歌舞伎俳優 中村 芝翫さん
かつては3代目中村橋之助として活躍し、人間国宝だった父・7代目芝翫の名跡を継ぐ歌舞伎俳優の中村芝翫さん。歌舞伎だけではなく、映画や大河ドラマ、海外公演など、伝統芸能の枠を超えて活躍し、シェイクスピアの4大悲劇である『リア王』の上演が迫っています。表現の世界を縦横無尽に渡り歩く芝翫さんの、元気の秘訣についてお聞きしました!
役者というのは最初の本読みをしている時が最も輝いているんです

初めてシェイクスピアの作品に挑戦したのは、今から8年前の『オセロー』でした。その後、同じシェイクスピアの喜劇『夏の夜の夢』をやった際に、演出家の井上尊晶さんから「こうなると、次は『リア王』をやりたいですよね」といわれたのを覚えていますが、当時はまだまだ先の話だと思っていました。
しかし、時がたつのは早いもので、私も昨年、還暦を迎えまして、リア王とは違って3人の息子がいます。今度の『リア王』では3人の素敵な娘役の方と共演させていただきますので、皆さんと力を合わせて、いい作品を創っていければと心を新たにしています。芝居というのは、稽古場で苦しみ、そして大いに楽しみながら、血を吐くような思いで創り出すものだと思います。ちょうど芝翫を襲名して10年の節目でもありますし、待望の『リア王』がこのタイミングで実現することがほんとうにありがたく、感謝の念でいっぱいです。ぜひ多くの方に足を運んでいただければと思います。
それにしても、こうして『リア王』の舞台にたどりついた今、あらためて思い出されるのが、幼少期に叔父から教わった、「舞台に慣れてはいけない」という教訓です。
私が初舞台を踏んだのは、4歳の時でした。当時の記憶は色濃く残っていまして、いちばん楽しかったのは国立劇場の夜の部に出演した時のことです。

といっても、これは舞台や作品がどうという話ではありません。私は4人きょうだいの末っ子なのですが、夜公演を終えてから帰ると、上の3人がもう寝ていて、子ども心に妙な高揚感があったんです。お兄ちゃんたちよりも遅くまで起きている自分が、幼心になんだか新鮮でうれしかったのでしょうね(笑)。
肝心の舞台については、ほんとうに幼い頃からやっていたためか、特別な感情はなかったように思います。
そんな中でもひときわ印象的なのが、小学校に上がってから大叔父に当たる6代目中村歌右衛門とやった『恋女房染分手綱』です。この時、叔父から非常に厳しく指導されたのは、「舞台に慣れてはいけない」ということでした。私は変に緊張することもなく、心から舞台を楽しんでいましたから、そうした場慣れした雰囲気を叔父は感じ取っていたのでしょうね。国立劇場の楽屋で、こんこんとお説教をいただいたことを今でもすごく鮮明に覚えています。
また、私が初めて『勧進帳』の弁慶を演じた時には、松本白鸚さんからも同じようなご指導をいただきました。いわく、「役者というのは、最初の本読みの稽古の時が最も輝いているんだ」——これが白鸚さんの教えでした。その役をやりたい気持ちがいちばん高く、それでいてまだその役に慣れてはいない状態こそが望ましいというのです。

なぜなら、場数をいくらこなしても、役者はうまくなるわけではなく、単に慣れるだけだからです。最初のうちは緊張で震えたり、硬くなったりするかもしれないけれど、それがなくなるのは単に慣れの問題であり、上達とは別のもの。そうした〝慣れ〟は、最初に台本に目を通した時の新鮮な気持ちを損ないます。お客様は、初めてその舞台を見る人ばかりなのだから、我々も常に同じ気持ちで、最も輝いている姿を見せなければならないというわけです。
つまりは、初心忘るべからず。こうした教えは、還暦になった今でも、舞台に立つたびに強く意識しています。
考えてみれば、病気だって同じですよね。生活習慣病というのは、悪しき習慣から起こるものです。いい状態に戻すには、その習慣を直さなければならないんですよ。
幼少期から歌舞伎座が遊び場で私のヒーローは勘三郎さんや弁慶でした
私は1965年の生まれで、父が7代目中村芝翫を襲名したのが1967年のことでした。母はいわゆる梨園の妻で、絵に描いたような歌舞伎役者一家で育ったわけですが、私自身、なにか特別な思いを持ってこの道へ進むことを決めたわけではありませんでした。

