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語尾に力を込めて話すことが大切です

私の元気の秘訣

俳優 綿引 勝彦さん

任侠映画の悪役からホームドラマの心優しい父親役まで、幅広い役どころを演じ分ける実力派俳優の綿引勝彦さん。テレビドラマや映画、舞台をはじめ、声優やバラエティー番組などでも活躍しています。〝我〟を出さない名脇役として作品に欠かせない存在でありつづける綿引さんに、元気の秘訣を伺いました。

大学時代に劇団入りし思いもよらぬ役者の道へ進むことになりました

[わたびき・かつひこ]——1945年、東京都生まれ。劇団綿帽子主宰。1966年、劇団民藝に入団して舞台俳優として活躍。1976年から任侠映画を中心に『悲しきヒットマン』『首領を殺った男』などでの迫真の演技で注目を集める。1991年、テレビドラマ『天までとどけ』(TBS系)シリーズでは、悪役から一変して穏やかな父親役を好演。テレビ時代劇『鬼平犯科帳』(フジテレビ系)の大滝の五郎蔵など代表作多数。現在も幅広い役どころを演じ分け、映画やテレビドラマで不可欠な存在として活躍中。

私は終戦直後の生まれなので、ものごころついた当時は、とにかく日本中にものがない、貧しい時代でした。誰もが懸命に働いて、どうにかその日をしのいで生きていく——そんな時代です。

父親の実家が印舗(いんぽ)を営んでいた関係で、父親は版画家を目指しましたが、さすがに芸術で食べていくのは難しかったようです。若い頃ははんこを彫る技術を生かして、日活(にっかつ)でポスターのデザインを手がけていました。覚えている人もいるかもしれませんが、日活映画のオープニングでタイトルバックに出てくる木彫りの「K」マークは、実はうちの父親が彫ったものなんですよ。

父親が日活映画に関わっていたので、映画の招待券だけは容易に手に入る環境だったのはありがたかったですね。おかげで子どもの頃は映画を観る機会がたくさんありました。

しだいに私自身も映画の世界に関心を持つようになり、日本大学藝術(げいじゅつ)学部の演劇学科へ進むことになりました。演劇学科の仲間に誘われて劇団民藝(げきだんみんげい)のオーディションを受けたことが、俳優の世界に入るきっかけになりました。

劇団民藝のオーディションに受かるまで役者になろうなんてみじんも考えていませんでしたが、定期的に役をもらううちにだんだん芝居がおもしろくなっていきました。やがて授業より舞台のほうが忙しくなり、大学は結局、2年生の半ばで中退することに……。劇団民藝は地方公演が多かったので、これはやむをえない決断でした。

劇団時代の思い出で最も印象深いのは、宇野重吉(うのじゅうきち)さんから「おまえのセリフの語尾は音になっていないから聞こえない。語尾にはその人物の思想が現れる大切なものなんだ」と、何度も繰り返し教えられたことです。

確かに語尾というのは、意識しなければつい弱くなってしまいがちです。語尾をなるべく強く、はっきり発声するように気をつけるだけで、前向きな印象を相手に与えることができるんです。

語尾に気持ちや考えが現れるのは役者に限ったことではないでしょう。ぜひ、試してみてください。語尾を意識するだけで、自分自身の気持ちや気分も前向きになりますよ。

病は気からですから、これは大切な心がけだと思います。いろいろ病気を経験したからこそ、常にそう痛感しています。

私が胸部大動脈瘤(きょうぶだいどうみゃくりゅう)で倒れたのは2005年、ちょうど還暦を迎えたときのことでした。倒れる少し前から、寒気がしたり呼吸が妙に荒くなったりといった予兆はありました。

ついには稽古(けいこ)中も、長いセリフがひと息にしゃべれなくなってしまい、これはいよいよ様子がおかしいと、女房から病院へ行くよう強くいわれたんです。すると、動脈瘤が破裂寸前の状態で、命を落とす一歩手前であることが分かりました。

動脈瘤があると診断されてからはすべての仕事を辞退し、3ヵ月間の入院生活の後、1年かけてリハビリに取り組む怒涛(どとう)の日々でした。思えば、女優として地方へ飛んでいることの多い女房が、あのときたまたま家にいて私の異変に気づいてくれたのはほんとうに運がよかったと思っています。女房にはいまでも感謝しています。

〝老い〟を自覚しましたがまだまだ役者としてがんばっていきます

語尾を強く、はっきりと話す発声法は、劇団民藝時代に教えを受けた宇野重吉さんからのアドバイスだったと話す綿引さん

一命を取り留めたものの、病気の影響は肉体面だけでなく精神面にも及びました。どうにか役者として再起しましたが、気力の衰えが顕著で以前のようには気合いが入らないんです。そこで初めて、自分の〝老い〟を自覚しました。暴飲暴食に明け暮れた若い頃のツケが回ってきたといってもいいでしょう。

それ以降は、とにかく生活習慣や食生活の改善に努め、どうにかこうして74歳になったいまも、元気に仕事を続けることができています。

昨年は映画だけで、5本の出演依頼をいただきました。中でもまもなく公開される『ケアニン~こころに咲く花~』は、私にとって非常に重要な意味を持つ作品になったと感じています。

この映画は特別養護老人ホームを舞台に、仕事一筋で生きてきた男が、長年連れ添った妻の認知症に戸惑いながらも介護していく物語。超高齢社会といわれる昨今、映画がこうした社会問題を題材にするのは、非常に有意義なことだと思います。介護という仕事の現場、そして介護職員という職業のすばらしさが存分に伝わる物語なので、世の中に必ずいい影響を与えてくれるでしょう。ぜひ老若男女(ろうにゃくなんにょ)を問わず、幅広い人たちに見てほしいですね。

この年になってもすばらしい作品に出合えるのだから、やっぱり役者の仕事はやめられません。これからも1作1作を大切にまだまだがんばりたいと思います。

体調がすぐれなかったり気力が湧かなかったりする日だってありますが、不調を感じたら一も二もなくすぐに病院を頼ればいいんですよ。日本にはすばらしい病院がたくさんあります。すてきなお医者さんもおおぜいいらっしゃるので、1人で悩む必要なんてありません。

そして、できるだけ語尾に力をこめて話すこと。「元気です!」の〝す〟に力をこめて声に出してみてください。たったそれだけのことでも、毎日を前向きに生きていけるはずですよ。