プレゼント

妊婦さんや地域の方々の心に残る「しあわせなお産」を提供しています

ニッポンを元気に!情熱人列伝

医療法人社団マザー・キー理事長、ファミール産院グループ代表 杉本 雅樹さん

生命の神秘が感じられる一方で、出産時のリスクもある産婦人科の仕事。「グループ全体で年間1万件の分娩ぶんべんを扱える体制を作りたい」と語る杉本雅樹すぎもとまさきさんは、地元の方に愛される施設運営を続けています。

兄の影響で産婦人科医を目指し、実習を経て確信に変わりました

[すぎもと・まさき]——筑波大学医学群卒業後、筑波大学附属病院などを経て、2005年に千葉県館山市でファミール産院を開院。以降、医院グループを拡大し、2026年1月には医療分娩施設11施設目となる”ファミール産院ながれやま”を開院。著書に『ママ0歳から読むしあわせ出産バイブル』『日本一幸せなお産をしよう』がある。

千葉県内を中心に13施設・従業員約600名を擁するファミール産院グループの代表であるすぎもとまささんは、「しあわせなお産をしよう」を経営理念に掲げています。全国にいる医師のうち、産婦人科で働く医師はわずか4.2%と報告されている中で、杉本さんが産婦人科医を目指したのは、9歳上のお兄さんの影響でした。

「私は6人兄弟の末っ子で、実家は内装業を営んでいました。9つ上の兄が現役で国立大学の医学部に合格したんです。その後、兄が産婦人科を専門に選んだと聞いた時、家族全員が驚きました。当時の私たち家族にとっての産婦人科は、縁遠いイメージしかなかったからです。ですが、兄は高校生の頃から私に、産婦人科がいかに素晴らしい科であるかを語りつづけていたんです」

産婦人科の医師は、戦時に戦医として重宝された歴史があるといわれます。外科でも内科でも対応できる医療技術を持ち、女性の体に関する知識も豊富という理由です。杉本さんの父親は、海軍飛行予科練習生(予科練)の経験があったことから、杉本さんはお盆になると戦争ドラマをよく見せられていたといいます。そうした背景から、杉本さんは産婦人科に対して悪くないイメージを持つようになったそうです。

「医学部生時代に受けた産婦人科の実習は、想像とはまったく違うものでした。産婦人科は、新しい生命が誕生する場です。外科の医療現場のように消毒の臭いが立ち込めることもなく、むしろ明るく若々しい雰囲気に満ちていました。なにより、産婦人科医のなり手が少ない時代だからこそ、自分のような人間でも力を発揮できるのではないか、という予感がありました」

入学した医学部には、水泳や陸上競技の県大会記録保持者のような、突出した才能を持つ同期生がたくさんいたと振り返る杉本さん。杉本さんいわく、そういう人たちは、整形外科のような花形の科を選ぶとのこと。そこで杉本さんは、同じ土俵で戦っても勝ち目はないならば、医師として自分なりの生存戦略を見つけようと思ったそうです。

『ママ0歳から読む しあわせ出産バイブル』(ヒーロー出版)は好評発売中。2市の出生率を上昇させた杉本さんの熱いエールが込められている

「開業医になることは、自分の中では当たり前の前提でした。地元における総合病院は『死ぬために行く場所』というイメージが強く、日常的にお世話になる医者といえば開業医でした。実家も自営業でしたから、自分もいつか事業として医療に携わるのだと、自然に思っていました」

産婦人科医としての経験を積むため、杉本さんが考えた戦略は、あえていちばん過酷な現場を選んで飛び込むことでした。「ある地域では、前任の院長が突然倒れたことをきっかけに、産婦人科医が私以外にいない病院に1年8ヵ月にわたって派遣されました。手術の時こそ応援を頼みましたが、当直の応援はなかなか頼みづらく、先輩に『せめて当直だけでも』とお願いしながら目の前の仕事を淡々とこなしました。その結果、複数名の医師がいる施設に匹敵する実績をほぼ1人で積み上げ、周囲が驚くほどの成果を残すことができたのです」

過酷さを乗り越えて結果を出した経験こそ、杉本さんが医師としての自信を持つきっかけになったそうです。

「33歳の時、たてやま市内にあった産婦人科クリニックの後継医師を探しているという話が舞い込みました。兄が館山で小児科を営んでいた縁もあり、『一緒にやろう』という話に乗る形で、開業を決意しました。ただ、正直にいうと、当時は深く考えていませんでした。千葉県内の館山市とかもがわ市、みなみぼうそう市の3市を合わせた地域では、年間およそ1000件の出産があります。そのうち400件を、後継医師を探している医療機関が担っている、というのを聞いて、魅力的な話だと思ったんです」

