藤田医科大学岡崎医療センター循環器内科教授 尾崎 行男
心筋梗塞と狭心症の原因は冠動脈硬化で早期発見・早期治療が生命や予後を左右
心臓の壁は心筋という筋肉で構成され、収縮によるポンプ作用で全身に血液が送り出されています。この心筋に酸素と栄養を供給している冠動脈に異常が起こって発症するのが心筋梗塞や狭心症などの虚血性心疾患です。冠動脈は心臓を囲むように巡っている血管で、心臓が正しく働くために絶えず酸素と栄養を送っています。生活習慣病などのさまざまな原因によって血管が狭くなったり(狭窄)詰まって閉塞したりします。
冠動脈が狭窄したり閉塞したりするのが冠動脈硬化です。冠動脈硬化が進行すると、傷ついた血管壁の中にコレステロールなどが蓄積して血管の内側が隆起します。血管の内側にできた隆起はプラークと呼ばれ、大きくなると血管が狭くなって血液の流れが悪くなり、胸に痛みが起こるのが狭心症です。
さらに、症状が進行してプラークが破れると、血管の内壁を修復しようとして血液成分の一つである血小板が集まります。血小板は、血管を修復するために血栓という血液の塊を作ります。プラークなどで狭くなった部分に血栓ができるとさらに血液が流れにくくなるのが不安定狭心症です。
さらに冠動脈が血栓で突然完全に塞がり、心筋が死んでしまう(壊死する)のが急性心筋梗塞です。この急性心筋梗塞と不安定狭心症の2つを合わせて急性冠症候群(ACS)と呼びます。
急性心筋梗塞が起こると、脈が不規則になる危険な不整脈や心筋が壊死することで心臓の収縮力が低下して心不全が引き起こされます。
急性心筋梗塞を発症した場合、適切なタイミングで病院に搬送され、急性期にカテーテル治療などが受けられた場合の死亡率は8%程度ですが、院外で心停止に陥った患者さんを加えると20%を超えるという報告もあります。通常、急性心筋梗塞の治療は冠動脈の血流改善を目的として行われ、主なものとして「カテーテル治療」「薬物療法」があります。私の専門であるカテーテル治療は、髪の毛ほどの柔らかいワイヤーを血管の狭窄している部分に通過させ、ワイヤーづたいに直径1㍉以下のバルーンカテーテルを挿入し、先端にあるバルーンを膨らませて血管を内側から広げていきます。必要に応じて血栓を吸引する場合もあります。バルーンで広げた血管に、ステントと呼ばれる金属でできた網状の筒を留置し、再び血管が狭くならないような処置もします。急性閉塞した冠動脈の再開通は、時間との戦いです。
カテーテルを使った手術は、患者さんの負担が少なくすむ利点があります。軽度の患者さんや、体への負担をできるだけ減らしたい高齢の患者さんにすすめられます。
急性心筋梗塞の急性期には行われませんが、「バイパス手術」という治療法もあります。狭窄や閉塞がある血管の代わりに、別の部位にある血管を使って新しい血液の通り道を作る治療法です。体への負担は増しますが、カテーテルでは治療が困難な場合や治療箇所が複数ある場合に有効です。
急性心筋梗塞の入院後や狭心症などでは、医師の指導のもとに必ず薬物療法が行われます。使用されるのは、主に以下の3種類の薬剤です。
①血管の閉塞を防ぐため冠動脈を広げて血流を改善する「硝酸薬(発作時のニトログリセリンを含む)」
②ステント植え込み後の血栓の形成を防ぐための抗血小板薬(アスピリン、プラスグレル、クロピドグレル、チカグレロール)
③動脈硬化の進行を予防するため、高血圧、糖尿病、脂質異常症などに対する薬
心筋梗塞や狭心症の典型的な症状として、労作時の息切れ、圧迫されるような胸の痛みが挙げられます。人によっては首や背中、左肩から腕にかけて、放散痛と呼ばれる痛みが起こることもあります。心臓以外の別の部位に痛みが起こる理由は、〝神経の勘違い〟です。心臓の神経が脳に痛みの信号を伝える際、同じ神経の経路を使っている背中や腕の神経が刺激され、痛みとして認識されるのです。
狭心症の症状は、日によって強弱に差があり、基本的には2~3分、長くても15分ほどで治まります。心筋梗塞の症状は30分以上、ときには数時間に及び、冷や汗や吐き気、意識が遠のくこともあります。ただし、糖尿病の患者さんは、合併症の神経障害によって痛みに気づかないこと(無痛性心筋虚血発作)があるので注意しましょう。
現在の再生医療をもってしても、心筋梗塞によって壊死した心筋の機能を回復させることは困難です。心筋梗塞は、発症後の治療で壊死する部分をいかに少なくすませられるかで予後が決まります。予後はもちろん、命をも左右する心臓の病気は、早期治療が何よりも大切です。すでに生活習慣病の治療を受けている人やタバコを吸っているは、「動悸や息切れといった自覚症状がないから大丈夫」と甘く見ずに、心臓病を発症する前に生活習慣を見直し、専門医を受診しましょう。