理学博士 大野 秀隆
赤ちょうちんが並ぶ飲み屋街で「ホルモン料理」と書かれた看板を見ると、何となく気がそそられます。とかく「疲れる」世の中の表れなのかもしれません。妙なもので、ホルモン料理の文字を見ると、頭の中では「性ホルモン」→「セックス」→「精力」という連想が働きます。だからでしょうか、多くの人にとってホルモン料理は、精力を増強させる料理のように感じるのです。
実際に、あのグロテスクで脂ぎったホルモン料理を口に入れると、何となく血が踊ります。疲れが飛んでスタミナがつき、セックスにも強くなれそうな感じが全身にみなぎってくるのです。ところがどっこい、ホルモン料理が体の中に入った後、そのままホルモンとして働く成分はゼロなのですからおかしなものです。食品としてのホルモンの栄養価は十分に高いものですが、直接的にホルモンを増やす効果があるわけではありません。
ホルモンというと、すぐに性と結びつけて考えがちですが、実はそれも錯覚です。体の中で作られるホルモンの大半は、性と関係ありません。ホルモンは内分泌腺で作られています。内分泌とは、そこから分泌されたものが直接、周囲にある血管やリンパ管の中に流れ込むことから名づけられています。つまり、ホルモンは必要に応じて作られ、そのまますぐに血液やリンパ液の中に入っていくのです。
ホルモンが作られる内分泌腺には、わずかながらホルモンが存在します。そのため、昔から牛や犬の内分泌腺が若返りのための実験材料に使われてきました。ところが、内分泌腺を料理して食べてみても、そこに含まれるホルモンは吸収・分解される過程で姿を変えてしまいます。それとは無関係に、私たちの内分泌腺は必要に応じてホルモンを作り出しているのです。
それでも、動物性たんぱく質と脂肪がたっぷり含まれているホルモン料理は、スタミナ源としては有意義です。結果的には精力増強につながるはずですが、問題はそれをホルモン料理と呼称してしまうことにあるのでしょう。「スタミナがつく料理」いうのは心理効果だけというわけです。ただし、ホルモン生産器官である内分泌腺そのものを材料にして料理を出しているホルモン料理店は、言葉に偽りなしといえるでしょう。