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その6:老化について

大野秀隆先生の「長寿の哲学」

理学博士 大野 秀隆

[おおの・ひでたか]——1930年、東京都生まれ。1953年、東京薬科大学卒業。東京大学医学部薬学科薬品分析化学教室で研究を重ねる。薬剤師。理学博士。画期的な発想から開発した悪臭対策エキス(OS液)が国内外のメディアで「消臭革命」として報道される。以後も研究を重ね、あらゆる世代を対象とした悪臭問題の解決に取り組んでいる。

老化は生きているものすべてに起こる現象です。多くの人は老化を忌まわしいものとして感じ、できるだけ触れないようにしています。昔はそれでよかったのです。なぜなら、昔は老化がはっきり現れる時期まで生き延びる人が少なかったからです。

お釈迦様は2500年前に老化を重大な問題として取り上げ、生・病・死とともに、素直に受け入れることをすすめています。高齢者の人口が著しく増えた現代では、多くの人が老化現象を自覚・他覚するような年齢まで生きるようになりました。老化は生物の構造や機能にもともと組み込まれた必然的なものですが、同時に、環境や生き方による影響を受けます。つまり、老化は生物の内と外にあるのです。そのため、人の努力によって変えることのできる外の因子を取り除けば、老化の進行を遅くすることができます。

生きるということは、体を作り、エネルギーを得るための空気や栄養を外から取り入れることです。空気中の酸素や太陽光の紫外線は生きるために必要なものですが、同時に老化の進行にも関係しています。それらは生体の分子を傷つけることもあるからです。幸いにも生物は、その最大の特徴として傷つけられた分子を処理し、新しく作り直す力を持っています。この力が十分に働いているうちは、若々しさを保つことができます。そう考えると、老化とは「生物の修復力と反応力が衰える現象」といえるでしょう。

体を構成する細胞は、あるものは分裂によって細胞を作り、あるものは年をとって死滅していきます。多数の細胞が年老いて死滅しても、新しい細胞と入れ替わるため、ただちに全体の老化は招きません。役所で年を取った職員が次々に定年退職をしても、若い世代がその後を受け継ぐのと似ています。

10里を歩いて疲れ切った旅人が最後の1里を歩く時間は、最初の1里を歩く時間に比べてずいぶん長く感じることでしょう。毎日、判を押したような生活をしている人と、波乱万丈の人生を送っている人とは、時間の感じ方が異なります。そして、時間の感じ方が異なれば、老化速度も異なるはずです。もちろん、2人の間の多忙さや過労による老化の促進を考慮すべきですが、暦の年齢と生物学的年齢との間には食い違いが生じることになります。青少年期にはこの相違は著しくなく、初老期を過ぎたときから個人差が大きくなる傾向があります。

以前、小学校の同期会があったとき、「小学生のときは1年がとても長く感じたけど、社会人になったら1年があっという間に過ぎるようになった。時の経つのが早く感じます」と、当時の先生に話したら、「年を取ると、もっともっと早く感じるようになるよ」といわれました。

いまも公務員や多くの企業が用いている定年退職制度の問題点の1つは、退職日が暦の上での年齢によって事務的に決められることです。しかし、生物学的年齢による退職制度を用いようとしても、現在の医学では数字が出せないことは明らかです。年式が古くて程度のいい中古車は売るときに損をしますが、人間の場合もそこは我慢しなくてはいけないようです。

ストーブで石炭を燃やした後には石炭ガラがいっぱい詰まり、だんだん燃えにくくなります。細胞の中で燃えている生命の火も、同じように「燃えくず」を残します。細胞の中で「燃えくず」が溜まってくると、生命の火の燃えが悪くなり、劣化が起こるようになるのです。

「人は動脈とともに年をとる」といわれるように、動脈は加齢に伴って硬くなり、弾力を失っていきます。いうなれば、動脈硬化は老化の象徴的な変化です。自動車のタイヤも古くなると硬くなり、もろくなっていきます。タイヤもメーカーによって品質の優劣があるように、血管も遺伝で硬くなりやすい人がいます。また、運転の仕方が悪い人のタイヤのように、体の取り扱いが悪い人は、動脈が早くボロボロになります。油や薬品をタイヤにつけるとゴムが早くもろくなりますが、嗜好品を取りすぎて動脈をいじめると、やはり動脈硬化が早く進んでしまいます。