イサダの脂肪燃焼作用は南極オキアミの2倍
岩手県は本州の北東部に位置し、東西約122㌔、南北約189㌔と南北に長い楕円のような形をしています。その広さは北海道に次ぐ面積を誇り、日本の面積の約4%を占めています。
岩手県の沿岸部は、宮古市より北側は典型的な隆起海岸で、海食崖や海岸段丘が発達しています。一方、宮古市より南側は、北上高地のすそ野が沈水してできた代表的なリアス式海岸で、それぞれ対照的な景観を呈しています。三陸のリアス式海岸の沖合いは世界有数の漁場となっており、優れた漁港・港湾が数多く点在しています。
岩手県は、全国シェアの約4割を占めるワカメをはじめ、アワビやカキ、ホタテ、ウニなど、豊富な水産資源に恵まれています。中でも、イサダ(ツノナシオキアミ)は、岩手県沿岸で毎年3~4月にかけて〝春告げ漁〟が行われることから、春の風物詩として親しまれています。
イサダは、北太平洋に生息する体長約2㌢の小さなオキアミです。オキアミは海洋生物の中で最も資源量が多く、海洋の生態系における食物連鎖の基礎を支える重要な生き物です。オキアミは世界中の海に80種類以上も生息していますが、商業的に漁が行われているオキアミは世界にわずか3種類しかいません。イサダは、貴重なオキアミ資源といえるのです。
オキアミの中でも、南極オキアミから抽出・精製される油は、クリルオイルとして知られています。クリルオイルは、血流をよくし血管をしなやかにするω3不飽和脂肪酸と、強い抗酸化作用があるアスタキサンチンを豊富に含んでいるのが特長です。クリルオイルは、糖尿病やがんをはじめとするさまざまな生活習慣病の予防や脳の活性化、月経前症候群(PMS)の改善に効果があるといわれています。
この記事の主人公であるイサダは、三陸漁場の最盛期だった1980年代には、年間10万㌧もの水揚げ量を誇りました。しかし、しだいに養殖用のエサや釣りのまき餌としての需要が減少。イサダの価格を維持するために漁獲量が制限され、現在の漁獲枠は、年間3万㌧まで減少しています。
イサダは、三陸の漁業従事者にとって安定的な収入源でした。そのため、イサダの需要の復活が強く望まれていたのです。しかし、イサダは傷みやすいため、生や冷凍で食品として流通させるのは困難でした。乾燥のイサダが製造され、食品として流通するようになりましたが、食品として利用されるイサダは、水揚げ量の1割にも満たないのが現状です。私は、どうにかしてイサダを有効活用する方法がないかと、イサダの機能性に関する研究を始めました。
私が所属する岩手生物工学研究センター・生物資源研究部では、イサダの機能性に関する研究が重ねられました。その結果、イサダは、抗肥満成分である8‐ヒドロキシエイコサペンタエン酸(8-HEPE)を豊富に含有していることが、世界に先駆けて発見されたのです。
8-HEPEは魚には含まれず、オキアミなどの甲殻類にだけ含まれる成分です。イサダに含まれる8-HEPEの量は、アカエビの約10倍、南極オキアミの約2倍であることが判明しています。
8-HEPEは、ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体(PPARα)と呼ばれる物質を活性化し、脂肪の燃焼を促進すると考えられています。8-HEPEには、魚の油に含まれるエイコサペンタエン酸(EPA)と比較して、約10倍も高いPPARα活性が確認され、非常に強力な脂肪燃焼作用が確かめられています。
肥満の状態にしたマウスにイサダから精製した8-HEPEを与えたところ、高脂肪食のみを与えたマウス群に比べ、8-HEPEを与えたマウスは内臓脂肪の増加が抑えられていました。さらに、JST復興促進事業で企業と共同開発した8-HEPE濃縮素材の肥満抑制効果を岩手医科大学薬学部で評価したところ、高脂肪のエサを摂取したマウスにおいて内臓脂肪の増加を抑制する効果が確認されました(「イサダの有効成分によるマウスの肥満抑制作用」のグラフとCT画像参照)。
産官学連携でイサダの製品化が現在進行中
2017年6月からイサダの利用用途の拡大・需要増加を目的として、農林水産省の革新的技術開発・緊急展開事業(経営体強化プロジェクト)の支援を受け、産官学連携で「イサダまるごとプロジェクト」が始動しました。冷凍のイサダから分離・精製することで取れる「イサダオイル」「8-HEPE濃縮素材」「イサダミール(飼料)」「イサダ調味料」の生産体系を作り、実用化をめざしています。
東日本大震災の津波の被害に遭った岩手県沿岸部は、現在も復興に向けて努力を続けています。三陸の水産業を震災前よりも盛んにして復興の手助けができれば、これほど研究者冥利に尽きることはありません。