行動力でことごとく突破。今日、安曇野ミネラルウォーターは、年商20億円超の地場産業に成長しています。
一度は夢破れ、失意のどん底からの大逆転劇。その成功の秘訣は、安曇野という土地が持つ〝物語〟にあると新井さんは語ります。
「ファミリーマートの担当役員の方が安曇野に視察に来られて、初めてここの水を飲んだ時、『この水は売れる!』と断言したんです。担当役員さんが、『商品とは物語で売るものであり、安曇野の立地から見渡せる北アルプスの景観は、それだけで物語になりうる』と話されていたことが、強く印象に残っています」
また、高速道路のインターチェンジが近くて物流の便がよいことや、周囲に民家が少なく工場として適した立地であることなど、あらゆる環境要因が安曇野ミネラルウォーターの将来性を後押ししたことも見逃せません。結果として、創業間もない会社が、大手コンビニエンスストアのPB商品を受託することになった事実は、業界内でも〝奇跡〟といわれる逸話になっています。ファミリーマートの担当役員が初めて安曇野の水を口にした記念すべきシーンは、安曇野ミネラルウォーターの象徴として、新井さんのオフィスの壁画に描かれています。
かつては弁護士を志した新井さん。現在は自らの姿や会社の事業を通して、「縁ある人々の希望の星になりたい」と情熱的に仕事をしているのです。




