プレゼント

抗がん剤治療中でもおしゃれを楽しめるネイルドネーション

ニッポンを元気に!情熱人列伝

株式会社ビューティースマイル 代表取締役 髙橋 繁世さん

ドネーションとは、社会問題を解決するために無償で物品などを提供する行為のこと。病気などで髪を失った人に医療用ウィッグを提供するヘアドネーションが知られています。今月は、がん患者さんの「つめ」をテーマに独自のドネーション活動を展開する情熱人の物語です。

「もったいない」と思っていたネイルチップを患者さん用に活用

[たかはし・しげよ]——1978年、静岡県生まれ。㈱リクルートで美容系フリーペーパー事業の立ち上げに加わった後、2011年に静岡県浜松市で創業。ネイルサロンとアイラッシュサロンを静岡県内で5店舗、認可保育園事業2拠点、韓国でネイルの国家資格の取得支援・セミナー事業を立ち上げた後、ネイルドネーションの原型となるネイルチップの提供を開始。2024年から、ネイルドネーションの事業を本格的に展開。

「2020年の新型コロナウイルス感染症の流行によって、経営していたネイルサロンが休業し、スタッフは自宅待機を余儀なくされました。ネイルサロンでは、お客様の手に触れて施術を行うので、リモートでは仕事ができません。コロナの間、ネイルサロンの売り上げは40%も落ちてしまいました」

今から6年前、新型コロナウイルス感染症が流行した当時をそのように振り返るのは、株式会社ビューティースマイルの代表を務める髙橋繁世さんです。

「リモートでの仕事が普及する一方で、私たちネイル業界は大きな打撃を受けました。とはいえ、手をこまねいていてはなにも変わりません。自宅待機をしているスタッフたちに『厳しい状況でもチャレンジできることをしよう!』と宿題を出したところ、あるスタッフが『困っている人にネイルチップをプレゼントするのはどうでしょうか』と、ネイルチップの再利用を提案したんです」

ネイルチップとは、ネイルサロンで使う、合成樹脂製の付け爪のこと。ネイリストと呼ばれる制作者によって作られるネイルチップは、ネイリストたちの努力の結晶。同じ作品が2つとない、一点モノの世界です。通常、ネイルチップはディスプレイ用や撮影用のデザイン見本の場合、5本を1セットとして作られるのだそうです。

「その一方で、実際に販売する時は、両手分の10本をセットとして揃えるのがネイルチップの基本です。そのため、見本や撮影用として5本セットで作られたネイルチップの多くは破棄されていたのです」

かつて勤務していたリクルート社では、フリーペーパーの先駆けともいえる『ホットペッパー』の立ち上げを手掛けた髙橋さん。当時はネイルサロンやエステサロン部門の担当をしていた経緯から、ネイル業界では当たり前になっていた破棄という常識に対して「なんとか再利用はできないものか」とずっと考えていたそうです。

「当時の〝もったいない〟という思いと、コロナ禍にスタッフが提案したアイデアがピタリと一致しました。では、どんな人たちにネイルチップをプレゼントしたらいいのか……試行錯誤を重ねる日々が始まりました。いちばん最初に考えたのは、お葬式の際、ご遺体にネイルチップをつけていただくことでした。実現はしませんでしたが、この案がヒントになって、抗がん剤治療を受けている患者さんたちにプレゼントするアイデアにたどり着きました」

髙橋さんの知人で、乳がんの患者さんを支援するNPO法人の代表者にアイデアの感想を尋ねたところ、「すごくいい!」と答えてくれたことから、自信を深めたそうです。

「抗がん剤治療を受けているがん患者さんの悩みの1つに、爪への影響があります。抗がん剤治療を始めると、患者さんによっては爪が黒ずんだり、変形したりするのだそうです。がん患者さんは、血液中の酸素飽和度を測定するパルスオキシメーターなどの医療機器を指先につけることがあるので、マニキュアや爪への装飾は病院から禁止されることがほとんどです。その点、ネイルチップはアクセサリーとして簡単に着け外しができるので、治療の合間や入院中でもおしゃれを楽しむことができるんです」

乳がん患者を支援する団体からアイデアを絶賛された髙橋さんは、すぐにネイルチップを団体へ発送。無償で提供したところ、支援団体から「患者さんから大評判だよ!」と想像以上に喜ばれ、追加でネイルチップを提供するほどだったそうです。

「当時はコロナ禍で、社会が混沌としていました。少しでも明るいニュースを世の中に届けたいと、プレスリリース(報道資料)を作ってメディアに配信すると、大きな反響をいただいたんです。テレビをはじめ、ラジオや新聞、雑誌など、数多くのメディアから取材依頼をいただき、ネイルドネーションが知られるきっかけになりました。メディアだけでなく、日本全国のがん患者さんからも『ネイルチップが欲しい』というリクエストをたくさんいただきました」

