株式会社みみくる 代表取締役 井上 雄介さん
毎晩の入浴後や就寝前に「耳かき」をしている人はいませんか?耳かきは耳あかを取るだけでなく、リラックスや癒やし効果もあることは皆さんもご存じのはず。奥が深い耳かきの専門店を立ち上げて話題を集めているのが、整体師の顔も持つ井上雄介さん。世界中から注目される耳かき業界のキーマンに迫ります!
営業マン時代に発症した椎間板ヘルニアを整体で克服し治療家を志す

今月の情熱人は、耳かき専門店「みみくる」を展開している株式会社みみくる代表の井上雄介さん。私たちが普段、なに気なくしている耳かきですが、耳の中の掃除はもちろんのこと、耳かきによって得られる癒やしやリラクゼーション効果を兼ね備えた独自のサービスが話題を集めています。もともとは健康業界とは無縁だったという井上さんに、耳かきというサービスに着目した理由と現在の状況、今後の展開について伺いました。
「私の出身は茨城県で、高校時代はサッカーに明け暮れました。大学卒業後は、OA機器を扱う会社の営業マンとして働いていました。もともと独立志向が強かったのですが、大学時代に妻が妊娠して出産したので、家族を養うためにサラリーマンを続けていたんです」
井上さんにとって転機となったのが、営業マン時代に患った腰痛です。重いOA機器を運ぶ仕事は腰にかかる負担が大きく、ついに腰が悲鳴を上げてしまったそうです。
「激痛が走った時は〝ビキッ!〟という音が聞こえたくらい衝撃的でした。痛みは腰を中心にお尻、太もも、すねに広がり、しびれも加わりました」
病院で診察を受けたところ、井上さんは椎間板ヘルニアを患っていると判明。椎間板ヘルニアは、腰椎をつなぐクッションの役割を果たしている椎間板が押し潰されてしまう疾患です。
「サッカーをしていたので体力には自信がありましたが、椎間板ヘルニアと診断されてからは、痛みやしびれとの闘いでした」
痛み止めや電気治療、温熱治療を続けても腰の痛みは改善しなかったという井上さん。たどり着いたのが整体でした。体のバランスを整えて、あるべき状態にリセットすることで自然治癒力を高める整体の理論に共感を覚えたといいます。
「整体と出合ったことで、体や痛みをピンポイントでなく、全身から見られるようになりました。さらに、生活習慣全体を見直すことで、腰の痛みが徐々に和らいで、痛みとしびれから解放されるほどよくなったんです」
体調が回復した後、自身を救ってくれた整体の世界に身を置くことは自然な流れだったという井上さん。まずは整体院に勤務して、さまざまな手技を習得していったそうです。
コロナ禍のピンチをチャンスに変えて「耳かき」に注目!

整体師として手技を身に付けた井上さんは、2016年に独立を果たします。もともと独立志向は強かったものの、当時は小学生と中学生のお子さんを持つ父親でもありました。整体師として独立するには少なからず迷いがあったそうですが、同じ整体師の奥さんと二人三脚でサロンを開業する決断をしたのです。
「整体の手技をベースにした美容サロンの反響は上々で、多くのお客様から喜んでいただきました。私たち夫婦の施術で体調が回復したというお客様の声は励みになり、もっと施術の実力を高めたいと研鑽に努めました」
子育てとサロンの経営が順調に進んでいた井上さんが見舞われたのがコロナ禍です。多くの人が外出自粛を続けたことから、サロンに足を運ぶお客さんが激減してしまったのです。
「コロナ禍でお客様の足が遠のく中、新しい事業を模索しなければと思いました。その時に事業のアドバイスを受けていた師匠から聞いたのが、『中国では街のあちこちに耳かきを提供する店があって賑わっている』という話でした。その方は普段、中国やタイの輸入雑貨の仕事をしているので、話にリアリティがあったんです。そこで、そのアドバイスをもとに師匠と共同で立ち上げました」
〝耳かき〟というキーワードにピンとくるものがあったという井上さん。すぐに日本全国で耳かきのサービスを提供している店舗を徹底的に調べたそうです。
「実際に国内の耳かき業界を調べてみると、当時は約30店舗ほどが耳かきのサービスを謳って営業をしていました。その多くが、秋葉原系といわれる、浴衣を着たかわいい女の子がひざまくらをして耳かきをするサービスでした。もう1つが、モニターで耳の中を映して耳掃除の様子を見せる、医療寄りの耳かきサービスでした。耳かき業界を調べるきっかけになった中国式の耳かきサービスは、まだ数店舗。耳かき業界の勢力分布図を作りながら、ビジネス用語でいうところのブルーオーシャンを探す日々が続きました」
耳かき業界のリサーチには、それなりの時間とお金をかけたと振り返る井上さん。ターゲットとした中国式耳かきの店舗に通ったり、タイ式の耳かきを学ぶために現地まで足を運んだりしたこともあったそうです。
「多くの人が日常的にしている耳かきは、耳の中を掃除するだけではありません。耳の中をかくことで得られる快感や、『気持ちいい~』とつぶやいてしまう癒やし効果など、耳かきならではの魅力があります。そこで私は、癒やしとリラクゼーション効果を提供できる、新しい耳かき専門店を構想しました。中国式の耳かきを日本人向けにアレンジした耳かきを周囲に試してもらったところ大好評。本場の中国の方に受けてもらうと、『キモチイイ♪』といってくれたので自信を深めました」