私にとっては子どもの頃から、いろいろなものを見たり聞いたり、遊んだりする場所が歌舞伎座でした。普通の子どもたちが戦隊もののヒーローに憧れるところ、私の場合は18代目中村勘三郎さんや『勧進帳』の弁慶こそがヒーローだったんです。
おかげで小学校の時も、2時間目まで授業を受けて、早退して歌舞伎座へ向かうようなことが頻繁にありました。そのため、勉強が遅れてしまい、当時の先生との連絡帳に、母が「うちの子はいまだに読み書きが満足にできないけれど、大丈夫でしょうか」と書いているのが残っています。
ちなみにこの時、先生はそれに対して、「あれだけのセリフをちゃんと覚え、舞台でしっかりお芝居ができるのですから、なにも心配はいりませんよ」と返事をしてくれました。ありがたい言葉ですよね。
私としても、どこかへ遊びに行くよりも芝居をやっているほうが楽しくて、毎日が充実していました。小学校高学年に差しかかる頃には、叔父の歌右衛門から「おまえさん、いつまで学校へ行ってるんだ?」といわれたほどです。真面目に学校へ通ったところで飯を食わせてもらえるわけではないのだから、早くやめて役者一本に絞ったほうがいい、というのです。今では考えられない発言ですけれど、当時はそういう人ばかりだったんですよ(笑)。
そんな私も今では、国立劇場の養成所で教える立場になりました。生徒の皆さんを指導する際、最初に必ず伝えているのは、人は謙虚でなければならないということ、常に周囲への感謝を忘れてはならないこと、そして信念を持って舞台を務めることです。これらはどれも、うちの父から受け継いだ大切な教えです。

それらを常に心に留めながら舞台を重ね、8代目中村芝翫を襲名したのが2016年のこと。芝翫は父である7代目が人間国宝に認定された名跡ですから、これはやはり重かったですね。
その初日に歌舞伎座でやらせていただいたのが、『極付幡随長兵衛』でした。これは芝居小屋で起こったけんかを、観客の1人である長兵衛が止める設定で、私(長兵衛)は客席から登場することになります。
舞台に上がる前に、お客様に「失礼します」と頭を下げて花道へ向かう流れなのですが、この時、万雷の拍手をいただいたことが今でも忘れられません。
襲名初日とあって私もかなり緊張していましたが、歌舞伎座が揺れるほどの大拍手に包まれて、「ああ、自分はこのために生きてきたのだな」と実感し、気持ちがすっと楽になったんです。
橋之助時代には、芝居中に頭の中で複数の立場の自分が、ああでもないこうでもないと話し合いを始めてしまうような感覚がよくありましたが、自分が芝翫という1人の人間に集約されたような、そんな実感を覚えた瞬間でした。
私もこの時、少しは前へ進むことができたのかもしれません。
これまで歌舞伎だけではなく、映画やドラマなどさまざまな作品でお芝居をやらせていただきました。60歳になってこういうのも変かもしれませんが、今がいちばん充実しているし、最高に仕事が楽しいと感じています。橋之助時代はもっとがむしゃらで、無我夢中で仕事に打ち込んでいましたから、少しは余裕が出てきたということでしょう。
特に20代から40代にかけての頃は、とにかく毎日が多忙で過酷な状況の中で走りつづけていました。それでもどうにか頑張ってこられたのは、やはり家族の存在が大きかったのだと思います。女房をはじめ、3人の子どもたちの存在が、大きな力になりました。
とはいえ、たまの家族旅行では荷づくりやらなんやら、オフを潰してせっせと動かなければならないことに愚痴の1つもいっていましたけれど、今は逆に、子どもたちが私のためにそれらをすべてやってくれています。ねぎらってもらっているのを感じますし、家族のありがたみを噛み締める日々ですよ。
今度の『リア王』に重ねていうなら、子どもたちとは後継者であり、家督を譲っていくべき相手です。
それに対し、自分はこれから老いていく一方で、いつかは死を迎えることになります。人間、やはり死に対する恐怖心は付き物ですから、これをいかに断ち切って進んでいくかは、人生の大きな命題です。私も60代に入り、そうした心境をリアルに感じるようになりました。
ところが、先日すでに80歳を超えている小学校時代の恩師とお会いした際、「そんなことを考えているなら、まだ小僧っ子だぞ」と一笑に付されてしまいました。毎日が楽しければそれでいいんだよと。これには目が覚める思いがしましたね。自分もそのうち、そうした境地に到達できるのでしょうか。
リア王は今でいう「老害」の典型として描かれる人物です。権力を手放す際の傲慢さや短気さから、国や家族を破滅へと導く悪しき存在です。

