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下肢の痛み・しびれは閉塞性動脈硬化症による血流障害も原因で脳・心筋梗塞に要警戒

糖尿病・腎臓内科

横浜総合病院創傷ケアセンター長/心臓血管外科部長 東田 隆治

間欠性跛行を起こす閉塞性動脈硬化症は重度の動脈硬化で7割が糖尿病を合併

[ひがした・りゅうじ]——石川県生まれ。1989年、金沢大学医学部卒業後、東京女子医科大学第二病院(現・足立医療センター)、米国コロラド大学留学、滋賀医科大学勤務を経て現職。血管外科医として、順天堂大学足の疾患センター(東京都文京区)でも診察を行う。三学会構成心臓血管外科専門医、日本循環器学会循環器専門医、日本外科学会外科専門医、日本フットケア・足病医学会評議員・理事。

私が所属している日本フットケア・足病医学会は、脚の壊死(えし)やそれに伴う切断を防ぐため、さまざまな治療・研究・啓発活動を行っています。脚の壊死を引き起こし、症状の進行によっては切断を余儀なくされる深刻な疾患として、閉塞性動脈硬化症(へいそくせいどうみゃくこうかしょう)が挙げられます。

閉塞性動脈硬化症は、血管に狭窄(きょうさく)や閉塞が起こって血流が悪化し、全身の細胞や組織に酸素や栄養が届きにくくなる症状です。閉塞性動脈硬化症が起こりやすい体の部位は、全身の中でも「下肢(かし)」です。下肢の動脈は長く、心臓から最も遠い位置にあるため、血管の狭窄や閉塞が起こりやすいと考えられます。現在、日本国内における閉塞性動脈硬化症の患者数は約40万人と推定されています。自覚症状が出ていない人も含めると、潜在患者数は約80万人にも達するといわれているのです。

閉塞性動脈硬化症は、下肢の血流の滞りに伴って痛みとしびれが起こるようになり、しだいに間欠性跛行(かんけつせいはこう)と呼ばれる歩行障害を招きます。間欠性跛行は、歩行時に下肢に痛みやしびれが生じ、立ち止まってしばらく休むと治まる症状です。

間欠性跛行は、神経に原因がある「神経性跛行」と、血管に原因がある「血管性跛行」の二種類に分けられます。神経性跛行を引き起こす代表的な疾患が、腰部脊柱管狭窄症(ようぶせきちゅうかんきょうさくしょう)です。背骨を構成する椎骨(ついこつ)が重なってできるトンネル状の管が狭窄し、中を通る神経が障害されることで起こります。

間欠性跛行を招くもう一方の原因が、血管性跛行です。動脈硬化(血管の老化)が進行して起こる閉塞性動脈硬化症は、血管性跛行を引き起こす大きな原因といえます。

閉塞性動脈硬化症を診断する際は、「フォンテイン分類」と呼ばれる分類法を用いて進行度を確認します。

軽度とされるⅠ度の段階では、足の冷えとしびれが特徴です。Ⅱ度になると、歩行時に間欠性跛行の症状が現れます。

Ⅲ度まで進行すると、安静にしていても足の血流が不足し、痛みが起こるようになります(安静時疼痛(とうつう))。末期といえるⅣ度まで進行すると、足に壊疽(えそ)潰瘍(かいよう)が発生するようになります。

壊疽とは、血流が悪化して酸素や栄養が届かなくなったり、細菌に感染したりすることで細胞が壊死(えし)した状態のことをいいます。潰瘍とは、粘膜(ねんまく)や皮膚の表面の傷が再生せず、深くえぐれた状態のことです。

閉塞性動脈硬化症は、Ⅰ度もしくはⅡ度の段階で適切な治療を受けられるかどうかが大切です。初期段階であれば、閉塞性動脈硬化症の治癒(ちゆ)は十分に可能といえます。しかし、油断はできません。特に、糖尿病の患者さんは、閉塞性動脈硬化症が初期であっても治療が困難になることがあります。

さらに、糖尿病の患者さんは健康な人と比べて4倍近くも閉塞性動脈硬化症になりやすいことが分かっています。私が勤務する横浜総合病院内にある創傷ケアセンターで治療を受けた閉塞性動脈硬化症の患者さんを14年間にわたって調べたところ、受診した416人のうち281人(約7割)が糖尿病を合併していたのです。

間欠性跛行は閉塞性動脈硬化症の初期症状の一つですが、症状が現れない「無症候性閉塞性動脈硬化症」と呼ばれる患者さんが少なくありません。原因は、糖尿病の三大合併症の一つとされる糖尿病性神経障害にあります。糖尿病によって神経障害が起こると痛みやしびれを感じにくくなり、間欠性跛行などの歩行障害そのものに気づかないことがあるのです。無症候性閉塞性動脈硬化症は、症状のある患者さんの3倍にも上るといわれています。

Ⅲ度以降に起こる自覚症状の安静時疼痛と壊疽、潰瘍を合わせて「重症虚血肢(じゅうしょうきょけつし)」といいます。重症虚血肢の症状が現れた段階では、通常はバイパス手術や血管内手術(カテーテル手術)で脚の血流を回復させる方法が選択されますが、手術が難しいと判断されると脚の切断が避けられなくなります。

横浜総合病院創傷ケアセンターでは、主に閉塞性動脈硬化症による難治性の傷や壊疽などの治療を行っています。私たちの創傷ケアセンターで行うチーム医療によって、67.3%もの患者さんが脚の切断を回避しています。