ネイルドネーションの普及の反面、髙橋さんは、気になることがあったといいます。

「私たちが送ったネイルチップが、実際にどこまで使われているのかということです。ネイルチップは、SS~Lまで複数のサイズがあります。ネイルドネーションの対象者は、抗がん剤の治療中や闘病中でサロンに通えない方々ですから、大人はもちろん子どもも該当します。つまり、対象者によって提供するネイルチップのサイズが異なるのです。それまではネイルチップを提供する際に爪のサイズを尋ねることをせずに送っていました。楽しみに待っていたネイルチップが届いても、自分の爪のサイズに合っていなければ使えません。ネイルチップを受け取った人たちは、ほんとうに満足しているのだろうか……という疑問をいつも持っていました」

ネイリストによって作られるネイルチップは、同じデザインが2つとないクリエイティブな作品

末期のがん患者さんがネイルチップを見て義妹に笑顔を見せた

そこで髙橋さんは、新たなアイデアを思いつきます。自分で爪のサイズを計測できるECサイトの開発を目指し、資金をクラウドファンディングで集めようという試みです。

「ありがたいことに、クラウドファンディングでは、約245万円ものご支援をいただき、『AR測定』のECサイトを開発することができました。その後、全国のネイリストさんから、自分が作ったネイルチップをドネーションに使ってほしいとご提供いただけるようにもなりました。私たちが取り組んでいるネイルドネーションが成り立っているのは、こうしたネイリストたちの協力があってこそです」

ネイルドネーションはビジネスではなく、ボランティアとして取り組んできたと話す髙橋さん。ボランティアとしての需要が伸びた大きな要素の1つに、時流があると分析しています。

「ネイルチップは、10本すべて同じデザインじゃないと売り物にならない時代もありましたが、コロナ禍から『異なるデザインのネイルセットがおしゃれ』という流れが生まれました。左右の爪のデザインが異なっていたり、1つひとつのデザインが違っていたりすることで、逆に話題を集めたのです。こうした、私たちの努力だけでは変えられない時代の風潮も、活動の後押しになりました」

ネイルチップを提供したがん患者さんに喜ばれたエピソードは、とても多いと話す髙橋さん。特に印象的だった患者さんの例を話してくれました。

髙橋さんのもとには、ネイルドネーションの理念に共感した全国の人々からたくさんのネイルチップが送られてくる

「末期がんと診断された義理の姉にネイルチップをプレゼントしたいというご依頼がありました。お義姉さんの誕生日まで数日しかなかったのですが、なんとかネイルチップを用意しました。届いたネイルチップを見たお義姉さんは笑顔を見せてくれたそうですが、残念ながらその直後に亡くなられたそうです。その後、ご依頼者から、棺の中でネイルチップをつけたお義姉さんの手の写真を送っていただきました。その瞬間、この仕事をずっと続けていこうと思ったんです」

そのほか、抗がん剤治療中の女性が、提供されたネイルチップをつけて買い物に行った際、レジ係の人から「かわいいネイルですね」と声をかけられてうれしかったというエピソードも忘れられないそうです。

「抗がん剤治療を受けている時は、どうしても気持ちがふさぎ込んでしまうと思います。そのような中でも明るさと前向きさを持っていただけることが、この活動のモチベーションになっています。ネイルチップを制作するネイリストの方々も、自分の作品がどこかで誰かを元気づけていることにやりがいを感じています。だからこそ、私たちのもとには、全国からたくさんのネイルチップが送られてくるのだと思います」

提供を続けるためにネイルドネーションの事業化を目指す

就労支援施設の障がい者の人たちも、ネイルドネーションの活動に欠かせない存在

ネイリスト以外にも、髙橋さんが展開するネイルドネーションに欠かせない人たちがいます。ネイルチップのサイズ測定や写真撮影、データ入力に加えて、患者さんへの発送を担当している就労支援施設の障がい者の人たちです。

「ピンク系、ブルー系といった、色別にある程度の仕分けがされているネイルチップを10個ずつ組み合わせる作業もお願いしています。男性の就労者で『この仕事が楽しい』と話してくれる方もいるんですよ。何気ないひと言ですが、ネイルドネーションを続けていこうというモチベーションになります」

髙橋さんは、ネイルサロンや保育園を経営する企業の経営者でもあります。だからこそ、ネイルドネーションをボランティアでやってこられたと話します。

「ネイルドネーションを安定的に続けるためには、今後は事業として、経済的にも付加価値をつけた活動をしていきたいと考えています。その一環として、今年、静岡県はままつ市内に店舗をオープンします。店舗でネイルチップを展示し、お客様や街の人たちの反応を見たいと思っているんです。がん患者さんの間だけでなく、社会全体にネイルドネーションの存在が広まることを目指しています」