順天堂大学大学院医学研究科泌尿器外科学教授 堀江 重郎
蓄尿・排尿を担う膀胱は動脈硬化で機能が低下し頻尿や過活動膀胱を招く
蓄尿・排尿機能を担う膀胱の機能は、動脈硬化（血管の老化）の進行とともに低下していきます。動脈硬化によって膀胱の筋肉に十分な血液が届かなくなると、膀胱のしなかやさが失われます。その結果、膀胱は伸び縮みすることができない紙風船のようになってしまいます。伸縮性が低下した膀胱は尿をためる容量が少なくなるため、トイレが近くなってしまうのです。
また、膀胱の筋肉が衰えて伸縮性が低下すると、排尿時に膀胱が十分に収縮しなくなります。その結果、膀胱の尿を押し出す力が弱くなって尿を出しきるまでに時間がかかったり、尿が出きらずに残尿感を覚えたりするようになるのです。
一般的に正常な排尿回数は、1日5～7回です。排尿回数が1日8回以上の場合は「頻尿」とされ、就寝中の排尿回数が1回以上の場合は「夜間頻尿」と判断することができます。どちらも生活の質を低下させる不快な症状ですが、特に深刻なのは夜間頻尿です。
日本人を対象とした夜間頻尿の調査によると、40～50代の半数以上が夜中に1回はトイレに起きています。さらに、60代以降になると、約8割以上の人が夜間頻尿の症状があると報告されているのです。
夜中に1回程度の頻尿であれば、年齢相応の老化現象といっていいでしょう。夜間の排尿回数が2～3回、3回以上と徐々に増えてきたときは注意が必要です。高齢者の集団を6年間にわたって調査したスウェーデンの研究結果では、「夜間に3回以上トイレに起きる人は、2回以下の人に比べて2倍も死亡率が高い」と報告されています。夜間頻尿を放置すると、みずからの死亡リスクを高める可能性が示唆されているのです。
夜間頻尿に次いで深刻な排尿トラブルは、過活動膀胱です。過活動膀胱とは、「我慢できないような強い尿意（尿意切迫感）が、夜間の就寝時も含めて1日のうちにたびたび起こる」ことをいいます。専門的には、尿意切迫感が週に1回以上、1日の排尿回数が8回以上の場合、過活動膀胱と診断されます。
尿意切迫感の症状である突然の尿意や失禁への不安から、外出を控えてしまう人は少なくありません。過活動膀胱も夜間頻尿と同様に、人生の楽しみを損ねる深刻な悩みといえるのです。
過活動膀胱の主な原因は、膀胱の血流が低下して膀胱の神経が傷ついたり、膀胱の筋肉が硬くなったりすることです。膀胱の柔軟性が失われると、尿を十分にためられなくなったり、傷ついた神経が過敏に反応して膀胱が急に収縮したりするようになります。この現象が「尿意切迫感」の正体です。
夜間頻尿や過活動膀胱は生活の質を低下させますが、反対にトイレが遠くなる「低活動膀胱」はもっと危険な状態といえます。低活動膀胱は、膀胱の筋肉の力が低下することでたまった尿をスッキリと出すことができない状態です。長い間、過敏に働きつづけた膀胱が疲れ果てて筋力が衰えると、膀胱本来の働きが消失して低活動膀胱に陥ります。
私の経験では、80代以降の1割の人が低活動膀胱になっていると推測しています。実際に、低活動膀胱の状態になった膀胱のレントゲン写真を見ると、霜降り肉のようにサシが入っています。過度な膀胱の収縮・拡張によって筋肉がズタズタに断裂し、その隙間に脂肪が入り込んで伸びきったゴムのようになっているのです。低活動膀胱の状態では、尿がたまっても「もうすぐ膀胱の容量がいっぱいになる」というメッセージが脳に届きにくくなり、尿を押し出す膀胱の収縮力も格段に落ちてトイレが遠くなります。
過活動膀胱で困っている人は「低活動膀胱でトイレが遠くなるのはうらやましい」と考えるかもしれません。しかし、低活動膀胱は想像以上に深刻な症状です。膀胱の排尿機能が低下しても血液は腎臓に流れ込み、ろ過された後に尿が作られつづけます。低活動膀胱になると、膀胱に収まりきらなくなった尿が尿道や腎臓にたまるようになります。その結果、腎臓が拡張して血流障害が発生します。この病気は「水腎症」と呼ばれ、腎臓の機能低下を招いて慢性腎臓病を発症させる原因にもなるのです。
排尿時間の目安は「30秒以内」で時間がかかる場合は前立腺肥大の可能性大
健康な高齢者の排尿時間の目安は「30秒以内」です。排尿時間は膀胱年齢の重要な指標として考えることができます。老化によって膀胱の筋力が低下したり、膀胱のしなやかさが失われたり、男性の場合は前立腺肥大になったりすることで、排尿時間は長くなる傾向になります。
私が松本成史先生（旭川医科大学教授）と共同で行った、21～94歳の男女を対象にした調査の結果、60歳以上の排尿時間は30秒前後と分かっています。30秒たっても尿を出しきることができず、ちょろちょろと出ていたら、膀胱年齢が高齢化しているサインです。尿が出にくくなっている背景には、糖尿病や心臓病、高血圧、脂質異常症、慢性腎臓病などが潜む場合があり、泌尿器の状態は「全身の健康状態を映し出す鏡」といっても過言ではありません。心当たりがある人は、放置せずに医療機関で診断や治療を受けましょう。
