西九州大学リハビリテーション学部理学療法学専攻教授/同大学院生活支援科学研究科教授 大田尾 浩
西九州大学リハビリテーション学部リハビリテーション学科講師 釜崎 大志郎
変形性関節症はロコモの原因の一つで筋肉量やバランス能力の把握が予防のカギ
高齢化が進む日本では、運動器症候群(ロコモティブシンドローム。以下、ロコモと略す)が深刻になっています。ロコモは、ケガや病気、加齢によって体の動きに関わる骨や関節、筋肉、靭帯などの運動器が衰え、立ったり歩いたりする機能が低下している状態をいいます。進行すると要支援・要介護になるリスクが高まり、寝たきりを招くおそれがあります。
こうしたロコモを招く大きな原因となっているのが、変形性股関節症や変形性ひざ関節症などの関節軟骨の病気、腰部脊柱管狭窄症などの椎間板や神経の病気、骨粗鬆症や骨折などの骨の病気、サルコペニアなどの加齢による筋肉量の減少および筋力の低下です。
加齢とともに筋肉量が減少すると、関節を支えられなくなってしまい、軟骨にかかる負担が増加します。さらに、正しい姿勢を取ったり、バランスを取ったりすることも難しくなります。そのため、現在の筋肉量やバランス能力がどの程度なのかを把握することが欠かせません。
筋肉量やバランス能力を知る指標として「握力」「CS-30」「開眼片足立ち時間」の三つがあります。
①握力
握力は、手の筋力だけでなく、下肢を含めた全身の筋力の強度を大まかに把握するのに有効です。握力は30代までは増加し、40代から低下しはじめるといわれています。
握力の数値は、日本サルコペニア・フレイル学会でサルコペニアの診断に推奨されています。サルコペニアは、加齢に関連して筋肉量が低下し、筋力や身体機能の低下が起こる病気の総称です。筋肉量が低下する年齢にもかかわらず、適切な栄養摂取や運動をせずにいると、年齢を重ねるごとに筋力の低下速度は加速していきます。
全身の筋力が低下して移動機能が衰えると、自立した生活が困難になるおそれがあります。特に痛みを伴う場合は、変形性股関節症や変形性ひざ関節症など、なんらかの運動器疾患が発症している危険性があります。
65歳以上の高齢者を対象とした研究では、日常生活動作(ADL。日常生活を送るために最低限必要な動作)の障害が起こっているかどうかを識別する方法として握力計測が使われています。利き手の握力が16㌔以下だった場合、日常生活動作が低下しており、運動器疾患を招くリスクが高い状態と報告されています。
30秒間の立ち座りの回数で転倒のリスクや下肢の筋力、バランス能力を知ることが可能
②CS-30
CS-30は、30秒間でイスからの立ち座りが何回行えるかによって下肢の筋力を評価する方法です。地域在住の高齢者が転倒する可能性を調査した研究では、CS-30が14回を下回ると転倒リスクが非常に高いと報告されています。
高齢者にとって、転倒は骨折や頭部外傷などの大ケガにつながるおそれがあります。骨折や頭部外傷が原因で介護が必要な状態になることも少なくありません。骨折の症状が軽かった場合でも、若い時に比べると回復に時間がかかってしまいます。また、転倒による不安や恐怖で何事にも意欲が湧かずに気力がなくなってしまい、活動性の低下によって転倒リスクがさらに高まる悪循環に陥ってしまうのです。転倒の危険性を早期に知る方法として、CS-30は非常に有用といえます。
③開眼片足立ち時間
開眼片足立ち時間は、CS-30と同様に、下肢の筋力やバランス能力を評価する方法です。目を開けたまま両手を腰に当てて、片足を床から5㌢ほど上げて立っていられる時間を測定します。
75歳以上の高齢者を対象にした研究では、開眼片足立ち時間を左右の足で行った平均が6秒以下だった場合は、リハビリテーションを開始する必要があると報告されています。また、転倒の危険性に関する研究では、開眼片足立ち時間を左右の足で行った平均が13秒を下回った場合は、転倒のリスクが高い状態と判断できると報告されています。
