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祖母のアルバムが研究の原点!写真を見ながら会話する「共想法」で認知症を防ぐ

認知症
理化学研究所革新知能統合研究センター認知行動支援技術チーム チームリーダー 大武 美保子

超高齢社会となった日本では認知症の問題が深刻化しています。認知症予防として挙げられる方法は、習慣化するには根気が必要になります。今回は、簡単に習慣化でき、認知機能の低下を楽しみながら防ぐ「共想法」をご紹介します。

認知症の祖母との会話がきっかけで考案した共想法は楽しみながら認知機能を鍛えられる

[おおたけ・みほこ]——東京大学工学部卒業後、同大学大学院工学研究科修了。博士(工学)。専門は、人工知能と知能機械学。2006年、認知症を患った祖母との会話をヒントに「共想法」を考案。2007年、研究拠点としてほのぼの研究所を設立し、2008年NPO法人化。自治体、福祉・介護・医療機関との協働事業を展開。東京大学准教授、千葉大学准教授などを経て、2017年4月より現職。著書に『介護に役立つ共想法』(中央法規出版)がある。

「人と会う約束や日時を忘れる」「方向感覚が悪くなる」「料理など家事ができなくなる」「新しいことが覚えられない」といったことに身に覚えがある場合、初期・中期の認知症になっている恐れがあります。認知症は、一度正常に発達した認知機能が後天的な脳の障害により、持続的に低下した状態をいいます。

2015年に厚生労働省が行った発表によると、2025年には認知症を患う人の数が約700万人に達すると推計されています。この数字は、65歳以上の5人に1人が認知症を患うという計算になります。認知症になって体験したことを忘れるだけでなく、忘れたことの自覚もなくなってしまうと、日常生活に大きな支障をきたすようになります。

認知症の進行を防ぐには、早期に予防トレーニングを行うことが大切です。そこで私は、写真を見ながら「話す」「見る」「聞く」「考える」ことを行う「共想法」という手法の研究に取り組んでいます。

私が考案した共想法は、日本発の新しい手法で、楽しみながら行える認知症予防トレーニングです。きっかけは認知症の母との会話でした。祖母が入所していた施設を訪ねたとき、「元気そうだね」「今日は冷えるね」と声をかけても会話がとぎれてしまい、気まずさを感じていました。研究者として、認知症の方とも会話が自然と続くしくみを作れないかと考えるようになったんです。

そのとき、「写真を使うことでうまくいくかもしれない」とひらめきました。祖母のアルバムから着物姿のモノクロ写真を取り出し、祖母に見せると「着物は鮮やかなオレンジ色なのよ。初めて写真館で写真を撮ったから緊張したわ」と、言葉があふれるかのように話しはじめたんです。その後、私は共想法に参加していただいた高齢者の方とともに設立したNPO法人ほのぼの研究所において、実施研究に取り組んでいます。

共想法は、認知症の前段階として低下しやすい次の3つの認知機能を働かせることで、脳を鍛えて認知症を予防します。

● 体験記憶
エピソード記憶とも呼ばれ、体験に関する記憶です。認知症の方は新しい体験を覚えたり、思い出したりできなくなります。そのため、最近の出来事を写真を使いながら覚えて思い出す共想法は、体験記憶を鍛えるのに効果的です。

● 注意分割機能
複数のことを同時に行うとき、適切に注意を配る機能のことをいいます。例えば、料理を同時進行で何品か作れる場合、注意分割機能が正しく働いているといえます。共想法では「写真を見て話す」「写真を見る」「人の話を聞く」「質問や感想を考える」という複数のことを同時に行うため、注意分割機能を鍛えることができます。

● 計画力
新しいことをするときに段取りを考えて実行する能力のことをいいます。捨てるものを決めたり、新しく始めることを考えたりするなどのテーマを選ぶことで、実際に行動に移すための計画力を鍛えることができます。

「ぼのちゃん」は共想法がスムーズにできるロボットで実用化を目指した研究が進行中

共想法の流れ

共想法は2~6人程度のグループを作り、次の順序で行われます。

①テーマに沿った出来事を写真に撮る
共想法では毎回、ユニークなテーマが設定されます。日常生活の中でテーマに沿ったおもしろいことや話題になることを見つけ、写真に収めます。

②1分間で話をする
自分で撮った写真を大きくスクリーンなどに映して、参加者に見せます。写真1枚につき、1分間でその写真について話をします。他の参加者は話をよく聞いて、質問や感想を考えます。

③2分間で質問や感想をいう
写真の話を聞いた後、写真に関して1枚につき2分間、他の参加者が順番に質問したり感想をいったりします。話し手は聞かれた質問や感想に答えます。

④写真当てクイズをする
全部の写真について、話と質問・感想が終わったら、写真をランダムに見せて誰の写真か当てるクイズを行います。

⑤200字程度で記録をつける
自分が今日話した内容を思い出しながら、写真1枚につき200字程度にまとめます。

③の質問や感想をいうときに認知機能が特に使われます。質問や感想を考えるためには、聞いた内容を理解する必要があります。そして、タイミングを見計らい、考えたことを発言するまで覚えておく必要があります。作業のために一時的に覚えておくので、短期記憶機能が鍛えられるのです。

現在私は、「ぼのちゃん」というロボットを活用して共想法をスムーズにできるかどうかの研究を重ねています。ロボットによって共想法が自宅でできるようになれば、より簡単で楽しい認知症予防のトレーニングができると考えています。高齢者がいつまでも健康で自分らしく暮らせる社会を実現するため、一人でも多くの方々に共想法を役立たてていただきたいと思います。