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ジグリング外来を新規開設!「足ゆらマシンをひざ関節症の 患者さんに使ってもらったら、痛みがらくになったとたいへん喜ばれていました」

整形外科
医療法人秋桜会新中間病院整形外科部長 上戸 康平

変形性関節症の方を根治に導けない無力感を覚え、なにかいい方法はないものかと悩んだ

[かみと・こうへい]——2006年、鳥取大学医学部卒業。日赤長崎原爆病院、長崎大学病院臨床研修センター、同大学病院整形外科、長崎県島原病院、長崎市民病院(現・長崎みなとメディカルセンター)、北九州市立八幡病院、大分県立病院などでの勤務を経て、2018年4月より現職。日本整形外科学会専門医・認定リハビリテーション医・認定スポーツ医。
上戸康平先生が診療される新中間病院の連絡先は、〒809-0018 福岡県中間市通谷1‐36‐1 ☎093-245-5501
http://www.shinnakama.or.jp/です。

「1つの病院で終始一貫して患者さんを社会復帰まで導ける医療に携わりたい」。そう思うようになった私は、ご縁があって新中間病院(福岡県中間市)で勤務することになりました。私は、新中間病院に医師としてのキャリアを捧げる覚悟でいます。

医師になって医局に所属していた8年間は、およそ2年おきに病院を人事異動していたため、患者さんの診察はそのときの病院限りのものとなっていました。しかし、実際に新中間病院のような地方の病院で働くことになり、患者さんとのつきあいがずっと続くことも珍しくないのだと痛感するようになったのです。

例えば、ひざや股関節の変形性関節症では、軟骨がすり減っていくのをレントゲン画像などで定期的に観察しながら、痛み止めの薬や湿布薬を処方したり、ヒアルロン酸注射をしたりするなどの対症療法を行うのが一般的です。以前は当然と思っていた治療法ですが、新中間病院で勤務するようになってから「このままずっと患者さんを根治に導けないのか」という無力感を覚えた私は、なにか患者さんを救える治療法はないものかと悩むようになりました。

そんな折、2018年6月に福岡市で開催された第55回日本リハビリテーション医学会学術集会に、理学療法士の先生方といっしょに参加することになりました。そのさい、理学療法士の1人が偶然、足ゆらマシンという医療機器が展示されているブースに立ち寄ったのがきっかけで、その存在を知るようになりました。

変形性ひざ関節症の場合、足ゆらマシンのペダルの上に4つ折りにしたタオルを置いて、ひざの裏を乗せて使うのが効果的と話す上戸医師

変形性股関節症の痛みの軽減や軟骨の再生を目的として、貧乏ゆすりのような動きをする「ジグリング」という保存療法が注目を集めているとのことでした。ただ、軟骨を再生させるためには、ジグリングを1日に2時間行うことが推奨されているそうです。とても自力でジグリングを2時間もこなせないということで開発されたのが足ゆらマシンだったのです。

ただ、興味を抱いたものの、当初の正直な印象は「股関節が対象なのか……」というものでした。というのも、変形性股関節症の患者さんは一般のクリニックにはあまり行かず、結局は人工関節や関節温存の手術が行える大きな病院を紹介されるケースがほとんどだったからです。

以前勤務していた大学や県立の病院で、助手として人工関節手術を数多く経験してきました。まずは外来で筋トレなどを指導しながら経過を見て、その後、痛みで日常生活が送りづらくなり、患者さんが希望されたら人工関節の手術を行うというのがおおよその流れでした。

上先生の提唱するジグリングと出合い目からうろこが落ちるような衝撃を受けた

私は「いずれ人工関節になってしまう患者さんにどれほどの貢献ができるのか」という疑問が拭えませんでした。実際、新中間病院に通われている変形性股関節症の患者数もごくわずかだったのです。

ところが、ある当直の夜、ジグリング療法の提唱者である井上明生先生(柳川リハビリテーション病院名誉院長)が執筆されたジグリングに関する記事を読んで、目からうろこが落ちるような衝撃を受けました。確か2018年7月の終わり頃だったと思います。

まず、CPMの概念が根本的に覆されたことです。CPMはカナダの整形外科医ロバート・ソルター博士によって考案された、ひざや股関節の屈伸を行うリハビリ用の器具です。私たち整形外科医が読む専門書にはすべて「CPMといえば、可動域(動かすことができる範囲)の改善」のことしか述べられていませんでした。しかし、ソルター博士の着眼は、可動域の改善ばかりではなく、軟骨の再生にあったのです。井上先生は、ジグリングに関する記事で初めて日本の整形外科医にCPMと軟骨再生について広めてくださいました。

残念ながら、従来の整形外科では「軟骨は再生しない」というのが常識として受け入れられています。例えば、ひざの人工関節手術のさい、患者さんのひざの骨を見ると、確かに荷重部のひざ軟骨はすり減っています。しかし、その周りには軟骨がたくさんできていることがあるのです。実際に立ち合った人工関節の手術でも、関節周辺にできていた骨棘(骨の突起)は分厚い軟骨で覆われているケースがありました。

「軟骨は再生する!」。そう気づいた私は、軟骨は再生しないわけではなく、必要な部分で再生していないだけだと考えを改めるようになりました。では、どうやって必要な部分の軟骨を再生させられるのか――そこでポイントとなるのが関節液です。

軟骨には、血管やリンパ管、神経がなく、栄養は関節液によって補給されます。しかし、軟骨がすり減って圧力が高くなり、隙間がなくなっているところには関節液は行き渡らなくなってしまいます。隙間が生じないような運動をいくらしたところで、関節液が行き渡ることはありません。

