プレゼント

10年間アトピーに苦しんだ僕を助けてくれたのは無心になれるサーフィンでした

私の元気の秘訣
小説家・脚本家・劇作家 秦 建日子さん

『天体観測』『アンフェア』などの大ヒットドラマをはじめ、小説家・劇作家としての作品も注目を集めている秦建日子さん。人気作家として活躍する秦さんにも体調をくずした時期があったそうです。10年来のアトピーを克服した方法や病気に対する考え方を伺いました。

つかこうへいさんのいたずらがきっかけでこの世界に入りました

[はた・たけひこ]——1968年、東京都生まれ。会社員生活を経て、1997年から作家活動を開始。主な連続ドラマ脚本作品に『天体観測』『最後の弁護人』『共犯者』『ラストプレゼント』『87%』『ドラゴン桜』『花嫁は厄年ッ!』『ジョシデカ!』など。映画は原作本も同時に出版した『チェケラッチョ!!』、舞台では『月の子供』『タクラマカン』などがある。小説家としてのデビュー作品となった『推理小説』は『アンフェア』とタイトルを変え、連続ドラマ化・映画化。続編となる『アンフェアな月』とともに大ベストセラーを記録。

読書家というわけでもなく、ドラマや映画に夢中になっていたわけでもない僕が作家として活動できているのは、偶然のめぐり合わせによるものです。

大学卒業後、僕はクレジットカード会社の営業マンをやっていたのですが、明確な目標を持てない会社員生活に、正直ワクワクできずにいました。そんなとき、訪問営業でたまたま飛び込んだのが、劇作家のつかこうへいさんの事務所でした。

「戯曲や脚本を書く仕事ってカッコいいですね。憧れます」

そう僕がいうと、つかさんは「なんだおまえ、この仕事に興味があるのか。よし、ちょっと待ってろ」と、いきなり電話のダイヤルを回しはじめました。そして、どこかのテレビ局のプロデューサーと思われる相手に、こういったのです。

「例の深夜ドラマの脚本だけど、秦という若い男に書かせることにしたからよろしく」

唖然とする僕に、つかさんは「そんなわけだから、3日以内に書いて持ってこい」といいました。僕はそれまで、脚本など1度も書いたことがありません。それでも、つかさんが放つ強烈なオーラと迫力に圧倒された僕は、「分かりました。がんばります」となぜか答えてしまい、帰りに紀伊國屋書店で『シナリオの書き方』の本を購入したのでした。

後から知ったことですが、これは当時つかさんの中でブームだったいたずらで、同じような〝ドッキリ〟を30人以上に対してやっていたそうです。つかさんのいたずらを真に受けた10人ほどが実際に脚本を書いて持ってきて、その中で唯一、プロデューサーの目に留まったのが僕の書いた脚本でした。

運と縁に導かれた僕は、しばらく会社員と兼業で作家修業を積んだ後、28歳のときに会社を退職。脚本家として生きていく決意をします。

もちろん、脚本家としてすぐに食べられるようになったわけではありません。1年ほどは貯金を食いつぶす日々が続きましたが、日本テレビの『火曜サスペンス劇場』での看板シリーズだった「小京都ミステリー」の脚本に抜擢されたのを機に、少しずついろいろな仕事をいただけるようになりました。

当時はテレビドラマの全盛期。寝る暇もないほど仕事に忙殺され、3日間ぶっ通しで働きつづけることもしばしばでした。座ると寝てしまうので、企画会議の間じゅう立っていたこともあります。それでも、フリーで働くことが性に合っていたらしく、会社員時代より高いモチベーションを持って、日々、仕事に邁進していました。その頃は「疲れた」なんていう感覚は皆無でした。

でも、無自覚のうちに体には疲労が蓄積されていたのでしょう。とある連続ドラマの最終回の脚本を書き終えた翌朝、起きると顔が真っ赤にほてっていたんです。これが10年に及ぶアトピー性皮膚炎(以下、アトピーと略す)との闘いの始まりでした。

顔面に現れたアトピーの症状は、すぐに首や胸、おなかへと拡大。体中が乾燥して、猛烈なかゆみを覚えるようになりました。かきむしった場所からは体液がにじみ出て、あっという間に全身が炎症でまだら模様になってしまったんです。

