福岡腎臓内科クリニック副院長 谷口 正智
慢性腎臓病患者は骨・ミネラルの代謝異常で血管の石灰化を招き心臓病・脳卒中の危険大
「慢性腎臓病に伴う骨・ミネラル代謝異常(CKD-MBD)」は、慢性腎臓病の患者さんの腎機能の低下の進行とともに見られる、高リン血症や低カルシウム血症、活性型ビタミンDの産生量の低下、二次性副甲状腺機能亢進症などの骨やミネラルの代謝異常のことです。
慢性腎臓病に伴う骨・ミネラル代謝異常がさらに進むと、尿中のリンが十分に排出されずに血液中に残留してしまうばかりか、副甲状腺から副甲状腺ホルモン(PTH)が分泌されつづけて骨から血液中へとカルシウムが溶け出してしまい、血液中のカルシウムとリンの濃度が高くなります。その結果、過剰になったカルシウムとリンが全身の血管に付着して血管が硬くなる「血管の石灰化」という現象を引き起こします。慢性腎臓病の患者さんに心臓病や脳卒中などの発症率が高いのは、血管の石灰化も関係していると考えられます。
慢性腎臓病が心臓病や脳卒中などの血管障害に関係していることは近年の研究からも明らかになっています。九州大学の研究グループが長年にわたって福岡県久山町で行っている住民の健康調査もその1つです。久山町での調査の結果、慢性腎臓病の患者さんは心血管疾患(心臓や血管など、循環器系に起こる病気)の発症率が約3倍になることが明らかになっているのです。
最近の研究で、慢性腎臓病に伴う骨・ミネラル代謝異常の発症のカギを握っているのは、リンであることが明らかになってきました。リンの蓄積は腎不全になる前のもっと早い段階(ステージG2~3)から始まっており、そのせいでカルシウム濃度が低下し、二次性副甲状腺機能亢進症を引き起こしている可能性が出てきたのです。
慢性腎臓病に伴う骨・ミネラル代謝異常に加えて、血管の石灰化で注目すべきなのは、腎臓と骨が連携して行う “老化の抑制”という働きです。腎臓と骨が連携して行う“老化の抑制”という働きに不可欠なものこそ、1997年に発見された「クロトー遺伝子」です。
クロトー遺伝子が欠損したマウスには、成長障害や不妊、胸腺・皮膚の萎縮、骨粗鬆症、認知症のほか、血管の老化ともいえる動脈硬化が引き起こされることが分かったのです。どれも加齢によって生じる症状で、クロトー遺伝子が欠損したマウスは短命であることも分かっています。
クロトー遺伝子は「クロトーたんぱく」を生み出す設計図です。体内でクロトーたんぱくが減少すると、人間にもマウスと同様の老化現象が現れると考えられます。また、その後の研究で、クロトーたんぱくは主に腎臓で作られることが判明しました。さらに、慢性腎臓病を発症して腎機能が低下すると、クロトーたんぱくも減少して老化が進んでしまうことが証明されつつあるのです。
リンの排出不良には骨から分泌されるホルモンも関与し血管の石灰化を助長
クロトーたんぱくの働きが解明されるにつれて、ミネラルの1種であるリンに“老化促進物質”という側面があることが分かってきました。リンは私たちの体に欠かせない栄養素の1つです。骨や歯、細胞膜の材料になったり、エネルギーを作ったりする際に使われています。しかし、その反面で、体内のリンが過剰になると、血管の石灰化が引き起こされます。血管の石灰化が進むと、動脈硬化も進行してしまうのです。
前述のとおり、腎臓は血液をろ過して老廃物を排出したり、水分やナトリウム、カリウム、カルシウム、リンなどの成分(電解質)を調整したりする役割を果たしています。尿中に排出すべきリンの量を腎臓に伝える働きをしているのが、骨から分泌される「FGF23」というコミュニケーション物質です。
骨から分泌されたFGF23を腎臓がきちんと受け取ることで、尿中にどの程度の量のリンを排出するかを決めています。その際、腎臓でFGF23と結合する受容体となっているのがクロトー遺伝子から作られるクロトーたんぱくなのです。
クロトー遺伝子が壊れると、当然、クロトーたんぱくも作られなくなり、腎臓はFGF23の受容体を失ってしまいます。その結果、腎臓はFGF23から伝わるはずだった必要なリンの排出量を把握できなくなり、体内のリンの調節が行えなくなってしまうのです。
腎臓は、血液をろ過して尿を作る「ネフロン」という小さなフィルターの集合体です。腎臓には左右にそれぞれ約100万個のネフロンがあるものの、その数は加齢とともに減少していきます。ネフロンの数が減少しているにもかかわらず、リンの摂取量を制限しないでいると、ネフロン1つ当たりのリンの排出量が増えて負担も増加します。さらに、リンの排出を促すために骨から送り出されるFGF23の分泌量が過剰に増え、受容体であるクロトーたんぱくの減少を加速させます。その結果、ネフロン1つ当たりの負担がますます増加し、腎機能がさらに低下するという悪循環に陥ってしまうのです。
慢性腎臓病は早期の段階から食事療法や薬物療法を行えば、進行を遅らせることが期待できます。また、活性型ビタミンDの不足を補うため、活性型ビタミンD製剤を処方することもあります。ただし、多量の使用に加え、腎機能が著しく低下している患者さんの場合は少量の使用でも腎機能が悪化することがあるため、使い方には注意が必要です。骨粗鬆症や心臓病、脳卒中などの合併症を未然に防ぐためにも、慢性腎臓病そのものの早期発見・早期治療に努めましょう。