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あなたの寿命を決めるカギは〝リン〟にあり!

糖尿病・腎臓内科
JCHOうつのみや病院院長 自治医科大学名誉教授 草野 英二/自治医科大学分子病態治療研究センター 抗加齢医学研究部教授 黒尾 誠

〝クロトー遺伝子〟の発見からわかったスーパー臓器・腎臓研究の最前線対談

尿毒素や老廃物を排出している腎臓は、私たちの体が老化する過程そのものにもかかわっていることがわかってきました。腎臓はあなたの寿命を決めるカギを握っています。『NHKスペシャル』でも話題を集めたスーパー臓器・腎臓の知られざる秘密に、世界的な研究者と腎臓病治療の名医が迫ります。

「クロトー遺伝子の発見は腎機能低下と老化の関係を証明した画期的な研究です」(草野)

[くさの・えいじ]——1949年、福島県生まれ。1974年、東北大学医学部卒業後、北里大学で研修。医学博士。1976年、自治医科大学に赴任後、1981年から2年間、米国に留学。1987年、自治医科大学腎臓内科講師を経て、1993年、同大学助教授。2002年、同大学教授。2015年から名誉教授。日本腎臓リハビリテーション学会監事、栃木県透析会理事を務める。

草野英二院長(以下、草野) 黒尾先生と初めてお会いしたのが2005年前後なので、10年以上のおつきあいになりますね。

黒尾誠教授(以下、黒尾) 草野先生は、私が論文を『ネイチャー』(世界的な権威を持つ英国の学術誌)に発表した1997年当時から、クロトー遺伝子に興味を持っていただいていると聞いています。

草野 先生が老化抑制遺伝子であるクロトー遺伝子を発見されたことで、腎臓病の考え方は大きく変わりました。クロトー遺伝子の研究を始めたきっかけを教えてください。

黒尾 研究用に高血圧のマウス(実験用のネズミ)を生み出そうと遺伝子を操作していたら、老化が早いマウスが偶然生まれたんです。老化したマウスを調べてみると、ある遺伝子が欠損していました。その遺伝子が、クロトー遺伝子です。

草野 黒尾先生は、マウスのクロトー遺伝子を増やす実験も行ったと記憶しています。一般的なマウスの寿命に対し、クロトー遺伝子を増やしたマウスは、約1年も長く生きたそうですね。

黒尾 この実験で、クロトー遺伝子が「老化抑制遺伝子」であることが証明できました。さらに研究を続けたところ、クロトー遺伝子の9割以上が腎臓に存在していることも明らかになったのです。

通常のマウスの寿命は約2年。クロトー遺伝子を欠損させたマウスの寿命は、わずか2ヵ月に短縮。クロトー遺伝子を増やしたマウスは寿命が約3年に延びた

草野 慢性腎臓病の患者さんを治療している私たち医師は、人工透析を受けている患者さんの老化が進みやすいことを実感しています。以前は腎臓から排泄されるべき尿毒素が体内に蓄積することで、細胞や臓器を傷害して心血管系の合併症やがんを引き起こすと考えられていました。黒尾先生の研究で、腎機能の低下と老化の関係が直接結びついたといえます。クロトー遺伝子は、腎臓でどのような働きをしているのでしょうか。

黒尾 体内におけるリンの調整です。クロトー遺伝子から作り出されるクロトーたんぱくは、腎臓に多く存在します。クロトーたんぱくは、体内でリンが過剰になると働くホルモンの指示を受けて、腎臓からリンを体外に排出する働きがあるのです。

草野 リンは骨や歯、細胞膜を作るさいに必要なミネラルで、エネルギーを生み出すときにも使われています。一方で、リンが体内に過剰に増えてしまうと、血管の石灰化が起こります。血管の石灰化は、動脈硬化(血管の老化)を引き起こします。

黒尾 近年の研究で、血中のリン濃度が高い動物ほど寿命が短いことがわかっています。血中のリン濃度が高い人は、低い人に比べて7倍も死亡率が高くなるといわれています。

草野 腎臓の機能が衰えると、クロトー遺伝子も減少します。すると、ホルモンが指示を出しつづけても、リンを体外に排出することはできません。全身にリンがたまるようになり、老化がどんどん進んでしまうのです。

