香川大学医学部総合診療医学教授 舛形 尚
脳の疾患は血栓などが詰まる脳梗塞が6割で死亡率が高く寝たきりを招く原因の第1位
脳血管疾患は突然死を招く恐ろしい病気で、かつては日本人の死因の第1位を占めていました。近年、医療の進歩や食生活の改善によって死亡率は減ったものの、厚生労働省の報告によると2018年の日本人の死因の第4位を占めており、1年で10万人以上が亡くなっています。
脳血管疾患が恐ろしいのは、死亡率が高いことはもちろん、寝たきりの原因となる疾患でもある点です。寝たきりの原因の第1位は脳血管疾患であり、一度発症すると運動障害をはじめとした重度な後遺症が残ることが少なくありません。
脳血管疾患は、冬に多く発症すると一般的に考えられています。確かに、寒暖差が激しい冬は血圧が変動して脳の血管に負担がかかりやすく、脳血管疾患の患者さんが多くなるという考えは正しいといえます。しかし、脳血管疾患の専門家の中でも、夏と冬のどちらのほうが患者数が多いのかは議論が分かれています。夏に脳血管疾患の1つである脳梗塞が増加する原因の1つに脱水があります。なぜ脱水が脳梗塞と関係するのかを説明する前に、まずは脳血管疾患について解説しましょう。
神経細胞の塊である脳は、全身の体のコントロールをしている神経系の中枢です。全身の臓器の司令塔ともいえる脳は、ほかの臓器に比べて大量のエネルギーや酸素を必要としています。ところが、脳はエネルギーの原料となるグルコース(ブドウ糖)や酸素を蓄積することができません。そのため、常に大量の血液からグルコースや酸素の供給を受けなければならず、脳に送られる血液の量は1分間に800㍉㍑前後にもなります。
大量のグルコースと酸素の供給を受けるために、脳には内頸動脈と椎骨動脈という2種類の大きな動脈があります。動脈から流れ込んだ血液は、網の目のように脳内に広がって神経細胞にグルコースや酸素を送り届けています。脳が受け取る血液の量は、心臓が送り出す血液の約20%にも上ります。
脳の血管に異常が起こると、神経細胞にグルコースや酸素が行き届かなくなってしまいます。すると、神経細胞の機能が低下し、さまざまな障害が起こってしまうのです。脳血管疾患は、血管が詰まる「虚血性」と血管が破れる「出血性」に大きく分けられます。虚血性の代表が脳梗塞、出血性の代表が脳出血とクモ膜下出血です。
脳血管疾患の6割を占めるのが脳梗塞です。脳梗塞は、脳の血管が狭くなったり詰まったりして血液の流れが滞り、組織が壊死してしまう疾患です。脳梗塞が起こった部位の神経細胞は、血流が完全にとだえてから3~4分で壊死してしまうといわれています。脳梗塞は太い血管に動脈硬化(血管の老化)が起こって発症する「アテローム血栓性脳梗塞」、細い血管に動脈硬化が起こって発症する「ラクナ梗塞」、心臓に原因があって起こる「心原性脳塞栓症」に分けられます。
アテローム血栓性脳梗塞は、その名のとおり、アテロームが原因で起こる脳梗塞です。アテロームとは、動脈硬化が進行して傷ついた血管壁の中にコレステロールなどが蓄積して血管の内側に隆起したもののことです。「粥腫」や「プラーク」とも呼ばれるアテロームが大きくなると、血管の内壁が破れてしまいます。破れた血管の内壁を修復しようとして血液の成分の1つである血小板が集まり、血栓という血液の塊を作ります。
アテロームなどによって狭くなった部分に血栓ができると血液が流れにくくなり、最終的に血管を詰まらせてしまいます(血栓性)。また、脳以外でできた血栓の流れていった先がアテロームなどで狭くなっていた場合、脳の血管に血栓が詰まってしまうことで脳梗塞が起こることがあります(塞栓性)。
ラクナ梗塞は、脳の細い血管に起こる脳梗塞です。高血圧などによって脳の細い血管で動脈硬化が起こり、細い血管が狭くなることで生じます。病巣が小さいため、梗塞を起こした箇所が少ない場合は比較的軽症で済みます。ところが、1つひとつの症状が軽いために明確な発作がないまま症状が進行し、ラクナ梗塞が脳内に何ヵ所も発生して突然悪化する場合もあります。
脳ではなく、心臓に問題があって起こる脳梗塞が心原性脳塞栓症です。不整脈が起こると、心臓で血栓が生じやすくなります。心臓でできた血栓が剥がれて脳に運ばれることで脳の動脈が詰まって発症します。病巣が一気に広がって悪化しやすいのが特徴です。