握力やCS-30、開眼片足立ち時間を正確に計測したい場合は、理学療法士がいる病院で診察を受ける必要があります。正確な数値を知ることは大切ですが、病院で診察を受けることに対して腰が重い人も少なくないことでしょう。そこで、自分の状態を大まかに把握することができる「西九州大学式セルフ検査」のやり方をご紹介します
西九大学式検査で自分の状態を把握し歩行能力の低下や悪化の兆しを早期発見
● ペットボトル開栓
湘南医療大学保健医療学部リハビリテーション学科の森尾裕志教授らの研究グループが行った調査では、未開栓のペットボトルを開けられるかどうかで握力の状態を把握できると報告されています。研究の対象者は、65歳以上の高齢者257名です。
対象者をペットボトルのふたが「開けられる群」「開けられる時と開けられない時がある群」「開けられない群」の三群に分けて分析した結果、〝なんとか〟ふたを開けるのに必要な握力は「15㌔」でした。ペットボトルのふたを開けられない場合は、握力が「10㌔以下」にまで低下していると考えられます。
さらに、私たちの研究グループが行った別の調査では、左右の握力の合計値が「31.6㌔」以下だった場合は、歩行器の導入が必要と判明しました。ペットボトルのふたを開けることが困難な場合や開けられない場合は、全身の筋力や移動能力が低下しているといえます。
● 30秒間の立ち座り
30秒間の立ち座りでは、30秒間でイスからの立ち座りが何回行えるかを計測します。まず、タイマーを30秒に設定します。次に、背もたれは使用せずにイスに座り、腕を胸の前で組んだ状態で始めてください。タイマーの開始と同時にできるだけ速く立ったり座ったりを繰り返して回数を数えます。
注意点として、できるだけ速く立ったり座ったりするため、勢いがついてイスが後ろに倒れてしまう場合があります。不安定なイスやキャスターがついているイスは使わないようにしてください。なるべく頑丈で重たいイスを使うと、転倒リスクが減ります。
健康な方であれば1秒に1回できるため、30秒で30回が目安となります。私たちが行った研究では、30秒で8回以下の患者さんには杖の導入が必要と分かりました。実際に、30秒間の立ち座りが8回しかできない場合は、老化がかなり進行している状態といえます。すぐに整形外科を受診し、適切な治療を受けるようにしましょう。
一つの目安として、30秒間の立ち座りが20回以下の人は下肢の筋力やバランス能力が低下傾向にあると考えられます。変形性股関節症や変形性ひざ関節症などの運動器疾患を発症している可能性もあるため、整形外科専門医の診察を受けることをおすすめします。
● 片足立ち
片足立ちでは、テーブルや壁に片手をついたまま、前を向いた状態で片足ずつ5㌢ほど上げます。その際に、時計の秒針を見ながら足を何秒間上げられたかを計測します。本来はテーブルや壁に手をつかないで計測するのですが、ぐらついて姿勢が保てなくなった時に介助してもらえる環境でなければ非常に危険です。転倒を回避するために、ご自宅で行う際には必ずテーブルや壁に手をついて行ってください。
片足立ちの時間の目安として、左右のどちらかの足で保てた秒数が15秒を下回った場合は、バランス能力が低下していると判断できます。私たちの研究では、片足立ちを左右の足で行った時間の合計が12秒以下の患者さんには杖の使用を推奨しています。
実際に、片足立ちの時間の合計が24秒を下回ると、転倒リスクが高いという報告があります。転倒は骨折や頭部外傷などを招き、最悪の場合は寝たきりになるケースも少なくありません。片足立ちの時間の合計が24秒以下と分かった患者さんは、整形外科専門医に相談することをおすすめします。
「西九州大学式セルフ検査」はご自宅で簡単にできるため、定期的に行うことで、歩行能力の低下や悪化の兆しを早期に見つけることができます。西九州大学式セルフ診断を試して一つでも目安を下回る場合は、整形外科専門医や理学療法士がいる病院で診察を受けるようにしましょう。