「現代人の食事はリンをとりすぎで加工食品に含まれる無機リンは吸収性が高い」(黒尾)

[くろお・まこと]——1960年、栃木県生まれ。1985年、東京大学医学部卒業。医学博士。東京都老人医療センター(現在の東京都健康長寿医療センター)医員、東京大学医学部附属病院医員、国立精神神経センター研究員、テキサス大学サウスウェスタンメディカルセンター助教授・准教授・教授を経て、2013年より現職。老化抑制遺伝子であるクロトー遺伝子を発見し、研究を重ねている。米国腎臓学会に所属。

黒尾 体内で過剰に増えたリンは血管の石灰化のみならず、腎臓そのものを傷つけるので、腎機能がさらに低下する悪循環が形成されます。老化を抑えるクロトー遺伝子を守るためには、腎機能を保護する必要があるのです。

草野 クロトー遺伝子の存在を知ると、私たちの老化を抑えるカギはリンにあるのだと思えます。腎臓病の食事療法でたんぱく質を制限するのは、たんぱく質に含まれるリンの摂取量を抑えるためと考えられます。

黒尾 マウスを使った実験では、高リン食を与えるとクロトーたんぱくが減少し、低リン食を与えると、もとに戻ることがわかりました。今後、食事でとったリンの吸収を抑える薬が開発されれば、つらい食事制限が不要になるかもしれません。

草野 透析直前の腎不全患者さんには、リンを腸で吸着して体外に排泄する薬が使用されています。たんぱく制限をせずに薬でリンの蓄積を減らし、腎機能低下や心血管病が抑えられることの証明を期待しています。現在は、薬の働きに限度があるので、食事でリンをとりすぎないことが大切です。

黒尾 適正なリンの摂取量は、1日580㍉㌘前後です。ところが、現代人の食生活では1600㍉㌘も摂取しているといわれています。明らかにリンのとりすぎです。

草野 1600㍉㌘という数値は食品だけで計算したもので、食品添加物に含まれるリンは計算されていません。食品添加物に含まれる量も考慮すると、リンの摂取量はもっと多いと考えるべきです。

黒尾 リンの質も重要です。リンには、有機と無機の2種類があります。有機リンは体内への吸収率が60%程度ですが、無機リンは100%です。同じ量のリンを摂取しても、無機リンのほうが体内に多く吸収されてしまいます。

草野 無機リンは、食品添加物に多く含まれています。インスタント食品や清涼飲料水など、食品添加物の多い加工食品を極力控えることが、腎臓に優しく老化を進行させない食生活といえます。

1日に必要なリンの摂取量は580㍉㌘前後だが、現代人は食品だけで1600㍉㌘、食品添加物を加えると、さらに多くとっているといわれている。食品に含まれているリンの多くは有機リンで吸収率は60%前後、多くの食品添加物に含まれる無機リンは吸収率が100%

黒尾 リンの制限は腎臓を守るために必要です。ほかにできることはありますか。

草野 近年の研究で、運動が腎機能の維持や改善につながることがわかってきました。慢性腎臓病の患者さんは安静にすることも大切ですが、運動をする習慣をつけましょう。さらに、腸内環境が悪いと、腎臓に負担をかける尿毒素がより多く作られてしまいます。食事制限の範囲内で、腸内環境を良好にする食生活を意識してほしいものです。

黒尾 運動の習慣と食生活の見直しという生活全般の改善が腎機能の維持につながり、ひいては老化を抑えるのですね。

草野 黒尾先生の研究によって、腎臓という臓器の重要性がより高まったと思います。腎機能が悪化する前から、腎臓の負担にならない生活習慣を、多くの人に心がけていただきたいです。

黒尾 私は今後、リンのとりすぎの危険性について一般の方々に伝えていきたいと思います。さらに、クロトー遺伝子が、ほかの臓器とどのような関連性を持っているか、研究を重ねていきます。