川田歯科医院院長 川田 悟司
噛み合わせのズレは姿勢の乱れを招き脊柱管狭窄症の悪化も引き起こす重大要因
私は日本顎咬合学会が認定した専門医として、30年以上前から「咬合」を重視した歯科治療に取り組んでいます。咬合とは「噛み合わせ」といい換えることができます。咬合の乱れ、すなわち「噛み合わせのズレ」による悪影響は口の中だけと思われがちですが、大きな間違いです。咬合の影響は口腔内にとどまらず全身に及びます。頭痛をはじめ、耳鳴り・めまい、首・肩こりや腰痛など、病院の治療では改善しなかったさまざまな不調の原因が噛み合わせのズレだったということも少なくないのです。
噛み合わせのズレを引き起こす原因の1つが、歯の摩耗です。自転車や車に乗りつづけるとタイヤの溝がすり減っていくように、私たちの歯も毎日使いつづけることで徐々にすり減っていきます。
その意味では、歯の摩耗は加齢現象といえますが、摩耗の程度に「偏り」があると噛み合わせのズレが起こりやすくなります。例えば、食事の際に片側の歯で噛むクセがある人は、左右の歯の摩耗の程度が異なって歯の高さに違いが生じるようになります。歯の摩耗は少しずつ進行するため、左右の歯の高さの違いに気づくことはまずありません。歯の摩耗によって作られた微細な歯の高さの違いが噛み合わせのズレとなり、姿勢の乱れや全身のバランスを崩してしまうのです。
日本人の8割以上は、噛み合わせにズレがあるといわれています。まずは皆さん、ご自身の顔を鏡でご覧ください。「左右の目の大きさが違う」「眼鏡の位置が左右で異なる」といった様子は見られませんか? ほかにも、顔の片側だけほうれい線が現れている人は、左右の歯の高さが異なって噛み合わせのズレが起きている危険サインです。古代エジプトの女王・クレオパトラは顔のパーツが左右対称(シンメトリー)にあることから絶世の美女と謳われましたが、鏡を見ている読者の方の8割以上は顔面の左右のバランスが乱れていることでしょう。おそらく、その方々の多くは顔のみならず姿勢も崩れて、ひざや腰に過度な負荷がかかっているおそれがあります。
このように、噛み合わせのズレによる顎の左右バランスの乱れは、頭・首・肩・腕・腰・脚へと波及していきます。私たちの顎は、食べ物を噛むだけでなく、頭を支える部位の1つとしての役割もあります。通常、頭の重さは体重の1割程度といわれます。体重50㌔㌘の女性は約5㌔㌘、体重70㌔㌘の男性なら約7㌔㌘もの重さを載せています。ズッシリと重いボーリングの球を頭上に載せ、バランスを取りながら生活をしているようなものです。
噛み合わせのズレによって体の片側に過度な比重がかかると、全身の中の弱い部位から悪影響が現れるようになります。変形性ひざ関節症の人はひざ、脊柱管狭窄症の人は足腰の痛みが悪化するといった具合です。実際に、脊柱管狭窄症をはじめ、足腰の痛みに悩まされて整形外科で診察を受けても改善しなかった患者さんが、噛み合わせ治療で痛みが軽減したケースもあるほどです。
加齢のほかに、歯の摩耗の原因となるのが「歯ぎしり」です。ストレスなどが原因で夜の就寝中に歯ぎしりが続くと、通常より速く歯がすり減ります。最近では「TCH」(Tooth Contacting Habit=上下歯列接触癖)と呼ばれる、無意識のうちに上下の歯を接触させるクセのある人が増えています。仕事や人間関係のストレスなどによって日中でも歯を噛み締めつづけることで、歯の摩耗が進んでしまうのです。
歯科医院で受ける虫歯や入れ歯の治療も噛み合わせのズレを起こしやすいので要注意
噛み合わせのズレは、加齢や歯ぎしりによってもたらされますが、盲点といえるのが「歯科治療における調整不具合」です。
例えば、あなたが経験した、もしくは現在受けている虫歯治療の光景を思い出してください。リクライニングシートに座った後、背もたれを倒されて治療を受けていませんか?
私たちは多くの時間を立位の姿勢で過ごします。私は、噛み合わせの治療やその後の確認・調整は、患者さんが立位の状態で行われるべきと考えています。日常生活と異なる顎の位置で調整をすると、微細な噛み合わせのズレが生じやすくなるからです。
虫歯治療の際、リクライニングシートで仰向けになり、歯に詰め物やかぶせ物を施されて起き上がった時に、噛み具合に違和感を覚えたことはありませんか? 歯科医師から「しだいに慣れますよ」といわれたものの、その時に感じた噛み合わせの違和感こそ、その後に不調をもたらす大きな原因なのです。
噛み合わせの状態は、歯の隙間の有無を調べられるオクルーザルフィルムというフィルムを用いて調べることができます。通常の歯科医院は、毛髪の2分の1程度のズレを判別できるフィルムを用いますが、私の医院では毛髪の10分の1という微細なズレも分かる特殊なフィルムを用いて検査をしています。
私の噛み合わせ治療によって体調が回復した患者さんの中に、東京都区の町工場で働く30代の男性がいらっしゃいます。大田区といえば、ネジやボルトといったパーツ作りの達人たちが集まる、日本を代表する工業職人の町です。私はその男性から、「先生の治療は、私たちの世界でいうチャンファーです」といわれました。チャンファーは「面取り」「加工」を意味する工業用語ですが、人間の体も機械と同じように、ミリではなくミクロン単位の調整によって正しく機能するのです。
噛み合わせのズレの有無を調べるには、口腔内のバランスを診断する「フェイスボウトランスファー」という検査を受ける必要があります。歯科医師にとっても難しい検査といえるため実施している歯科医院は多くありませんが、これまで述べてきたように、噛み合わせのズレによって首から下の部位にズレが生じるおそれがあります。脊柱管狭窄症のみならず、全身の不調に悩まされている方は、噛み合わせのズレを疑いましょう。