帝京大学福岡医療技術学部教授 佐藤 典宏
免疫力低下によって起こる帯状疱疹は「がんの前兆」といわれ強い痛みを引き起こす

80歳までに3人に1人がかかるとされ、患者数は年々増加している帯状疱疹。帯状疱疹にまつわるうわさとして有名なものに、「帯状疱疹はがんの前兆」というものがあります。皮膚疾患とがんは関連性が低いと思われるかもしれませんが、近年行われた疫学研究でこのうわさが真実であることが実証されたのです。
帯状疱疹は、皮膚に赤い斑点と小さな水ぶくれが帯状に出現する病気です。帯状疱疹は水ぼうそうウイルス(水痘・帯状疱疹ウイルス)と切っても切れない関係にあります。水ぼうそうといえば、主に10歳以下の子どもがかかる病気です。ウイルスによる感染症で、2~3週間の潜伏期間を経て発症し、皮疹や発熱などの症状が現れるのが特徴です。
幼少期に水ぼうそうに一度かかると、その後に再発することはまれです。しかし、水ぼうそうのウイルスが体から消えてしまうわけではなく、「神経節」と呼ばれる神経細胞の集合部に潜伏しています。
水ぼうそうのウイルスは、栄養不足や解毒不足、睡眠・運動不足、仕事・家庭のストレス、加齢・病気による免疫力低下などによって再活性化し、神経線維を通じて皮膚に出てきて赤い斑点と水ぶくれを形成します。これが、帯状疱疹です。
一般的に皮膚が赤みを帯びて盛り上がり、続いてその上に水ぶくれが現れます。水ぶくれの大きさは粟粒から小豆大で、真ん中がヘソのようにくぼんでいるのが特徴です。初めの数日間は新しい水ぶくれが増えつづけ、その後はかさぶたになって乾燥し、通常は2週間~1ヵ月で自然に治ることが多いものの、養生や治療が遅れると遷延化(病状が長引くこと)しやすいため早めの対処が必要です。
中には、発赤や水ぶくれなどの表面的な皮膚症状がほとんど見られず、ウイルスによって侵された支配神経領域の疼痛のみが発症し、神経痛などの症状が持続するケースもあるので要注意です。また、顔面にある三叉神経に帯状疱疹が生じると、角膜炎や網膜炎などを引き起こし、視力低下や失明に至ることもあります。
水ぼうそうのウイルスは休眠状態で神経節にとどまるため、感染状態が一生涯続くとされています。かつて帯状疱疹は一度かかると生涯二度とかからない病気とされていましたが、免疫力が低下すると再発する場合があることが分かってきました。
免疫力が低下する原因の1つに、私の専門とする「がん」があります。がんは自分の勢力を広げるため、周囲の免疫力を下げる働きがあることが分かっています。また、がんの3大療法である外科治療(手術)や抗がん剤治療、放射線治療でも免疫力は下がってしまうのです。
実際に、がん患者さんは帯状疱疹を発症する危険性が高いことが報告されています。免疫に問題のない人に比べ、固形がん患者は約5倍、血液がん患者は約10倍も帯状疱疹を発症する頻度が高いといわれています。また、がん患者は帯状疱疹の痛みが長期化しやすいことも分かっています。
では、帯状疱疹を発症した人ががんになる危険性はあるのでしょうか。2013年に、イギリスのがん専門医学情報誌で発表された疫学研究をご紹介しましょう。

この疫学研究はイギリスの医療データベースを用いて調査されました。過去にがんになったことがないことを前提に、帯状疱疹にかかった約1万3000人と、年齢などの条件を一致させた帯状疱疹にかかったことがない約6万人を最長5年間にわたって比較しました。
その結果、帯状疱疹にかかった人は、かかったことがない人に比べて、がん発症リスクが2.4倍高くなっていることが判明したのです(グラフ参照)。特に、18~50歳までの比較的若い世代では、がん発症のリスクが6.6倍に上昇することが明らかになりました。
帯状疱疹の診療後に発症するリスクが高くなるがんを種類別に見ると、卵巣がん(5.4倍)が最多でした。そのほかは、肉腫をはじめとした結合組織の悪性腫瘍(4.5倍)、脳・中枢神経のがん(4.0倍)、食道がん(3.4倍)、口腔がん・咽頭がん(3.1倍)、血液のがん(3.0倍)が挙げられています(下の表参照)。

特筆すべきなのは、この中の多くが免疫を応用した治療で効果が得られやすい種類のがんである点です。帯状疱疹の発症後に起こりやすいがんが、免疫の影響を受けやすいがんであると考えられるのです。
ここで注意してほしいのは「帯状疱疹が原因でがん細胞が発生する」というわけではなく、「帯状疱疹が起こる状態はがん細胞ができるほどに免疫力が低下している状態」ということです。若い頃に帯状疱疹になった人ほどがんになるリスクが高いのも、若いにもかかわらず帯状疱疹を発症するほど免疫力に大きな問題があったからだと考えられます。
がん細胞は発生してから画像検査で見つかる大きさに成長するまで、5~10年を要するといわれています。帯状疱疹を発症した段階で、がん細胞になる前の「顔つきの悪い細胞」はすでに生まれていると考えられます。実際、帯状疱疹の発症からがんと診断されるまでの期間は、中央値では約2年3ヵ月であり、長い時間を経てがんが見つかっていることが分かります。つまり、帯状疱疹が「がん発症の前兆」であることは間違いないといえるのです。
帯状疱疹で深刻な痛みは「前駆痛」「急性痛」「慢性痛」に分類され生活の質の低下に注意