杉本さんは奥様を連れて初めて館山市を訪れた時、海を見ながら「世界は広い。この街で勝負しよう」とロマンを感じていたとのこと。ところが奥様はまったくの逆で、「千葉県の端まで来てしまった……」と嘆いていたそうです。それでも、杉本さんが目指した産婦人科医としての成功を、奥様は黙って支えてきました。自分についてきてくれた奥様には感謝しかないと、杉本さんは語ります。

「開業までの道のりは、決して平坦ではありませんでした。前任の先生にとって、長年築いてきた地盤を手放すのは、想像以上につらいことだったのだと思います。事業承継の話がなかなか具体的に進まないまま時間が過ぎていたところに、その施設で妊産婦が亡くなるという、開業医にとって最も重い事故が起こってしまいました。地域社会の中で、うわさはあっという間に広がります。前任の先生は手のひら返しで『医院を譲る』といいはじめて、事業承継に至ります。うわさというものは、なかなか消えないものです。かつての事故の印象から、まるで私が殺人者であるかのような扱いを受けたこともありました。今だからこそいえますが、心が折れかけた瞬間もあります」

個室を含むさまざまなお部屋タイプが用意され、リラックスできる環境が整えられている

以前の勤務先の病院に戻ることを検討しはじめた杉本さん。その時、それまで複雑な表情をしていた奥様がぽつりと「ここで引き返したら、非を認めたことになるじゃない」といった一言が忘れられないといいます。奥様の一言で腹が決まった杉本さんは、ついに前を向きはじめたのです。

「1施設目の経営を軌道に乗せるまでの日々に、特別な感慨はありませんでした。目の前にあることを、ただ1つひとつやり遂げていっただけです。その中で、私がずっとこだわりつづけてきたのが『傷のできないお産』です。当時は会陰えいんを切開して縫合するという分娩ぶんべんが一般的でしたが、私はずっと、必ずしも必要ではないと考えていました。野生動物のお産を見れば、自然に治るのが本来の姿です。私たち人間も動物である以上、傷のできないお産は実現できるはずだと。実際に、『傷のできないお産』に取り組んでみると、初めての出産でも傷がほとんどできず、産後の回復がとてもらくになる、という手応えがありました」

「またきてね」と心からいえる産婦人科は数少ない仕事です

千葉県南端に位置する館山市内で、「地元でお産をしたほうが産後の負担も少ない」「スタッフの対応も食事も安心できる」という評判が広がり、妊婦さんやそのご家族から圧倒的な支持を集めるようになった杉本さん。母乳育児の推進や1人ひとりの妊婦さんに向き合う姿勢など、自分たちにできることから1つずつ取り組んでいく——そうした積み重ねを、8年という歳月をかけて形にしていったそうです。

赤ちゃんの誕生を祝うファミール産院ふなばしの「お祝い膳」。おいしいだけでなく、盛り付けや彩り、栄養バランスにもこだわっている

杉本さんが運営する施設は、すべて直営によるもの。新しい施設が生まれるたびに、杉本さん自身が立ち上げの陣頭指揮を執ってきました。営業をかけたことは一度もないそうで、むしろ地域や関係者の側から声がかかる形で話が自然と広がっていくそうです。

「2026年1月、11施設目となるファミール産院ながれやまを開院しました。これも地域からの強い要請に応える形でした。振り返れば、私が自ら選んだエリアはぬまくらいで、あとはすべて、地域や関係者さんからの声に応える形で自然と広がってきた道のりです。実際、去年1年だけでも新たに4施設が加わるなど、展開のペースは年を追うごとに加速しています」

杉本さんたちが目指しているのは、グループ全体で年間1万件の分娩を扱える体制。今年はグループ全体でおよそ5千件の出産に立ち会う見込みだそうですが、さらに倍にしていくといいます。目標までは、まだ道半ばだと杉本さんは語ります。

「私たちの仕事は、退院の時に『また来てね』と心からいえる、数少ない仕事です。手術を終えて退院する患者さんに『また来てね』といえば怒られてしまいますが、産婦人科ではそれが自然な言葉になります。出産という場面には、お母さんを中心に、旦那さん、時には子どもたち、親や親戚、地域の人たちまでもが『おめでとう!』と祝福する空気に満ちています。そういう空間を持つ医療現場は、ほかにはなかなかないですよね」

ファミール産院グループでお産をしたお母さんの多くは、担当した助産師の顔と名前を、母子手帳を通じてずっと覚えているそうです。街で会えば「ありがとう」と声をかけられる。その瞬間こそが、出産という仕事に携わる1人ひとりの誇りになっていると杉本さんは感じているそうです。

「『しあわせなお産』というコンセプトを掲げているからこそ、多くの母子手帳の裏に、私たちのスタッフの名前が記されることを目指していきます。そして、母子手帳のみならず、地域の人たちの心にも残ることがなによりの喜びです。この情熱こそ、産婦人科の仕事にこだわりつづける理由なのだと思います」

杉本雅樹先生が診療されているファミール産院ふなばしの連絡先は、
〒273-0003 千葉県船橋市宮本2丁目2-2  ☎047-409-5630です。