呼吸ケアクリニック東京理事長 木田 厚瑞
夏は気温の変化や体力消耗でCOPDが悪化しやすく摂取カロリーの維持が大切

呼吸器の病気の中で、多くの高齢者を悩ませているのが「COPD(慢性閉塞性肺疾患)」です。夏は、急激な気温の変化や熱中症によって体力を消耗して呼吸困難を覚えやすくなります。さらに、食欲の低下による体重減少は筋力低下や息切れなどの悪循環につながり、呼吸困難などが一時的に悪化して改善が難しくなる「増悪」が起こりやすい季節といえます。さっぱりとした味をとりたくなる夏は、1回の食事量を減らして回数を増やす「分食」や、栄養補助食品の上手な活用などによって、摂取カロリーが減らないようにすることが重要です。
COPDは、気管支が細かく枝分かれして最も細くなった細気管支から病変が始まる病気です。細気管支は5万~7万本以上もあるため、気づいた時にはすでに広い範囲に病変が広がっており、生活の質を低下させて健康寿命を縮めるおそれがあります。
細気管支の先には、酸素を取り入れて二酸化炭素を出す肺胞があります。肺胞が広い範囲で壊れた状態が肺気腫です。これに対し、気管支の壁が広い範囲で強い炎症を起こした状態が慢性気管支炎です。COPDは、これらの2つをまとめた病名です。階段を上る時や重い荷物を持って歩く時に激しい息切れが起きたり、風邪を引いていないのにいつもタンが出たりする場合は、COPDを発症しているおそれがあります。
COPDは国際的には死亡原因の第3位といわれるほど注目されている病気ですが、わが国では診断率が低く、適切な治療を受けている人が極めて少ないことが問題といえます。2001年に行われた大規模な疫学調査研究「NICEスタディ」の結果、40歳以上の日本人のCOPD有病率は8.6%、患者数は530万人と推定されています。しかし、2017年の厚生労働省患者調査によると、病院でCOPDと診断された患者数は22万人です。つまり、COPDを発症しつつも、受診して治療を受けている人は5%以下と推定されるのです。
COPDは、以前はタバコ病と呼ばれるほど喫煙者に特有な病気と見なされていましたが、近年の研究によってタバコで発症するCOPDは20数%にすぎないことが判明しました。そして、乳幼児期の肺の発育段階で肺炎などの重い病気を経験した人や、妊娠中に喫煙習慣のある妊婦から生まれた子ども、大気汚染だけではなく長く過ごす室内での空気汚染など、多様な生活環境が要因となることが分かってきました。そのため、空気がきれいな農村や高地生活でも生活環境によってはCOPDを発症することが知られています。また、患者の年齢層は必ずしも高齢者だけではありません。若年層や非喫煙女性にもCOPDの患者が多く見られますが、気管支ぜんそくとの区別が分かりにくい問題もあります。
COPDを発症すると、息切れなどによって生活の質が低下します。また、風邪などの感染症にかかると数日の間に増悪が起こりやすくなることが問題です。新型コロナウイルス感染症の流行期間中には、増悪によって多くのCOPDの方が犠牲になったといわれています。
COPDは、現在の症状だけでは診断しません。幼児期からの変化や、呼吸器の病歴を持つ血縁関係者の有無など、詳細な問診を経て診断を下します。診察における肺の聴診所見は大切で、呼吸運動とともに肺の中で生じるさまざまな雑音や呼吸状態を確認することで、増悪しているかどうかを判断することができます。さらに、安定した状態で詳しい肺機能検査を実施することも重要です。肺の容積が保たれているか、空気の吐き出しが障害を受けているか、酸素の取り込みが障害されているか、吸入薬の効果が期待できるかどうかなどを厳密に判断します。

COPDは進行に伴って日常生活に支障をきたすことが多いため、平地を6分間歩く検査を行うことがあります。日常の歩行が制限される息切れがないか、酸素不足が生じていないかを判断します。普段の生活の中で歩行する際に息切れが起こる場合はCOPDの可能性があるため、呼吸器内科で検査を受けることをおすすめします。
COPD患者の死亡原因としては、重症の肺炎、心血管病変、肺がんが多いことが明らかになっています。心筋梗塞などの心血管病変は軽症のCOPDでも多く起こり、経過中に肺がんが発見されることも少なくありません。細気管支などの病変を正確に知るために、COPDの治療を始める段階で胸部CT(コンピューター断層撮影法)検査を実施しておくと、その後の経過を正確に判断する材料となります。
COPDの治療は、軽症で日常生活に不自由を感じない程度であれば、薬は必ずしも必要ではありません。ただし、軽症の場合でも、経過中の増悪には要注意で、増悪の程度によっては入院が必要となることもあります。息切れや呼吸困難などの症状が重い時には、薬物治療と非薬物治療を並行して行います。
薬は吸入薬を使う場合が多いものの、薬の種類が多くなっているため、病状に合わせたり、使いやすかったりするものを主治医と相談しながら選ぶことが大切です。近年、気管支ぜんそくの治療では、アレルギー反応での特異な一群に劇的な効果を示す抗体薬が使われるようになりました。最近の報告では、COPDの一部の患者さんでも同じ効果を示すことが判明し、新しい治療法として注目されています。一方の非薬物治療では、包括的なリハビリテーションとして日常の運動や食事療法を行って筋肉量や栄養状態の維持・改善を目指します。
COPDは悪化すると買い物や公共交通機関を使った移動などの日常生活に必要な外出が困難になります。交友関係も狭くなり、進行すると自宅から出られない状態となる場合があります。患者さんの中には、トイレに行くのがやっとの状態にまで生活の質が低下する人も少なくありません。COPDの治療は、これらの悪循環が進まないようにするためにも行います。
望ましい治療は、かかりつけ医と専門医の適切な連携です。呼吸器の異変を感じたら、早めに専門の医療機関を受診しましょう。
間質性肺炎は肺胞壁が線維化する難治性の肺疾患で息切れ・セキに要注意
COPD以外の肺疾患として注目を集めているのが間質性肺炎です。
間質性肺炎とは、肺の間質を中心に炎症が起こる肺疾患の総称です。さまざまな原因によって薄い肺胞の壁に炎症や損傷が起こり、肺胞の壁が広い範囲で厚く硬くなる(線維化)と、肺の伸びが悪くなってガス交換がうまくできなくなります。
肺は私たちの体に欠かせない酸素と体内で不要になった二酸化炭素を交換する働き(ガス交換)を担う大切な臓器です。肺胞の総数は、左右の肺を合わせると約3億個以上もあると考えられ、その壁の厚さはわずか100分の1㍉です。肺胞の壁を構成しているのが間質です。間質はコラーゲンやエラスチンと呼ばれる線維状の構造に多糖体と呼ばれる糊のような物質がからみついた構造から成り立っています。強さを保ちながら呼吸に合わせて伸び縮みするのに都合のいい構造なのです。この壁の中を細い毛細血管が網目状に張り巡らされて肺胞を構成しています。

