順天堂大学大学院医学研究科泌尿器外科学教授 堀江 重郎
夜間・日中の頻尿や尿を出しきるのが遅いなどの排尿トラブルは危険な病気のサイン
「最近、トイレに行く回数が増えた」「急にトイレに行きたくなる」「尿を出しきるまで時間がかかる」「尿のキレが悪い」といった症状に心当たりはありませんでしょうか。これまで多くの患者さんを診察してきた経験上、先に挙げたような排尿トラブルの症状があっても放置している方が少なくありません。
皆さん困っているのになぜ受診しなかったかと質問すると、「恥ずかしかったから」「年だからしかたがないと思った」「何科を受診すればいいか分からなかった」などと答えます。しかし、排尿トラブルを軽く考えてはいけません。排尿トラブルには命を脅かしかねない病気が潜んでいることも少なくないからです。
排尿トラブルの怖さを知るためには、排尿のしくみを理解することが大切です。厚いゴム風船のような筋肉の袋と、その袋についた水道の蛇口をイメージしてみてください。ゴム風船のような袋は膀胱で、水道の蛇口は尿道です。ゴム風船のような袋である膀胱の容量は300~400㍉㍑で、尿が150~200㍉㍑たまるまで弛緩し、水道の蛇口である尿道はキュッと収縮して締まっています。通常、膀胱に200㍉㍑ほどの尿がたまると尿意をもよおすのですが、トイレに行かなくても我慢して尿をためることができるのは、尿意を感じる尿量と膀胱の容量の間に100㍉㍑ほどの余裕があるからです。
膀胱や尿道の収縮・弛緩の調節は、自律神経によって行われています。自律神経は、意思とは無関係に生命維持に必要な機能を自動的に調節する神経です。自律神経には、心身を活動させる交感神経と、心身を休息させる副交感神経の2種類があり、1日のうちでシーソーのようにバランスを取り合っています。
交感神経は膀胱に尿をためる働きをしています。交感神経が優位な間は膀胱本体の筋肉(膀胱平滑筋)が弛緩し、膀胱の出口の筋肉(内尿道括約筋)は収縮しています。そのため、尿道から尿がもれることなく、膀胱に尿をためることができるのです。
膀胱に尿が徐々にたまってくると、膀胱の知覚神経から脳に排尿を促すメッセージが送られます。すると、脳から膀胱に排尿を促す指令が下り、膀胱に作用する自律神経が交感神経優位から副交感神経優位の状態に切り替わります。尿がたまるときと反対で、膀胱本体の筋肉は収縮し、膀胱の出口の筋肉は弛緩して膀胱から尿道へと尿が押し出されます。
膀胱の機能は、動脈硬化(血管の老化)とともに低下していきます。動脈硬化によって膀胱に流れる血液が減ると、膀胱の筋肉に十分な血液が届かなくなってしなかやさが失われます。その結果、膀胱は柔軟性を失って伸び縮みすることができない紙風船のようになってしまいます。膀胱の伸縮性が低下すると膀胱の容量も減少し、尿をためることが困難になってトイレが近くなるのです。
また、膀胱の筋肉が衰えて伸縮性が低下すると、排尿したいときに膀胱が十分に収縮しなくなります。その結果、尿を押し出す膀胱の力が弱くなって尿を出しきるまでに時間がかかったり、尿が出切らずに残尿感を覚えたりするようになるのです。
糖尿病や高血圧は動脈硬化を招き生活の質を低下させる夜間頻尿の大きな原因
一般的に正常な排尿回数は1日5~7回です。排尿回数が1日8回以上の場合は「頻尿」で、就寝中の排尿回数が1回以上の場合は「夜間頻尿」と判断することができます。どちらも生活の質を低下させる不快な症状ですが、特に深刻なのは夜間頻尿です。
日本人を対象とした夜間頻尿の調査によると、40~50歳になると半数以上の方が夜中に1回はトイレに起きていると判明しています。さらに、60代以降になると、約8割以上の方が夜間頻尿の症状があると報告されているのです。
夜間頻尿の原因は多岐にわたりますが、主要なものは次のとおりです。
● 尿が多い(多尿)
尿の量が多くなると、日中にどれだけトイレに行っても間に合いません。その結果、夜間にもトイレに行くようになります。多尿は、水分の過剰摂取だけでなく、糖尿病によって引き起こされる場合もあります。
糖尿病になると、血糖値が高くなって血液の濃度が濃くなり、浸透圧(濃度の異なった液体が同じ濃度になろうとする力)も上昇します。濃くなった血液の濃度を下げようと細胞に含まれる水分が血管内に移動し、血液の量が増加して通常よりも尿量が多くなってしまうのです。
細胞の水分が尿に奪われると、のどの渇きを強く感じるようになります。その結果、水分をたくさんとるようになり(多飲)、トイレの回数が増えるという悪循環に陥るのです。重度の糖尿病では、夜間頻尿や夜間多尿だけでなく、夜中にのどが渇いて目が覚めることもあります。
● 尿が濃くならない
起きているときよりも、寝ているときのほうが排尿回数は少ないのが一般的です。それは、眠っている間に「バソプレシン」というホルモンが分泌されているからです。バソプレシンとは、脳の視床下部という部位で合成されて脳下垂体後葉から分泌される抗利尿ホルモンです。
