メイクアップアーティスト、株式会社N2-luana代表 中野 剛章さん
2021年秋、800年のときを超えた法要が、京都・泉涌寺で営まれました。世界的に活躍するメイクアップアーティストの中野剛章さんが手がけた楊貴妃観音像の法要とメイクアップのコラボレーションは、癒しをもとめて訪れた人たちに心の安らぎを与えました。
時空を超えた美しさの楊貴妃観音像から受けたインスピレーションでフェイスブラシを考案
「和洋折衷」「温故知新」といわれるように、時空を超えた発想から生まれるコラボレーションは、ときに計り知れない魅力を生み出すことがあります。
2021年10月18日、800年の時空を超えたイベントが、京都府の泉涌寺で開かれました。イベントを企画した中野剛章さんは、国内外のメイクアップショーで活躍を続ける世界的なメイクアップアーティストの一人。中でも、人気海外ブランド「ジバンシイ」の専属メイクアップアーティストとして、カメラマンの土屋健一氏らとともに多くのトップモデルを彩ってきた輝かしい実績があります。
メイクアップと京都のお寺という意外な組み合わせに込められた意味と背景について、中野さんはこのように話します。
「いまから30年前にメイクアップの世界に入った私は、フランスを代表するブランド・ジバンシイの専属メイクアップアーティストとして、世界中の国々で開催されるショーに参加してきました。日本国内はもちろん、欧米を中心に、世界中のモデルさんと女優さんのメイクアップの可能性やさまざまなメイク法による表現をしてきた自負があります」
そんな中野さんが大切にしているのがインスピレーション。女性をより美しく魅せるメイクアップの世界では、「アーティストのインスピレーションがメイクの仕上がりを左右する」と断言します。
「インスピレーションは“ひらめき”と訳されることが多いですが、いざ身に着けようとしても簡単ではありません。知見と経験を積み、新しい世界を日々学ぶことで、真のインスピレーションが生まれると思っています」
研ぎ澄まされたインスピレーションを高めるためには、一流のものに触れることが大切と語る中野さん。そのため、中野さんは歴史ある街並みや人、モノから多くの刺激を受けることで自分を高めてきたと振り返ります。その中でも強烈なインスピレーションを与えてくれる存在として挙げるのが、京都の街並みとお寺です。
「京都を訪れるたびに感銘するのが、美術品や文化財の完成度の高さと美しさです。1000年以上にわたって古都で大切にされてきた美術品には、誰もが認める美しさがあります。平安時代から始まり、令和の時代になっても京都の美しさは色あせません。時代に関係なく『ずっと眺めていたい』と思わせる、時空を超えた美しさが存在するんです」
そんな中野さんが特に魅力を感じているのが、泉涌寺の楊貴妃観音像です。京都市東山区にある泉涌寺は、真言宗泉涌寺派の総本山として知られ、皇室との縁が深いことから「御寺」とも呼ばれています。
泉涌寺の大門を入ると、左手に見えるのがお堂。楊貴妃観音堂と呼ばれるお堂に安置されているのが「楊貴妃観音像」です。いまから約800年前の1230年に湛海律師によって南宋から渡った楊貴妃観音像は、唐の時代に絶世の美女といわれた楊貴妃の面影を偲んだ玄宗皇帝が造らせた木像と伝えられています。
「慈しむという言葉は、古くは『うつくしむ』ともいい、『美しい』の語源ともいわれています。楊貴妃観音像のお顔は美しく、まさに慈しむべき存在です。800年の時を経ても彩色が多く残っているので、まるで生きているようです。多くの女性たちから美人祈願の観音様として親しまれているのも納得できます」
以後、京都を訪れるたびに楊貴妃観音像を欠かさず拝観するようになった中野さん。いつしか、楊貴妃観音像というキーワードをもとにメイクアップ製品を作りたいと思うようになったそうです。
「ある日、究極の美と色あせない美しさの象徴である楊貴妃観音像のイメージから、メイクアップアイテムの一つとしてフェイスブラシが浮かびました。インスピレーションが広がっていったフェイスブラシの完成を目指して、関係者と打ち合わせを重ねました」
中野さんが新しいメイクアップ製品の開発にあたって注目したのが、従来の箔工芸を昇華させた「箔アート」。箔アートに彩られたフェイスブラシは、一つひとつのデザインが異なる一品ものです。さらに、フェイスブラシの筆は“筆の都”といわれる広島県安芸郡熊野町で生産される熊野筆を使用しています。
中野さんが中心となって誕生したフェイスブラシ『世界三大美人』は、それぞれ全長16㌢、毛丈5.4㌢です。
2021年10月18日、一点の曇りもない晴天の中、泉涌寺の楊貴妃観音堂に中野さんがプロデュースしたフェイスブラシが登場しました。お寺の計らいにより、フェイスブラシのお披露目が楊貴妃観音像で行われることになったのです。
「楊貴妃観音像から受けたインスピレーションによって誕生したフェイスブラシを使って、観音様のお顔をきれいにするという趣旨です。当日は、泉涌寺の住職様の手によって、観音様のお顔をきれいにしていただきました。時を超えて愛されつづける観音様は、コロナ禍のいまこそ多くの人を癒してくれると思います」