プレゼント

奥が深いワインの香りを楽しむために嗅覚の衰えを防ごう

クマ先生の免疫学的なお酒と料理の楽しみ方
熊沢 義雄

[くまざわ・よしお]——医学博士(京都大学)。元北里大学教授。山梨大学大学院発酵生産学修了後、北里研究所、北里大学薬学部・理学部に40年間在職。順天堂大学医学部非常勤講師。専門は生体防御学(免疫学)。日本細菌学会名誉会員。現在は北里大学発のベンチャー企業の代表として奮闘中。

ウナギを焼いているときに、おいしそうなにおいがあふれるように、おいしいワインにも〝熟成香〟と呼ばれるにおい(香り)があります。フランス・ボルドー大学の醸造学の先生がワインの熟成香を研究したところ、ブドウのカベルネ・ソーヴィニヨン種から生じる成分が発する香りだったそうです。

ボルドーワインはカベルネ・ソーヴィニヨン種、メルロー種、カベルネ・フラン種、プチ・ヴェルド種を組み合わせて造られます。 ワインの王様といわれるブルゴーニュワインは、ボルドーワインよりもさらに香りが豊かです。

大学院時代に香気成分の研究もしていた私は「ちょっとした化学構造の違いで、なぜ香りが異なるのだろう」と不思議に思っていました。当時、香気成分の研究はガスクロマトグラフィー、通称ガスクロという機器を使って分析することが多く、同時に香りを嗅ぐ鼻クロマトグラフィー(鼻クロ)でも成分を分析していました。ソムリエがワインの香りを嗅ぐさいも、まさに鼻クロで分析しているのです。

私たち人間はいろいろな成分の香りを記憶し、嗅ぎ分けています。香りの感度は人によって異なり、10〜100倍もの個人差が見られる場合もあります。人間以外の動物、例えばイヌは人間より高感度の嗅覚を持っていることは、皆さんもご存じでしょう。

香り成分は脳に伝えられることで、私たちは香りを認識しています。この伝達経路がおかしくなると、香りやにおいがわからなくなります。伝達経路に乱れが生じなくても、ワインの豊かな熟成香を嗅ぐことができない人がいます。これは遺伝的に香りの受容体が機能していないためです。香り豊かなブルゴーニュワインの熟成香を味わえない人がいることになります。

嗅覚の感度が非常に高い私の友人が、あるときカゼを引いてにおいを感じられなくなりました。カゼを引いたときは鼻が詰まり、おいしそうな食べ物のにおいを感じられなくなります。一時的に嗅覚が働かなくなっても治れば回復しますが、嗅覚の器官に異常が起こると、においを感じ取れなくなるのです。

以前、作家の阿川弘之さんが食に関する著書の中で、年を取って嗅覚が怪しくなっていることを述べられていますが、加齢に伴って嗅覚も衰えていきます。加齢に伴って視力や聴力が衰えるのと同じように、嗅覚も年齢と関係しているといえるでしょう。

チーズはワインに合う食べ物の1つですが、カビを使って造られるチーズの中には、強烈なにおいを発するものがあります。強烈なにおいを放つ食品をおいしいと感じるかどうかは、まさに嗜好性の問題といえるでしょう。ワインの香りを鼻で嗅いだ香りと、口に含んで鼻から抜けるときのにおいを「フレーバー」といいます。ワインの香りはやはり、鼻から抜けるときのフレーバーが重要だといえます。ワインはいろいろな香りを楽しめるお酒です。アメリカ系のブドウ品種にあるフォクシーフレーバー(狐臭)は、ヨーロッパ系のブドウにはない香りです。ワインの香りやフレーバーをいつまでも楽しむためにも、嗅覚の老化を防ぎたいものですね。