鳥取大学医学部保健学科教授・鳥取大学医学部附属病院リハビリテーション部部長 萩野 浩
骨折・転倒は寝たきり原因の第4位で深刻なQOLの低下に加え死亡リスクも高まる
高齢者の骨折は若者の骨折と異なり、命の危険につながることが少なくありません。寝たきりを招いてQOL(生活の質)を著しく損なうだけでなく、骨折後の活動の低下によってさらなる筋力や心肺機能の低下を招く悪循環に陥るため、死亡リスクが上昇してしまうのです。
特に、脚のつけ根の大腿骨近位部や背骨の椎体の骨折には注意が必要です。大腿骨近位部を骨折すると、9割以上の患者さんが手術を受けなければならなくなり、歩行能力が大きく低下します。さらに、約3割の方は寝たきりになり、死亡リスクが健康な人の6~8倍になることが分かっています。また、椎体を骨折すると、ほかの部位でも連鎖的な骨折が起こりやすくなるため、命に関わる状況を招いてしまいます。
2016年に厚生労働省が行った「国民生活基礎調査」では、寝たきりなどで介護が必要になった原因の第四位として「骨折・転倒」を挙げています。このように、生命を脅かす高齢者の骨折は、がんや脳卒中と同等のリスクがあることから〝骨卒中〟とでも呼ぶべき重篤な状態といえるのです。
骨卒中を引き起こす主要な原因に骨粗鬆症が挙げられます。骨粗鬆症は、骨密度が低下して骨折しやすくなる骨の病気です。骨がもろくなっているため、軽い転倒による骨折だけでなく、セキやくしゃみをしただけでも骨折の危険が高まります。
日本国内における骨粗鬆症の患者数は高齢化に伴って増加傾向にあります。女性に多く見られ、患者全体に占める女性の割合は8割以上にも上ります。
骨粗鬆症による骨折が生じやすい大腿骨近位部を骨折する人の数は、年々増えつづけています。1992年には7万6600人ほどだったのに対して、20年後の2012年には17万5000人以上にも及び、3人に1人は治療を受けても元どおりに歩行ができるまでの回復が難しいといわれています。
多くの場合、大腿骨近位部の骨折の治療には手術が必要となりますが、高齢になると体力や持病などの問題から手術自体が難しい例もあります。たとえ手術が成功したとしても、術後の日常生活を送るうえで車イスが欠かせなくなることも少なくありません。また、大腿骨近位部を骨折すると、股関節の大腿骨頭(太ももの骨の先端)に血流が行き届きにくくなって骨が壊死し、股関節の関節軟骨が破壊されて痛みや炎症が生じる変形性股関節症を引き起こすこともあるのです。
大腿骨近位部の骨折の原因は、9割以上が屋内での転倒によるものです。めくれ上がったじゅうたんのへりや家電器具のコードなどにつまずいて転ぶ場合が多いため、ふだんから家の中を点検しておくことが大切です。
50歳以上の閉経後の女性が多く経験する骨折を予防するには骨密度の維持が不可欠
骨粗鬆症の主な要因には、加齢や生活習慣、閉経後のホルモンバランスの変化、過度なダイエット、薬の影響などが挙げられます。1つだけでなく、複数の要因が重なって発症することもあります。
特に女性の場合、加齢に加えて女性ホルモンの分泌が減少しはじめる閉経後は注意が必要です。平均的な骨密度と運動能力を有する女性のうち、50歳で閉経を迎えてから生涯にわたって、大腿骨近位部の骨折を起こす割合が約2割、椎体の骨折を起こす割合が約3割に上ることが明らかになっています。
骨は、体のほかの組織と同様に新陳代謝を繰り返しています。骨が古くなったり、血液中のカルシウム濃度が低くなったりすると、破骨細胞が骨を壊す「骨吸収」が行われます。一方で、骨吸収された部分には、骨芽細胞が新しい骨を作る「骨形成」が行われます。このように、破骨細胞と骨芽細胞が常に活動しながら、毎日少しずつ骨を作り変えているのです。
ところが、加齢や閉経に伴って女性ホルモンの一種であるエストロゲンの分泌量が減少すると、骨の新陳代謝に異常が生じます。骨の新陳代謝の際、エストロゲンは骨吸収を緩やかにし、骨からカルシウムが溶け出すのを抑制します。したがって、エストロゲンが減ってしまうと、骨吸収のスピードが速くなり、骨形成が追いつけずに骨がもろくなって、骨粗鬆症を引き起こしてしまうのです。
骨を育て、維持していくために重要なのが、食事からとる栄養素と定期的な運動です。カルシウムは骨形成に不可欠な栄養素です。さらに、カルシウムやリンの吸収を高めて骨の形成を促すビタミンDや、骨の質を高めるビタミンB6も、健康な骨を維持するために欠かせません。骨を強くするには、毎日の食事から骨の形成に関係する栄養素を摂取するとともに、カルシウムを骨に蓄えるために必要とされる運動を定期的に行うことがとても大切なのです。
骨卒中の予防は、健やかな人生を送るためのカギです。日頃から骨量を減らさない習慣を意識することで、年を重ねても自分の足で歩き、笑顔で過ごせる自立した人生を目指しましょう。