いまから30年ほど前、ドイツのマックス・プランク研究所にいたときの話です。研究所のトップだったクリス・ガラノス博士と共同研究をするために、後にノーベル生理学・医学賞を受賞するブルース・ボイトラー博士がアメリカから来られました。当時、研究所の客員研究員だった私は、博士たちとレストランで夕食をともにすることになりました。牛脂で揚げたトンカツにフライドポテトが山のようについた料理を頼んだところ、ブルース博士は驚いた表情をされました。
ブルース博士はその後、細菌の表層に存在するリポ多糖に対するトル様受容体を発見し、ノーベル生理学・医学賞を受賞しました。専門的な話になりますが、脂肪は酵素で分解されると脂肪酸を遊離します。この遊離脂肪酸がトル様受容体と結合すると、悪玉サイトカインのTNF-αを作るのです。ブルース博士は、まさか牛脂が消化して生じた遊離脂肪酸もこの受容体に結合し、悪玉サイトカインを作って炎症を誘導するとは思っていなかったでしょう。
発がん剤を塗布したネズミに普通食を与えると、がんになったのは数%だけでした。ところが、高脂肪食を与えると100%の確率でがんになり、そのうち3分の2が肝臓がんになっていました。高脂肪食を与えると、腸内では善玉菌のバクテロイデス属細菌が激減し、逆に悪玉菌のクロストリジウム属細菌が増えることが分かっています。悪玉菌が胆汁中のコール酸をデオキシコール酸に代謝し、これが肝臓に取り込まれることで肝臓の細胞をがん化させてしまうのです。
年を取ると体内のたんぱく質が減少することから、最近では中高年に牛肉を食べることがすすめられています。確かに、柔らかく、脂肪たっぷりの和牛のステーキはおいしいものです。脂肪が気になる人には、脂肪を燃焼させるカルニチンが含まれる赤身肉を食べることが推奨されています。しかし、牛肉を食べつづけると、腸内では先に挙げたバクテロイデス属細菌が減少し、悪玉菌が増えていきます。
肉食に関していえば、いまアメリカでは「カルニチン論争」が起こっています。カルニチンは腸内細菌によって代謝され、トリメチルアミンという物質になります。さらに血液中で酸化されるとトリメチルアミンN-オキシドという動脈硬化を促進する物質になります。肉好きで野菜嫌いの人たちにとって、牛肉・赤身肉の常食は動脈硬化に直結しているのです。そこでアメリカでは、週4日以上、赤身肉を食べないことが推奨されています。
高脂肪食といっしょにケルセチンを動物に食べさせると、病気の発症が抑えられることが報告されています。ケルセチンはワインにも含まれています。肉をいただくときに赤ワインを飲むのは、料理とワインのマリアージュを楽しむだけでなく、動脈硬化を防ぐ意味で道理にかなっているのです。健康を維持するには腹八分目が大切といわれますが、量だけでなく、何を食べるかがとても重要なのです。