「耳かき=耳掃除」ではなく、「耳かき=耳掃除+癒やし」という新しい概念を提案することで健康業界に新たな市場を見出した井上さん。狙いはズバリと当たり、開業初日から多くのお客さんが来店したそうです。
「開業した月は200人のお客様に来ていただき、50人ほどお断りせざるをえないほどの反響をいただきました。耳かきのサービスは、耳を掃除するだけではお客様の来店が3ヵ月に1回程度になってしまいます。耳の中をきれいにしながら心地よさと癒やし、さらにはストレス対策を加えることで、『また行きたい』『もう一度受けたい』と、リピーターになっていただけると思っています」
井上さんが代表を務める「みみくる」では、店内で耳かきサービスを提供する女性をセラピストと呼んでいます。開業当初は、井上さんが安心・安全で効果的な耳かきを指導しながら、セラピストにオンリーワンの耳かきサービスのコンセプトを伝えていたそうです。
「耳かきサービスのセラピストに応募してくる女性たちの前職は、事務職やサービス業などさまざまです。印象としていえるのが、就職氷河期世代と呼ばれる年齢層の女性は総じてモチベーションが高く、手技の習得も早いです。この世代の方は就職難の時期に社会人となり、派遣社員として長く勤めていた方が多いのですが、皆さんとても優秀です。新しい耳かきサービスは、不況によって派遣社員にならざるをえなかった女性たちの自己実現の場にもなっています」
音を楽しむ「ASMR」のブームの波に乗って耳かきが世界中で話題!
現在、井上さんが展開する耳かき専門店「みみくる」は、東京都内を中心に8店舗。そのほか、北海道や新潟県、埼玉県での出店計画もあるなど、新しい耳かきサービスが広がりを見せています。そのような中、想定外の反響といえるのが、「耳かきサービスを受けたい!」と熱望して来店する外国人の多さ。井上さんいわく、インバウンド需要の波に乗って、外国人のお客さんが増えているそうです。
「海外で耳かきが注目を集める背景にあるのが、『ASMR』です。インターネットを通じて耳かきの〝音〟に刺激を受けた海外のお客様が『実際に耳かきを体験したい』と希望して来店されるケースが増えています」

ASMRとは「Autonomous Sensory Meridian Response」の略で、日本語では「自律感覚絶頂反応」と訳されます。聴覚や視覚の刺激による心地よさを指し、インターネットでは、ユーチューブやSNSを通じてさまざまな「心地いい音」が提供されています。よく知られたASMRとしては、サクッとした揚げ物の咀嚼音や、マッサージの施術風景などが人気を博しています。ASMRは、若年層はもちろんのこと、中高年にもハマる人が続出している、現代の新しい癒やしツールといえるでしょう。
「ASMRと耳かきの関係に気づかせてくれたのは、ある日突然、ウズベキスタン人から私のインスタグラムに届いた1通のメッセージがきっかけでした。そのウズベキスタン人は、ASMRの動画を集めて配信しているユーチューバーでした。フォロワー数が31万人を誇る、ASMRの世界では知られた存在の方が、耳かきを心地いい音のASMRとして配信したいとメッセージを送ってきたのです」
ウズベキスタン人から届いたメッセージに驚きながらも、耳かきの癒やし効果が世界に通用することを直感した井上さん。ウズベキスタン人のユーチューバーは、実際に耳かきサービスを受けて大感激。収録した動画をASMRとして拡散しました。新しいASMRのコンテンツとして世界に発信された耳かき動画は再生回数がどんどん伸び、現在、みみくる関連の動画の再生回数は4200万回以上にもなっているそうです。
「海外からのお客様の中には、日本の代表的な観光地を巡り終えて、日本ならではの体験型の観光を楽しむ方が増えています。ASMRによって世界中に知られるようになった耳かきは、インターネットで見て・聞いて・そして日本で体験するという、バーチャルとリアルを体験できるサービスです。私はスタッフとともに耳かきの手技を磨きながら、世界中の人たちに喜んでいただきたいと思っています」