でも、おそらくそんなリア王でも内心には謙虚さや感謝の気持ちを抱えていたのではないかと、最近想像しているんです。
男というのはプライドの高い生き物ですし、ましてあれほどの権力者ですから、引くに引けなくなったところもあるでしょう。いわば老害を演じざるをえない状況に追い込まれたところから、精神の混濁が始まったのではないか。ほんとうはすべて理解していながら、リア王を演じていたのではないか。そう考えると、この作品はいっそう深みを増していきます。
ぜひ皆さんも、自分自身の人生を重ねながら、そんなところにまで思いをはせていただけるとうれしいです。
前向きな気持ちを保ちまだまだいろんな役にチャレンジしたいです
健康面に関していえば、幸い今も非常に元気です。食欲が衰えることもなく、毎朝、起きた瞬間から「なにを食べようかな」と考えていますし、1日3食、しっかりと食べることが私の元気の秘訣かもしれません。今朝も5時に起きてすぐ、カレーライスをいただきました。
また、これは決して褒められたことではないのでしょうけれど、脂っこいものが大好きで、晩ご飯にはひたすら肉ばかりを食べています。肉さえ食べていれば病気にならないと思っているのですが、ほどほどにしなければいけないですよね。
さらに、気をつけなければならないのは水分摂取です。私の時代はスポーツでも稽古でも、途中で水を飲むことはよしとされませんでした。だから、日常的に水分摂取の習慣がないのです。うちの父も、晩年は担当の先生から「もっと水分をとってください」と口を酸っぱくしていわれていました。特にこれからの酷暑の時期は、十分にケアしなければなりません。
年齢が年齢ですから当然、代謝が落ちているのを感じますし、血圧や尿酸値も気になります。でも、あまり加齢についてネガティブに考えないことも大切だと思うんです。マイナスのほうに考え出すと、頭の中がそればかりになってしまいますからね。病は気からといいますが、先入観にとらわれすぎるのはよくありません。
もちろん、ほんとうに深刻な病気を抱えている方は、治すために全力を尽くすべきです。でも、ささいな不調であれば、気にしないほうがいいでしょう。微熱があるかもしれないと感じた時に、体温計で数字を見るとほんとうに具合が悪くなってしまうことは、往々にしてありますからね。
私自身、これまでどおり前向きな気持ちを保ちながら、まずは無事に『リア王』の公演を完走して、その後もまだまだいろんな役にチャレンジしたいと思っています。
こうして役者として生きてきたからには、やりたい役が尽きません。〝演じる〟という対象に関しては、年齢的な制限を設定する必要はありませんからね。皆さんも前向きな気持ちを忘れずに、頑張りましょう。
取材・文/友清 哲 写真/村上庄吾

『リア王』
●作 W.シェイクスピア
●訳 石井美樹子(河出書房新社『真訳 シェイクスピア四大悲劇』収録)
●演出 井上尊晶
●出演 中村芝翫、松下由樹、三浦涼介、朝月希和、井上小百合、大野拓朗、二反田雅澄、小倉久寛、村田雄浩ほか
●日程・場所 2026年9月6日(日)〜9月22日(火・祝)
新橋演舞場(東京都中央区銀座)
●問い合わせ先 チケットホン松竹 ☎0570-000-489(10:00〜17:00)
⬇︎⬇︎詳細はこちらから⬇︎⬇︎
https://www.shochiku.co.jp/play/schedules/detail/202609_enbujo/

