明礬温泉の湯の花がアトピーを劇的に改善
世界的に有名な温泉都市である大分県別府市には、「別府八湯」と呼ばれる泉質も歴史的背景も異なる8つの温泉があります。別府八湯の1つである明礬温泉は、湯の花の生産地としても知られ、江戸時代には別府湯の花の主成分であるミョウバン(天然アルミニウム硫酸塩)の採取が質・量ともに日本一を誇っています。
一般的な湯の花は、地中から湧き出した温泉が大気と接触することで、成分が固形化した沈殿物です。ところが、明礬温泉の別府湯の花は、他の温泉地で採取されるものとは性質が異なります。他の湯の花よりもお湯に溶けやすいといわれ、全国で唯一の医薬部外品の入浴剤として認められています。
別府湯の花の生産は、江戸時代から始められました。藁葺小屋の中に「ぎち」と呼ばれる青粘土を敷き詰め、床から温泉の噴気(天然の蒸気)を導入することで湯の花の結晶を作っています。1日に1㍉ずつしか成長しない湯の花の結晶を、1~2ヵ月ほど育てて採取します。この製法は、2006年に重要無形民俗文化財に認定されています。
天然の別府湯の花は、昔から入浴剤として知られ、あせもやいんきん、湿疹、しもやけなどの皮膚のトラブルのほか、肩こりや腰痛、神経痛、冷え症などに有効といわれてきました。ところが、別府湯の花の効能を科学的に検証した研究論文はほとんどなく、ほんとうに皮膚を介して健康に影響を与えているかどうかが分かっていませんでした。
私の研究グループは、別府市の特産品である湯の花に秘められた働きに着目。大分県の産学官連携事業として、5人の学生と地元の企業が中心となって、別府湯の花が及ぼす皮膚への影響を科学的に調べることにしました。
治療が困難な皮膚疾患として、アトピー性皮膚炎(以下、アトピーと略す)が挙げられます。アトピーは、幼少期に発症することが多く、アレルギー疾患の1つです。皮膚に存在する黄色ブドウ球菌などが過剰になると発症することが分かっています。
皮膚には、黄色ブドウ球菌だけでなく、良性の細菌も存在しています。ステロイド外用剤や抗生剤を長期間にわたって塗布するのではなく、正常な皮膚環境を作り出す治療を受けることが大切です。
アトピーの改善法として、民間療法の中で使われていたのがミョウバンです。私たちは、ミョウバンが別府湯の花の主成分であることから、アトピーに対しても有効なのではないかと考え、試験を行うことにしました。
試験では、アトピー患者さんを含む皮膚トラブルに悩む8人を対象に、別府湯の花を化粧用のクリームなどに混ぜて患部に塗ってもらいました。その結果、8人全員の皮膚症状が改善したのです。
皮膚から吸収されて免疫のバランスを調整
研究グループは、別府湯の花が持つ黄色ブドウ球菌に対する抗菌作用を調べました。黄色ブドウ球菌に別府湯の花を添加したところ、1時間で黄色ブドウ球菌の数が減少。さらに、別府湯の花の濃度が高いほど、黄色ブドウ球菌の数が減少することも分かったのです。
別府湯の花が免疫のバランスを整えて免疫異常を防ぐことも、私たちの研究で明らかになっています。アトピーに関わる免疫細胞は、主にTh1細胞とTh2細胞が挙げられます。2種類の免疫細胞は、シーソーのようにうまくバランスを取り合っていますが、アトピーの患者さんはTh2細胞が優位な状態で過剰反応していることが分かっています。
試験では、免疫細胞の1種である樹状細胞(抗原提示細胞)に別府湯の花を添加しました。その結果、Th1細胞が活性化して、Th2細胞が抑制されたのです。免疫のバランスを整える働きのある別府湯の花は、アトピーの症状改善に有効と考えられます。
ここで重要なのは、口からとらなくても免疫のバランスを調整できるのかという点です。試験管内で行われた実験で、別府湯の花の有効成分が皮膚の表面を越えて真皮(皮膚の内側にある層)まで浸透する可能性があることが確認できました。別府湯の花の入ったお湯に漬かるだけで、免疫のバランスが改善し、アトピーの症状が軽減する期待が持てるのです。
私たちの研究は、2018年3月に行われた文部科学省主催の第7回サイエンス・インカレで「別府『湯の花』の皮膚に対する効果」として発表されました。サイエンス・インカレは、自然科学を学ぶ全国の大学生や高等専門学校生が自主研究の成果を報告する発表会です。私たちの研究は、優れた研究に参加企業が贈る「ファーウェイ賞」に選ばれました。
別府湯の花は、近年では入浴剤として加工されたものも販売されているようです。また、産学官連携事業として、せっけんやクリームが開発・販売されています。アトピーを改善する有効性が認められた別府湯の花が、地域を活性化する一助になってくれればと願っています。