がんとの関連性が深い帯状疱疹の自覚症状として、多くの患者さんが「痛み」と「かゆみ」を訴えます。その中でも、特に問題になるのは「痛み」です。
痛みには、皮膚症状が出現する前に起こる「前駆痛」、皮疹が出現している時に起こる「急性痛」、皮疹が治癒した後も続く「慢性痛」があります。
「前駆痛」は皮膚症状が出る前に現れる痛みで、水ぶくれが現れる前から神経細胞で増殖したウイルスが神経を損傷するために起こるといわれています。神経症状は皮膚症状が現れる数日前から起こることが多く、2週間以上前から起こるケースや、痛みを感じないケース、痛みだけで皮膚症状が現れないケースもあります。
前駆痛は比較的軽い痛みであることが多い一方で、小さな水ぶくれが出てからの「急性痛」は耐えがたいほどの激痛になることが少なくありません。痛みのピークは皮膚症状が出はじめてから10日目あたりです。
多くの場合、皮膚の水ぶくれが治るにしたがって、急性痛は消えていきます。しかし、皮膚症状が消えてからも痛みだけが残り、「慢性痛」となることがあります。
慢性痛は「帯状疱疹後神経痛(PHN)」といわれ、1~3ヵ月で消えることもありますが、痛みが数年以上持続して、患者さんの生活の質(QOL)を著しく低下させることもあります。帯状疱疹後神経痛の症状は多岐にわたり、「焼けるような、締めつけられるような持続性の痛み」や「ズキンズキンする、うずくような痛み」、軽い接触だけでも痛む「アロディニア」と呼ばれる痛みなどが混在しています。
アロディニアは、通常では痛みとして認識されない程度の接触や軽微な圧迫、寒冷などの非侵害性の刺激が痛みとして認識されてしまう感覚異常のことです。皮膚に存在する痛みを感じるセンサーの刺激性が増しているなどの変化が起こっていると考えられています。
前駆痛や急性痛は、主に神経の炎症による痛み(侵害受容性疼痛)ですが、帯状疱疹後神経痛は傷ついた神経が過剰な興奮を起こすことによる痛み(神経障害性疼痛)であり、この2つの痛みは発症のしくみが異なります。
帯状疱疹に罹患した症例のうち、80歳以上では約30%、60~65歳では約20%が帯状疱疹後神経痛を発症すると報告されています。帯状疱疹を発症した患者さんの中で、約15%は2年以上痛みが続き、約6%は激痛が4年後も残る場合があります。
帯状疱疹後神経痛への移行の主な危険因子は、次の5つが挙げられます。
●高齢
●病気や薬剤による免疫力の低下
●前駆痛の存在
●強い急性痛
●重症皮疹
帯状疱疹のなによりの対処法は、早期発見・早期治療です。帯状疱疹は、発症から72時間以内に治療を受けられるかどうかで、予後が大きく変化します。早期に治療を受けて抗ウイルス薬を服用することで、皮疹や痛みの改善、帯状疱疹後神経痛への移行を防ぐ確率を高めることができます。
抗ウイルス薬を服用する際に重要なのが、勝手に飲むのをやめないことです。皮膚症状や痛みなどが治まったとしても、体内のウイルスの活性が完全に抑えられているとは限りません。医師の指示を守り、最後までしっかり飲み切るようにしてください。
また、帯状疱疹を予防する方法として、私がおすすめしているのが「帯状疱疹ワクチン」の接種です。現在、帯状疱疹ワクチンには「生ワクチン」と「不活化ワクチン」の2種類があります。生ワクチンは接種が1回ですみ、費用も比較的安価というメリットがあります。一方、不活化ワクチンは生ワクチンに比べると高価で2回接種しなければならず、接種部位が痛んだり、頭痛などの副反応が出たりするというデメリットがあります。しかし、肝心の予防効果は、生ワクチンが約50~60%なのに対し、不活化ワクチンは90%以上とされています。また、不活化ワクチンは、帯状疱疹を発症しやすいといわれながらも生ワクチンを接種することができない、免疫抑制状態・免疫不全の方でも接種することができるという大きなメリットがあります。自治体によっては50歳以上の方の接種に補助金を交付するところもあるようですので、ぜひ検討してみてください。
免疫力を高める生活としては、禁煙はもちろん、節酒に取り組むことが大切です。また、運動習慣も密接に免疫力と関わっているため、1日10分、週3回程度の散歩を習慣化しましょう。
近年、腸内環境が免疫力増強に欠かせないことが知られるようになり、現在ではさらに研究が進んでいます。かつては「善玉菌を増やし、悪玉菌を減らすことが大切」といわれていましたが、最近では「菌の種類にかかわらず、腸内細菌の多様性の維持が重要」と考えられるようになりつつあります。善玉菌を中心としながら、悪玉菌を含む多種多様な腸内細菌を維持することで、がんの治療効果が向上すると分かっているのです。
腸内細菌の多様性を維持するうえでおすすめなのが、日本の伝統的な食生活です。欧米型の肉を中心にした食事ではなく、野菜や海藻、キノコ類、豆類、穀物など、食物繊維が豊富な食事をとるようにしましょう。
さらに、帯状疱疹を発症したことのある、特に50歳以下の若い方は、がんの発症リスクが高いと考え、予防に努めることが大切です。がん検診を受けることはもちろん、気になる症状があれば、早期に医療機関を受診するようにしましょう。