皮膚科ではステロイド剤や抗ヒスタミン剤を処方されたものの、ほぼ効果なし。ステロイド剤の強さがどんどん上げられることを不安に感じた僕は、免疫抑制剤から漢方薬まで、ありとあらゆる治療を試しました。しかし、やはり効果を感じることはありませんでした。それどころか、ステロイド剤の副作用で顔の皮膚がとても薄くなって赤ら顔が消えなくなったり、骨密度が大きく低下して骨粗鬆症と診断されたりするなど、僕の体はぼろぼろの状態になってしまったのです。

打つ手がないまま10年がたった頃、僕の中で何かがプチッとはじけました。いや、キレたというほうが正確かもしれません。机の上いっぱいに積まれた薬に嫌気がさし、「こんなもの、こうしてやる!」と、すべてゴミ箱にたたき捨ててしまったのです。もう、アトピーの存在は無視しよう。保湿剤も洗顔料もいっさいやめた。1度しかない人生なのだから、これまでお医者さんに止められていたことも気にせず全部やってやろう――そう決意したのです。

サーフィンを始めたことでアトピーが改善した秦さん

「いままで生きてきたことと、なるべく正反対のことをやろう」と考えました。脚本家としてずっとインドアで、パソコンと向き合う仕事をしてきたので、思い切ってアウトドアに出ようと考えました。運動不足なのは明らかだったので、ハードな運動をしてみよう。医師に紫外線はよくないといわれていたので、あえて逆に「紫外線をたくさん浴びる」ような運動をしよう。というわけで、出した答えが〝サーフィン〟でした。

46歳で初めて挑戦したサーフィンは、アトピーに対して予想以上の効果をもたらしました。最初のうちは海水が皮膚にしみるたびに、激痛に苦しみました。でも、海に入ればすぐに痛みを忘れました。なぜなら、高波に吹っ飛ばされたり、海中でもみくちゃにされたり、サーフボードで頭を打って流血したりと、サーフィンは「命の危険に直面するスポーツ」だったからです。下手すると死ぬかもしれないという状況だと、人間は多少の痛みやかゆみは忘れるものだと知りました。

やがて、僕の体に少しずつ変化が起こりはじめました。

「あれ? いつもより体がかゆくないぞ」

海に入るたび、なぜかアトピーの症状が軽くなっていたのです。塩水が効いたのか、運動によるストレス解消効果なのか、理由は分かりません。ただ事実として、海に入るとその後数日はアトピーのかゆみが和らぐのです。そして、仕事が忙しくて海に行けない日が続くと、またかゆみはじわじわと戻ってきました。

その後も、なるべく週1回はサーフィンを続けた僕のアトピーは、順調に症状が改善されていきました。1年でアトピーの面積が半分ほどになり、2年たつ頃には、あれほど悩まされていたアトピーの湿疹やかゆみが、ほぼすべて消えてなくなりました。

世間にあふれる情報に右往左往することなく自分の体と対話が必要

秦 建日子さんからのお知らせ
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激務や上司のパワハラ、うまくいかない恋愛に悩む主人公・優子が野球場で経験する、日本人初メジャーリーガー、マッシー村上をめぐる摩訶不思議な物語。恋愛・青春小説が好きな方におすすめの1冊です。

僕の場合、慣れないサーフィンで頭の中が真っ白になることで、仕事のストレスを忘れられたのがよかったのかもしれません。体験を通じて思ったのは、医師のいうことがすべて正しいわけではないこと。1人ひとりの体に何がいいのかは、結局誰にも分からないということ。だって、僕は薬を全部投げ捨てて、医師から避けるようにいわれた「雑菌だらけの海水」と「紫外線」を浴びつづけただけなのです。僕はただ、心地いいと感じたからサーフィンを続けていただけなのです。

医学的な知識はもちろん大切ですが、ときには先入観を捨てて、自分の体と直接対話をしてみることをおすすめします。世の中に多くの情報があふれている現代は、自分にとっての正解を見つけにくい時代でもあると思います。