木村泌尿器皮膚科院長 木村 明
1日8回以上の排尿は頻尿と診断されるが大切なのは患者さんが困っているかどうか
「最近、トイレに行く回数が増えた」「尿の勢いが弱い」「トイレに行った後に尿がもれる」「急にトイレに行きたくなる」といった症状に心当たりがある方は多いのではないでしょうか。これまで多くの患者さんを診察してきた経験上、先に挙げたような排尿トラブルの症状があっても治療を受けずに放置していることが少なくありません。
排尿トラブルを抱える人にとって、特に問題なのが移動時に生じる尿意です。自宅ではすぐにトイレに駆け込めますが、バスや電車内では用を足すことができません。私のクリニックを受診される患者さんの中には、定年退職後に時間の余裕ができて観光ツアーなどの旅行を楽しむようになったものの、バスや電車の移動中に尿意をもよおすのではないかと心配する方が多くいらっしゃいます。
私が所属している日本泌尿器科学会では、「朝起きてから就寝するまでの排尿回数が8回以上の場合を頻尿」と定義づけています。膀胱にためられる尿の容量は、一般的に300~500㍉㍑で、200㍉㍑を超えると尿意をもよおしやすくなります。個人差はありますが、1日の排尿量は平均1500㍉㍑前後。1回の尿量が200㍉㍑とすると、8回排尿すれば1日の平均尿量を超えることから、頻尿の基準を8回以上と定めています。
ただし、これは絶対的な基準ではありません。頻尿を判断するうえで重要なのは、患者さん本人が排尿について困っているかどうかなのです。日中に4回ほどの排尿回数だった人が6回、7回と増え、さらに夜にも2回、3回と尿意をもよおすようになれば違和感を覚えるはずです。もし困っていれば、悩みを解決するために適切な治療を受けるべきです。
頻尿の原因はさまざまですが、第一に挙げられるのが加齢による身体機能の低下です。人間は加齢に伴って、血液を全身に届ける心臓などの循環器機能が徐々に低下します。下半身の筋力も落ちるため、血液を運ぶ筋肉のポンプ作用が働きづらくなり、体内の水分が重力によって下半身にたまりやすくなってしまいます。
下半身にたまった水分は、就寝時に体を横にすると上半身に移動して血管や心臓に戻ります。すると、夜間の尿量を制御している利尿ホルモンの分泌が誘発されて尿意をもよおすようになります。その結果、夜間の尿量が増えてトイレの回数が多くなってしまうのです。
頻尿に悩む高齢者の中には、若い頃の夜間の尿量が全体の3分の1だったにもかかわらず、2分の1、3分の2と増えていく方がいます。高齢化が進む中、頻尿と向き合わなければならない人は、これからさらに増えるかもしれません。
頻尿の原因は、加齢だけではありません。頻尿を招く代表的な病気として、膀胱がんや女性の多くに発症する細菌性の膀胱炎、過活動膀胱、男性特有の前立腺肥大などが挙げられます。
一般的な膀胱炎は、細菌やウイルスが感染することで起こります。特に多いのは、細菌性の急性膀胱炎です。「女性であれば一生に一度は経験する」といわれるほどかかりやすい病気で、肛門の周辺に存在する大腸菌などの細菌が尿道を経由して膀胱に入ることで起こります。
細菌性の急性膀胱炎は、男性に比べて肛門と尿道の距離が短い女性がかかりやすい病気です。女性のほとんどが経験するといわれていますが、抗菌薬を飲むことで治ります。多くの患者さんは、治療を受けることで痛みや頻尿、残尿感などの症状が3日ほどで解消もしくは軽快します。
男性の頻尿の原因として最も多いのが、前立腺肥大です。前立腺とは、男性の膀胱の下にあるクリの実ほどの大きさの器官で、中を尿道が通っています。前立腺の機能についてはすべてが解明されているわけではないものの、精液を構成する成分を分泌することが主な働きと考えられています。
頻尿を招く前立腺肥大の病期は3つに分けられ末期では尿道に管を通すカテーテルが必須
前立腺肥大とはその名のとおり、前立腺が大きくなることで起こる排尿障害のことです。前立腺肥大の病期は大きく「膀胱刺激期」「残尿発生期」「慢性尿閉期」の3つに分けることができます。
● 膀胱刺激期(第一期)
前立腺が肥大することによって尿道が圧迫されはじめます。膀胱を通常よりも収縮させて排尿するため、残尿はほとんどありません。しかし、尿道や膀胱への刺激や圧迫が起こり、日中の頻尿や夜間頻尿を招く場合が少なくありません。
● 残尿発生期(第二期)
前立腺が徐々に肥大し、膀胱が疲弊しはじめます。そのため、膀胱の収縮力が低下して十分に排尿することができなくなり、残尿が起こるようになります。頻尿が悪化して何度もトイレに行くものの、「出しきれない」と残尿感を覚える場合が多くなります。残尿が増加することによって、膀胱炎などの尿路感染症が起こりやすくなるので注意が必要です。
● 慢性尿閉期(第三期)
前立腺がさらに肥大した結果、膀胱の出口が塞がってしまって尿が出せなくなる尿閉の状態になります。尿閉によって残尿量が急激に増加するため、早急に救急車を呼んで尿道にカテーテルを入れる導尿が必要になります。尿閉の状態が続くと腎臓から尿が流れにくくなり、腎機能が低下するおそれもあります。