軟骨が再生する詳しいメカニズムは分かっていませんが、関節液による栄養補給は、ジグリングのような関節に負担をかけない連続的な運動によって促されるとされています。ジグリングによって関節周辺の筋肉が弛緩すれば、患部の圧力が低くなって関節液が行き渡るようになると考えられるのです。

ジグリングとの出合いは、私が常々抱いていた疑問が氷解し、すべてがつながった瞬間でもありました。私の専門は外傷で、主に転倒や交通事故、スポーツなどによる骨折が治療対象です。そのため、人工関節にこだわることなく、保存療法の新しい1つとしてジグリングを受け入れることができたのでしょう。

ジグリングを変形性ひざ関節症の患者さんにも応用するためジグリング外来を開設

変形性ひざ関節症の場合、足ゆらマシンのペダルの上に4つ折りにしたタオルを置いて、ひざの裏を乗せて使うのが効果的と話す上戸医師

その後、すぐにインターネットでジグリングの情報を集める中で、「ジグリング.info」というサイトにたどり着きました。居ても立ってもいられなくなった私は、そのサイトの問い合わせフォームからメールを送り、それがきっかけとなってジグリングに関するさまざまな情報を得ることができたのです。

ご縁とは不思議なもので、ちょうどその頃、他の病院で右側の股関節の人工関節手術を受けた後、リハビリのために当院に外来で通われている変形性股関節症のAさん(72歳・女性)がいました。術後、手術をしなかった左側の股関節の状態も悪化し、手術を担当した医師から人工関節の手術をすすめられていたそうです。しかし、Aさんは手術したほうの足の筋力がまだ十分に回復していないことから不安を覚え、手術をちゅうちょされていました。

板挟みになったAさんは、2018年8月に私のもとに相談に来られました。そこで、私はAさんにジグリングという保存療法があることを説明し、Aさんの意向を確認したうえで足ゆらマシンの使用を指導しました。

Aさんは股関節の痛みのせいで連続して20分足ゆらマシンを使うのが困難だったため、1セットを10分とされました。また、お孫さんの世話が忙しく、1日合計1時間程度しか使用できていません。しかし、足ゆらマシンを使いはじめて2ヵ月後、股関節の激痛が半減するまでに改善。いまでも左股関節の状態を維持し、人工関節手術を回避することができています。

ジグリングは骨盤側の受け皿(寛骨臼)の発育が不十分な寛骨臼形成不全の程度が重度の場合、関節温存手術が必要になったり、適応がよくなかったりすることがあるといいます。寛骨臼形成不全がなかったAさんのケースは、ジグリングの非常によい適応例だったといえます。

2万坪の広大な丘陵地にある「ウェルパークヒルズ」という医療・福祉コミュニティの基幹病院として全国から注目を集める新中間病院

変形性股関節症もさることながら、新中間病院には桁違いに数が多い変形性ひざ関節症の患者さんが通われています。私は、どうにかしてジグリングを変形性ひざ関節症の患者さんにも応用できないかと考え、2018年9月からジグリング外来を開設することにしました。毎月の第2・第4金曜日にジグリング外来を開き、毎回新規の患者さんにジグリングのやり方などを指導しています。足ゆらマシンを使っている患者さんの内訳は、変形性ひざ関節症25人、変形性股関節症と五十肩がそれぞれ数人です。

ジグリングの効果は絶大で、痛みが2~3割減ったという患者さんが半分くらい、中には1~2週間で痛みが半減した患者さんも何人かいます。また、変形性ひざ関節症の患者さんの中には、ひざにたまる水(関節水腫)が改善し、水を抜く必要がなくなった人もいます。

副作用が少なく安心・安全なジグリングは1度試してみる価値のある保存療法といえる

上戸医師(左)からジグリングの指導を受ける変形性股関節症の患者さん。足ゆらマシンを購入したばかりで改善に期待を寄せていると話す

実をいうと、私は以前、サプリメントや健康器具、民間療法など、保険診療外のものは頭ごなしに否定するタイプの医師でした。しかし、ジグリングと出合い、その効果を目の当たりにするようになってからは、患者さんに相談されるたびに「負担にならない程度にやってみたら」と答えるようにしています。患者さんの症状を改善する一助になるのであれば、標準治療の範囲外でも医師個人の常識に縛られて拒絶する必要はないと、180度考えを改めるようになったのです。

ジグリングの最終目標は軟骨の再生です。しかし、私は患者さんの生活の質(QOL)の改善がなによりも重要だと考えています。というのも、軟骨には神経がないため、軟骨の再生を自覚することはありません。実際に臨床現場の第一線で働いていると、時期的に軟骨はまだ再生していないであろうにもかかわらず、杖が不要になったり、山歩きを楽しめるようになったりした患者さんの喜びがじかに伝わってくるからです。

私は、医師任せではなく、治療に前向きな患者さんを積極的に応援したいと考えています。これまでは有効な保存療法がなく、「自分の体が悪くなる一方だ」と受け身にならざるをえなかった患者さんでも、ジグリングには取り組むことができます。確かに1日合計2時間を目標にして継続するのは容易なことではないかもしれません。しかし、ジグリングは、患者さんが前向きに取り組めば取り組むほど、その成果を実際に体感できる数少ない保存療法の1つといえるのです。

ジグリングは副作用の心配も少なく安心・安全です。人工関節手術以外に他の治療法がなく、なにか手だてはないかと困っているという患者さんは、年齢や病期に関係なく、一度ジグリングを試してみる価値があるといえるでしょう。