日本先進医療臨床研究会理事長 小林 平大央
NK細胞由来のナノサイズ粒子である「エクソソーム」が大注目されている!

これまでのガン治療は「手術療法」「放射線療法」「薬物療法(抗ガン剤治療)」の3つを柱とする、いわゆる3大治療が常識でした。しかし、これらの治療法は多くのガン患者の命を救ってきた一方で、体への大きな負担、副作用、そして再発や転移といった課題も抱えています。
今、この常識を根底から覆す可能性を秘めた、新しい治療法の研究が世界中で加速しています。その主役となるのが、私たちの体に元々備わっている免疫細胞「NK(ナチュラルキラー)細胞」と、そこから放出される「エクソソーム」というナノサイズの粒子です。
私たちの体内には、ガン細胞やウイルスに感染した異常な細胞を常に見つけ出し、攻撃してくれる免疫細胞が存在します。それがNK細胞です。NK細胞は「自然免疫」という種類の免疫細胞です。自然免疫は、誰からの命令も受けずに常に体中をパトロールし、異常な細胞を発見ししだい、即座に攻撃を仕かけることから「生まれながらの殺し屋」という異名を持ちます。
これに対して、ウイルスなどの外部から侵入した外敵に対して指令を受けて初めて攻撃を開始する免疫を「獲得免疫」といいます。獲得免疫の代表は「T細胞」と「B細胞」という免疫細胞です。
NK細胞の力を利用した「NK細胞療法」は患者自身の血液からNK細胞を取り出し、体外で大量に培養・活性化させてから体内に戻すという治療法です。すでに一部の医療機関で実施されています。
しかし、細胞そのものを扱う治療には、培養の難しさや品質管理、コストなどの課題がありました。また、2014年に施行された「再生医療等の安全性の確保等に関する法律(再生医療法)」によって、細胞を使用した治療法は法の規制を受けることとなったため、それまでのように医療機関が自由に診療を行うことができなくなったのも大きな障害となりました。
そこで、研究者たちの注目はNK細胞が放出するある物質へと向かいました。近年、生命科学の分野で急速に研究が進んでいる「エクソソーム」です。
エクソソームは、ほぼすべての細胞が分泌する直径100㌨㍍(1万分の1㍉)ほどの非常に小さなカプセルのような物質です。エクソソームは内部にマイクロRNAやたんぱく質といった「メッセージ物質」を内包しており、細胞から細胞へと情報を伝達する重要な役割を担っています。
例えば、血液中を漂うガン細胞由来のエクソソームを調べることで、ごく初期のガンを発見する「リキッドバイオプシー」という新しい診断技術が実用化されつつあります。そして、治療の分野では、このエクソソームを「運び屋」として利用する研究が大きな期待を集めているのです。
ここで、NK細胞治療とエクソソームが出合います。最新の研究で、NK細胞が分泌するエクソソーム(NK-EXO)が、NK細胞本体と同様に極めて強力な抗ガン作用を持つことが明らかになってきました。これは、ガン治療における画期的な発見です。
NK細胞由来エクソソームは、いわばNK細胞の能力を凝縮した「ナノサイズのミサイル」のようなものです。その働きは、主に以下の点で注目されています。
●ガン細胞への直接攻撃
NK細胞由来エクソソームは、内部に「パーフォリン」や「グランザイム」といった、ガン細胞を破壊するための武器(細胞傷害性たんぱく質)を搭載しています。これがガン細胞に到達すると細胞に穴を開け、内部から死滅(アポトーシス)へと追い込みます。細胞そのものではなく、ナノ粒子がこの役割を担うため、体内での動きがスムーズで、ガン組織の深部まで浸透しやすいと考えられています。
●ガン細胞の防御を無力化
賢いガン細胞は、免疫細胞からの攻撃を逃れるために「MHCクラスI」という分子をよろいのように身にまとい、みずからを正常な細胞に見せかけます。しかし、ある研究では、NK細胞由来エクソソームがこのよろいをガン細胞の表面から「かじり取る(Trogocytosis)」という驚くべき現象が報告されました。よろいを剥がされたガン細胞は無防備になり、ほかの免疫細胞からの攻撃も受けやすくなるのです。

●安全性と応用性の高さ
細胞そのものを使わない「無細胞治療」であるため、前述した再生医療法には抵触せず、届出の必要がありません。また、他人の細胞を移植した際の拒絶反応のようなリスクが極めて低いと考えられています。さらに、粒子であるために品質管理がしやすく、冷凍保存も可能で、製剤化して多くの患者さんに届ける「医薬品」としてのポテンシャルを秘めています。
●副作用を抑え、効果を最大化する未来
NK細胞由来エクソソームの可能性は、これだけにとどまりません。エクソソームを人工的に改変し、特定の抗ガン剤を内部に搭載してガン細胞にだけピンポイントで届ける「ドラッグデリバリーシステム(DDS)」としての応用も研究されています。これが実現すれば、正常な細胞へのダメージを最小限に抑え、抗ガン剤の副作用を劇的に軽減できる可能性があります。
さらに、遺伝子改変技術を用いてエクソソームの能力を強化し、既存の免疫療法や抗ガン剤治療と組み合わせることで相乗効果を生み出し、これまで治療が困難だった難治性ガンや転移ガンにも対抗できる道が開かれると期待されています。
もちろん、この治療法が広く一般に普及するには、エクソソームの安定的な大量製造技術の確立や厳格な品質管理、そして臨床試験による有効性と安全性の証明など、乗り越えるべきハードルはまだまだ残っています。しかし現在、世界中の研究者がこの分野でしのぎを削っており、関連する学術論文の数は爆発的に増加してきています。
NK細胞が持つ本来の力とエクソソームというナノテクノロジーの融合は、ガン治療のパラダイムを大きくシフトさせる起爆剤となるでしょう。近い将来、ガンを「メスや放射線でたたく」のではなく、「体の中から賢く治す」時代が訪れるかもしれません。NK細胞由来エクソソームは、その夢を現実にする大きな一歩なのです。
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