バソプレシンには腎臓で水分の再吸収量を増やすことで尿を濃くする働きがあります。バソプレシンの作用によって眠っている夜間は起きている日中ほど尿が作られず、排尿回数が少なくてすむのです。しかし、加齢とともにホルモンバランスはくずれ、パソプレシンが分泌されなくなります。その結果、尿を濃くすることが難しくなって尿量が多くなり、夜間の排尿回数が増えるのです。
● 膀胱の柔軟性が下がる
膀胱や膀胱の出口付近にある筋肉の柔軟性に関わっている成分に一酸化窒素があります。一酸化窒素は血管の内側に存在している血管内皮細胞から産生・放出され、血管の中膜にある平滑筋を弛緩させて血管を広げる働きがあります。一酸化窒素は動脈硬化が進行すると産生・放出される量が減少するため、高血圧や糖尿病、脂質異常症などの生活習慣病の方は不足している傾向にあります。
一酸化窒素が少なくなると膀胱の柔軟性が損なわれて硬くなり、尿をためられる量が減ってしまいます。その結果、起きている日中のみならず、眠っている夜中にもたびたび尿意をもおすことになるのです。
尿意切迫感を伴う過活動膀胱が悪化すると低活動膀胱になり慢性腎臓病を招く
夜間頻尿に次いで深刻な排尿トラブルは、過活動膀胱です。過活動膀胱とは、「我慢できないような強い尿意(尿意切迫感)が、夜間の就寝時も含めて1日のうちにたびたび起こる」ことをいいます。病院では、尿意切迫感が週に1回以上、1日の排尿回数が8回以上の場合、過活動膀胱と診断されます。日本排尿機能学会の調査で、40歳以上の過活動膀胱の患者数は810万人と報告されています。
尿意切迫感の症状によって、急な尿意に襲われたり失禁したりする不安が頭から離れなくなり、外出を控える方は少なくありません。過活動膀胱も夜間頻尿と同様に、人生の楽しみを損ねる深刻な悩みといえます。
過活動膀胱の主な原因は、膀胱の血流が低下して膀胱の神経が傷ついたり、膀胱の筋肉が硬くなったりすることです。膀胱の柔軟性が失われると、尿を十分にためられなくなったり、傷んだ神経が過敏に反応して膀胱が急に収縮したりするようになります。この現象が「我慢できないような強い尿意」の正体です。
夜間頻尿や過活動膀胱などでトイレが近いことも大変ですが、反対にトイレが遠くなる「低活動膀胱」はもっと危険な状態といえます。低活動膀胱は、膀胱の筋肉の力が低下してしまったため、たまった尿をスッキリ出すことができない状態です。長い間、過活動膀胱で過敏に働きつづけた膀胱がしだいに疲れて果ててしまい、筋肉が衰えて膀胱本来の働きを消失し、低活動膀胱に陥ります。
私の経験上、80代以降の1割の方が低活動膀胱になっていると推測しています。実際に、低活動膀胱の状態になった膀胱のレントゲン写真を見ると、霜降り肉のようにサシが入っています。過度な膀胱の収縮・拡張によって筋肉がズタズタに断裂し、その隙間に脂肪が入り込んでいる状態で、伸びきったゴムのようになっているのです。
低活動膀胱の状態では、尿がたまっても「もうすぐ膀胱の容量がいっぱいになりそう」というメッセージが脳に届きにくくなります。尿を押し出す膀胱の収縮力も格段に落ち、トイレが遠くなるのです。
過活動膀胱で困っている方は「低活動膀胱でトイレが遠くなるからうらやましい」と考えるかもしれません。しかし、低活動膀胱は想像以上に深刻です。たとえ膀胱の排尿機能が低下しても、絶えず血液は腎臓に流れ込んでろ過され、尿が作られつづけます。すると、膀胱に収まりきらなくなった尿が尿道や腎臓にたまってしまいます。こうして腎臓が拡張して血流障害が発生してしまう病気のことを「水腎」といい、腎臓の機能低下を招いて慢性腎臓病になってしまいます。
健康な人の排尿時間の目安は「30秒以内」でちょろちょろと遅くなると病気の可能性大
健康な高齢者の方の排尿時間の目安は「30秒間以内」です。排尿時間は膀胱年齢の重要な指標として考えることができます。年齢を重ねることで膀胱の筋力が低下したり、膀胱のしなやかさが失われたり、男性の場合は前立腺肥大になったりすることで、排尿時間は長くなる傾向になります。
私と松本成史先生(旭川医科大学教授)の共同で行った、21~94歳の男女を対象にした調査の結果、70歳以上の排尿時間は30秒前後と分かっています。約30秒で尿が出きらず、ちょろちょろと出るようになったら膀胱年齢が高齢化しているサインです。尿が出にくくなっている背景には、糖尿病や高血圧、脂質異常症、慢性腎臓病などの大病が潜んでいるかもしれません。尿は「全身の健康状態を映し出す鏡」といっても過言ではありません。心当たりのある方は、放置せずに医療機関で治療を受ける必要があります。
高齢者の集団を6年間にわたって調査したスウェーデンの研究結果では、「夜間に3回以上トイレに起きる人は、2回以下の人に比べて死亡率が2倍も高い」と報告されています。夜間頻尿を放置すると、みずからの死亡リスクを高める可能性が示唆されているのです。
夜中に1回程度の頻尿であれば、年相応の老化現象といっていいでしょう。夜間の排尿回数が2回、3回、4回以上と徐々に増えてきたときには注意が必要です。決して放置せず、泌尿器科の専門医に相談するようにしてください。