脳出血は、脳内の細い血管が破れることによって起こります。最大の原因が、高血圧による動脈硬化です。高血圧を放置すると、血管の内壁がもろくなったり、小さな動脈瘤が作られたりします。脳出血が進行すると、脳の一部がほかの器官を圧迫してしまう「脳ヘルニア」を引き起こし、命を脅かす危険が高まってしまうのです。
クモ膜下出血は、ほかの脳血管疾患に比べて若い人にも起こりやすい疾患です。脳を覆っている「クモ膜」という薄い膜と脳の間(クモ膜下腔)で出血が起こることによって生じます。クモ膜下腔には太い動脈が多く、出血すると瞬く間に血液がクモ膜下腔に広がります。クモ膜下出血は死亡率が高く、早急な救急車の手配が必要です。先天的に動脈壁が弱いことによって動脈瘤が起こりやすいことが原因と考えられています。
後遺症も恐ろしい脳梗塞は予防が大切で動脈硬化と夏の脱水に要注意
脳血管疾患は発症直後から6~8時間以内に治療できるかどうかが非常に重要で、生死を左右するといっても過言ではありません。急に「激しい頭痛がする」「体の半分がしびれる」「まっすぐ歩けない」などの違和感を覚えたら、すぐに次に紹介する「FAST」チェックを行ってください。
● チェック1…「F」FACE
「イー」といいながら、口を横に開きます。左右対称に口を開くことができれば正常です。左右どちらかに唇が引っ張られて顔がゆがむ場合は、脳血管疾患によって顔面神経マヒが生じている可能性があります。
● チェック2…「A」ARM
両腕を上げた状態で維持してみてください。どちらかの腕が上がらない、もしくはしだいに下がってきてしまう場合も運動マヒが起こっている可能性があります。
● チェック3…「S」SPEECH
短い文章を話してみましょう。文章は、今日の天気や簡単な自己紹介など、何でもかまいません。ろれつが回らなかったり間違った言葉が出てきたりした場合は注意が必要です。
以上の3つのチェックに一つでも該当すれば、脳血管疾患の可能性が70%以上あるといわれています。「FAST」の最後の文字である「T」は、時間(TIME)の頭文字です。何時何分に発症し、どれくらい時間が経過しているかを確認してください。救急車を呼んで症状とともに伝えましょう。
脳血管疾患の治療を早期に受けられた場合でも、後遺症が残ることが少なくありません。損傷を受けた脳の部位によって残る後遺症には違いがあり、患者さんの数だけ後遺症も異なるといえます。多く見られる「運動障害」のほか、しびれなどが残る「感覚障害」、口が思うように動かないために起こる「言語障害」、ものをうまく飲み込めなくなって肺に異物が入りやすくなってしまう「嚥下障害」、排泄に支障が生じる「排尿障害」、脳機能そのものが障害されることによって起こる「認知障害」などが挙げられます。
脳血管疾患の後遺症を軽減し、生活の質をこれ以上低下させないようにするには、リハビリテーション(以下、リハビリと略す)に取り組むことが大切です。失われた機能の大幅な回復が見込めるのは、マヒになってから3ヵ月以内の期間です。熱意を持ってリハビリに取り組むことで、失われた機能の一部を取り戻すことも十分に期待できます。
リハビリは効果的ですが、完全に元の状態に戻るのは困難といわざるをえません。病気になってから治すのではなく、予防に努めるほうが効果的です。また、ここで重要な点が、脳血管疾患の予防法は再発防止法と重なるということです。予防法の中で特に意識するべきなのが動脈硬化の改善です。
脳血管疾患の主な原因となっている動脈硬化は、生活習慣の見直しによって改善することができます。肥満・不整脈・高血圧・脂質異常・糖尿病などを患っている場合、治療を受けて生活習慣を見直すことで脳血管疾患の予防につながります。
夏の季節は、脱水による血流の悪化にも注意が必要です。脳梗塞が夏に起こりやすいのは、暑さや湿気で汗をかき、水分不足になりやすいことが原因です。汗をかいて体内の水分が大量に外に出ていくと、血液が濃くドロドロの状態になってしまい、流れにくくなることで血管が詰まりやすくなるのです。
脱水が引き金になる脳梗塞は、高齢者や生活習慣病の人だけでなく、条件しだいでは健康な人でも発症します。特に、新型コロナウイルスの流行に伴い、マスクをつけることが日常的になった現在は口の渇きに気づきにくいため注意が必要です。今年は例年よりも猛暑になると予想されています。こまめな水分補給を心がけ、暑い夏を乗り切りましょう。