肺の最小単位である小葉を囲む小葉間隔壁や肺を包む胸膜のすぐ下から線維化が進むことが多く見られますが、全体として肺が膨らみにくくなります。
さらに線維化が進んで肺が硬く縮むと、胸部CT検査で蜂巣肺といわれる多数の穴(嚢胞)を確認することができます。肺機能検査では、肺活量が減少し、さらに肺拡散能の低下が見られます。COPDの検査でも用いられる6分間平地歩行テストでは、日常の歩行での大幅な酸素飽和度の低下が確認できます。また、夜間の睡眠中に酸素不足が起こっていないかも重要な指標です。肺の病変が心臓に影響を及ぼしているかどうか確認するため、心臓超音波検査を行う場合もあります。
間質性肺炎の特徴的な症状としては、安静時には感じない息切れが、坂道や階段の上り下りだけでなく、平地の歩行中や入浴・排便といった日常生活の動作の中でも起こるようになります(労作時呼吸困難)。患者さんによっては、季節に関係なく現れるタンを伴わないセキ(乾性咳嗽)に悩まされる人もいます。間質性肺炎は長年かけて徐々に進行するため、自覚症状が出る頃には病状がかなり悪化している人も少なくないのです。
間質性肺炎の原因として、強皮症や多発性皮膚筋炎などの膠原病(自己免疫疾患)、職業上や生活上でのほこりやカビ・ペットの毛・羽毛などの慢性的な吸入(じん肺や慢性過敏性肺炎)、病院で処方される薬剤・漢方薬(薬剤性肺炎)、特殊な感染症などが挙げられます。
間質性肺疾患の中でも原因が特定できないものは、総称して「特発性間質性肺炎」と分類されます。「特発性」とは発症の原因が不明という意味です。中でも原因が不明で治療が難しく短期間で悪化していくのが「特発性肺線維症」です。特発性肺線維症は特発性間質性肺炎の中で最も多く、80~90%を占めています。
特発性間質性肺炎のうち最も治療が難しい特発性肺線維症は50歳以上の男性に多く、ほとんどが喫煙者といわれています。肺が壊れて肺胞が広がっていく肺気腫と肺線維症が合併した「気腫合併肺線維症」は、喫煙歴があって息切れを自覚する患者さんに多く発症することが分かっています。また、間質性肺炎では、経過中に肺がんの合併が多く見られるため、定期的な胸部CT検査を受けることをおすすめします。
従来、間質性肺炎の治療効果が認められている薬剤として、副腎皮質ステロイド薬と免疫抑制薬が使われてきました。近年は、厳密に区分されて効果が期待できる場合に投与します。また、特発性肺線維症に対しては、抗線維化薬が処方されます。臨床研究の進歩によって効果がある間質性肺炎の適用範囲が広がってきています。改善が期待できる場合には十分、説明を理解してもらったうえで処方されることがあります。
治療効果は間質性肺炎の種類によって異なるため、これらの薬剤が間質性肺炎のすべてに有効というわけではありません。可能な範囲で厳密に効果がある薬を選択し、生活の質の向上と予後を安定させることが治療の目標となります。
いずれの薬剤も効果の期待度が低く副作用のおそれがある場合、病状の進行によっては薬物療法を行わずに経過を見ることもあります。特に高齢者の場合には、判断が難しいことが多くなります。これらの薬剤のほかに、セキやタンが多い患者さんには、鎮咳薬や去痰薬を処方する場合があります。最近では鎮咳薬の研究が進み、強力な新薬が使われはじめています。
間質性肺炎を悪化させないためにも、喫煙者は直ちに減煙・禁煙が必要です。間質性肺炎は風邪などの感染症をきっかけとして、急激に進行・悪化しやすくなることがあるため注意しましょう。
間質性肺炎の増悪と呼ばれる症状としては、発熱や急激な呼吸困難の悪化、セキ、タンなどがあります。増悪を起こさないためには、新型コロナウイルス感染症やインフルエンザの感染予防が大切です。また、肺炎球菌ワクチンも肺炎などの感染症を予防して重症化を防げるため接種するようにしましょう。いずれにしろ、少しでも不調を感じた時は呼吸器内科で診察を受けてください。