前立腺肥大症状スコアは「蓄尿障害」「排尿障害」「排尿後障害」の3つに分類され重症度を判別
前立腺肥大による排尿障害の評価は「国際前立腺症状スコア(IPSS)」で判断することができ、質問項目は7つあります(表参照)。質問項目を大別すると「蓄尿障害」「排尿障害」「排尿後障害」の3つに分けることができます。
● 蓄尿障害
蓄尿障害は、尿を膀胱にためることが困難になっている状態を指します。前立腺が肥大すると膀胱や尿道が刺激され、膀胱に尿があまりたまっていないにもかかわらず尿意をもよおすようになります。その結果、1回の排尿量が少なくても何回もトイレに行くようになります。質問項目は①~③で、「昼間頻尿」「尿意切迫感」「夜間頻尿」が該当します。
該当項目中の尿意切迫感は、急に尿がしたくなって我慢できなくなることを指します。前立腺肥大だけでなく、過活動膀胱の症状としても知られています。
● 排尿障害
左右の前立腺が肥大すると、真ん中を通っている尿道が狭くなって尿の出が悪くなります。また、前立腺肥大が悪化すると、「尿道を閉めなさい」という自律神経の命令を受けるα1という受容体の数が増え、必要以上に命令を伝えてしまうことで尿道は締め付けられて狭くなり、排尿が困難になってしまいます。質問項目は④~⑥で、「尿線途絶」「尿勢低下」「腹圧排尿」という症状が該当します。
尿線途絶は、尿道の先から排尿する際の尿流(尿線)が排尿中に意図せずとぎれること。尿勢低下は、尿の勢いが弱いことを指します。腹圧排尿は、排尿の開始や尿線の維持のために腹圧が必要になることをいいます。これらはすべて、前立腺が肥大することによって尿道が締め付けられて尿の通過が妨げられている場合や膀胱がうまく収縮できていない場合に起こります。
● 排尿後障害
排尿後障害は残尿感のことで、膀胱に尿がないにもかかわらず、尿が残っているように感じることを指します。前立腺肥大の場合、膀胱から尿道の出口まで尿が出にくくなっていることが少なくありません。また、排尿時に膀胱がうまく収縮できない場合にも、完全に膀胱の尿を出しきることができずに残尿が発生します。質問項目は⑦です。
前立腺肥大が起こる正確な理由は明らかになっていません。しかし、前立腺は加齢に伴って自然に大きくなりやすいことが分かっています。加齢に、遺伝や肥満、高血圧症、高血糖、男性ホルモンの分泌量の減少などの要因が重なることで起こると考えられています。
前立腺肥大の患者さんには高齢者の方が多く、50代を超えると発症しやすくなるといわれています。厚生労働省が2011年に行った患者調査では、患者数が41万8000人と推計されています。
頻尿の原因となる疾患として、過活動膀胱も患者数が増えています。頻尿のほか、尿もれや尿意切迫感が主症状です。過活動膀胱は、主に脳や脊髄などに問題が生じて起こる神経性と、骨盤底筋の筋力減少などによって起こる非神経性に分けられます。過活動膀胱は原因によって治療法が異なるため、専門医に相談するようにしましょう。
水分の過剰摂取は頻尿を招く原因で異常なのどの渇きは糖尿病のおそれあり
頻尿が起こる原因は泌尿器の病気によって引き起こされるものも少なくはありませんが、多くは加齢による老化現象の1つです。過度に不安になる必要はないものの、検査を受けて原因を特定するようにしましょう。泌尿器に起こる病気のほかにも、頻尿の原因として水分の過剰摂取や糖尿病、利尿剤の服用によっても起こる場合もあるため注意が必要です。
かつて、テレビ番組が発信していた健康情報の中に「水をたくさん飲むと血液がサラサラになる」「脳梗塞を予防できる」というものがありました。現在、水を多く飲むことによる循環器疾患の予防効果は、医学的に否定されています。確かに水分不足は私たちの体に健康被害をもたらしますが、頻尿が気になるという人は水分摂取量を見直しましょう。
糖尿病の患者さんも頻尿が起こりやすくなります。高血糖のためにのどが渇きやすくなり、水分を多くとりすぎてしまうからです。また、糖尿病が進行すると排尿をコントロールする末梢神経に障害が起こるため、排尿筋の活動が低下して頻尿になることもあります。
日常的に服用している薬にも目を向けてみましょう。高血圧症の治療薬として服用する利尿剤は尿量を増やす薬のため、頻尿が起こりやすくなります。しかし、頻尿が起こったとしても、薬の種類によっては高血圧症を改善するために優先して服用すべきものもあるので、主治医に相談するようにしてください。
老化現象は加齢による避けがたいものですが、頻尿の原因を老化現象と決めつけて放置していると、生活の質を大きく損ねたり、背景にある重大な疾患を見逃してしまったりします。頻尿の原因はさまざまで治療法もそれぞれ異なるため、尿の回数が増えたと思ったときは医療機関を受診するようにしましょう。