実をいうと、私は以前、サプリメントや健康器具、民間療法など、保険診療外のものは頭ごなしに否定するタイプの医師でした。しかし、ジグリング(貧乏ゆすり様運動)と出合い、その効果を目の当たりにするようになってからは、患者さんの症状を改善する一助になるのであれば、標準治療の範囲外でも医師個人の常識に縛られて拒絶する必要はないと180度考えを改めるようになったのです。
私がジグリングと出合ったのは、2018年6月に福岡市で開催された第55回日本リハビリテーション医学会学術集会でのことでした。いっしょに参加していた理学療法士の1人が偶然、足ゆらマシンという医療機器が展示されているブースに立ち寄ったのがきっかけで、その存在を知るようになったのです。
ただ、興味を抱いたものの、当初の正直な印象は「股関節が対象なのか……」というものでした。というのも、変形性股関節症の患者さんは一般のクリニックにはあまり行かず、結局は人工関節や関節温存の手術が行える大きな病院を紹介されるケースがほとんどだったからです。
ところが、ある当直の夜、ジグリング療法の提唱者である広松聖夫先生(柳川リハビリテーション病院リハビリテーション科部長)と井上明生先生(柳川リハビリテーション病院名誉院長)が執筆されたジグリングに関する論文を読んで、目からうろこが落ちるほどの衝撃を受けました。
まず、CPMの概念が根本的に覆されたことです。CPMはひざや股関節の屈伸を行うリハビリ用の器具です。私たち整形外科医が読む専門書にはすべて「CPMといえば、可動域(動かすことができる範囲)の改善」としか述べられていませんでした。しかし、ソルター博士の着眼点は、可動域の改善ばかりでなく、軟骨の再生にあったのです。広松先生と井上先生は、この論文で初めて日本の整形外科医にCPMと軟骨再生の関連性について広めてくださいました。
残念ながら、従来の整形外科では「軟骨は再生しない」というのが常識とされています。例えば、ひざの人工関節手術のさい、患者さんのひざの骨を見ると、確かに荷重部のひざ軟骨はすり減っています。しかし、その周りには軟骨がたくさんできていることがあるのです。実際に立ち合った人工関節の手術でも、関節周辺にできていた骨棘(骨の突起)は分厚い軟骨で覆われているケースがありました。
「軟骨は再生する!」。そう気づいた私は、軟骨は再生しないわけではなく、必要な部分で再生していないだけだと考えを改めるようになりました。
軟骨には、血管やリンパ管、神経がなく、栄養は関節液によって補給されます。しかし、軟骨がすり減って圧力が高くなり、隙間がなくなっているところには関節液は行き渡らなくなってしまいます。そこで、ジグリングのような関節に負担をかけない連続的な運動によって関節周辺の筋肉が弛緩すれば、患部の圧力が弱くなって関節液が行き渡るようになり、軟骨が再生すると考えられるのです。
ジグリングとの出合いは、私が常々抱いていた疑問が氷解し、すべてがつながった瞬間でもありました。私の専門は外傷で、主に転倒や交通事故、スポーツなどによる骨折が治療対象です。そのため、人工関節にこだわることなく、保存療法の新しい一手としてジグリングを受け入れることができたのかもしれません。
その後、他の病院で人工関節の手術をすすめられていた変形性股関節症の患者さん(72歳・女性)が足ゆらマシンを試し、股関節の激痛が半減するまでに改善したのを目の当たりにした私は、ジグリングの効果を実感。2018年9月から、当院でジグリング外来を開設することにしました。毎月第2・第4金曜日にジグリング外来を開き、毎回新規の患者さんにジグリングのやり方などを指導しています。足ゆらマシンを使っている患者さんの内訳は、変形性ひざ関節症25人、変形性股関節症と五十肩がそれぞれ数人です。
ジグリングの普及に努め開業医レベルでの協力者が増えていくことを祈っている
2019年1月7日、ジグリング療法の提唱者である広松先生と井上先生にお目にかかる機会に恵まれました。しかし、その直後の1月下旬、井上先生の訃報が私のもとに届きました。2017年に医局を離れ、独り新天地である新中間病院(福岡県中間市)に赴いた私にとって「自分の考えを受け入れてくれる先生にようやく出会えた」と喜んでいたやさきの出来事でした。
井上先生にお会いしたさい、著書にサインをしていただきました。そのサインは私にとって応援の言葉にほかなりません。私は、これからも〝足ゆら大国 福岡〟を目指してがんばっていきます。そして、ジグリングの普及に努めながら、地域に根ざした草の根活動を担う、開業医レベルでの理解者・協力者が増えていくことを祈っています。