脚の切断を回避するには、壊疽につながるケガの予防が不可欠です。足に()れ・赤み・水ぶくれ・傷ができていないかを定期的に観察する習慣をつけましょう。

閉塞性動脈硬化症と診断されている患者さんに注意していただきたいのが、心筋梗塞(しんきんこうそく)や脳梗塞などに代表される心血管障害です。日本を含む世界の44ヵ国、6万8000人を対象にした調査では、閉塞性動脈硬化症の患者さんの約54%が虚血性心疾患、約24%が脳血管障害を併発していることが分かっています。

さらに、閉塞性動脈硬化症の患者さんの多くは、発症して5年以内に3割近くが血管に関わる病気で亡くなっていることも報告されています。「5年以内に3割近くが死亡」という数字は深刻そのもので、脚の切断を余儀なくされる確率よりも高く、大腸がんの死亡率を超える怖い数字なのです。

閉塞性動脈硬化症を引き起こす要因の中でも特に注意したいのが、全身の血管に動脈硬化を引き起こす糖尿病です。先に解説したように、糖尿病と閉塞性動脈硬化症は相互に合併しやすい関係にあります。糖尿病はそのほかにも、複数の合併症を引き起こすやっかいな病気です。

糖尿病は動脈のみならず全身の血管に影響を及ぼしますが、特に障害を受けやすいのが毛細血管です。神経障害・網膜(もうまく)症・(じん)症は「糖尿病の三大合併症」と呼ばれていますが、これらの臓器と器官は毛細血管が集まっていることから糖尿病の影響を受けやすいのです。

三大合併症の一つである糖尿病性腎症は、糖尿病が進行して腎臓の機能が低下することで起こる合併症です。腎臓は体内のカルシウム濃度を一定に保つ役割を担っているため、腎機能の低下によって血液中のカルシウム濃度をコントロールすることが困難になります。その結果、体内のカルシウムが血管の細胞に沈着し、石灰化(硬化)を招いてしまうのです。

石灰化して硬くなった血管では血流がさらに悪化し、足の壊疽や潰瘍が治りにくくなり、最悪の場合は脚の切断にまで至ります。私は長年の診療経験から、腎症が進んで人工透析(じんこうとうせき)を受けている患者さんは、壊疽が起こった際に脚の切断に至る場合が多いと感じています。

近年になって、閉塞性動脈硬化症が「フレイル」と関係があることも明らかになりつつあります。フレイルとは、加齢によって体力や気力が弱まっている状態のこと。身体的問題、認知機能障害などの精神的・心理的問題、経済的困窮などの社会的問題など、さまざまな面からなる概念で、要介護状態の前段階と考えられています。

研究途上の段階ではありますが、閉塞性動脈硬化症とフレイルには「下肢の血流」「下肢の筋肉の機能」「歩行動作」という三つの要素に密接な関係があるといわれています。実際に、下肢の血流が悪くなっている人ほど、フレイルになる危険性の高いことが研究によって明らかになっています。

閉塞性動脈硬化症の進行を抑えるには「下肢の血流を改善すること」が不可欠です。私が診療する創傷ケアセンターでは、初期の閉塞性動脈硬化症の患者さんに、運動療法としてウォーキングをすすめています。

過去に行われた研究では、ウォーキングを週に3回以上、1回につき30分以上行うと、閉塞性動脈硬化症の改善に有効であると報告されています。ウォーキング中に多少の痛みやしびれを感じても、我慢して続けたほうが効果的です。閉塞性動脈硬化症が原因の間欠性跛行も、運動療法によって改善することが知られています。

ウォーキングをする際は、靴ずれなどによって足に傷を作らないように細心の注意を払いましょう。閉塞性動脈硬化症の患者さんは、血流の悪さから栄養が末端の細胞に届きにくく、足に傷ができると治りにくいのです。さらに、糖尿病や慢性腎臓病を合併している人は免疫機能が低下しているため、傷から侵入した細菌が繁殖して()み、壊疽や潰瘍が起こりやすくなります。

閉塞性動脈硬化症の患者さんは、足に強い負荷をかけつづける動作を避けましょう。足に負担をかけるハイヒールなどの靴や、サイズの合わない靴を履いていると足が変形しやすくなります。足の変形があるとタコや魚の目などから傷が生じ、壊疽を引き起こす原因になるので注意してください。

足切断の回避策は壊疽・潰瘍の予防が大切でアキレス腱のストレッチが有効

閉塞性動脈硬化症の患者さんは、「足首を柔軟に保つ」ことも心がけましょう。足首の関節が曲がりにくくなると、歩行時に足先に負担がかかってつまずきやすくなったり、足先を引きずるようになったりします。その結果、体重を足裏全体に分散できなくなり、偏って圧力がかかった足の部位には傷ができやすくなって壊疽や潰瘍の原因になってしまうのです。

足首の関節を柔軟にするには「アキレス(けん)ストレッチ」が有効です。1日1回程度行うと、足の変形やケガの回避につながります。足の傷を予防するため、室内で実践する時は必ず靴下を履くようにしましょう。

ウォーキングやアキレス腱ストレッチは、閉塞性動脈硬化症だけでなく、糖尿病やフレイルの予防・改善にも有効です。無理のない範囲で取り組み、習慣化することを目指しましょう。

入浴や足湯も効果的です。毎日の入浴のほかに、バケツや洗面器に38~40℃のお湯を入れて、1日に数回、1回当たり15~20分ほど足をお湯につけると足の血流が促されます。

糖尿病を合併している患者さんは、神経障害によってお湯の温度に鈍感になっているおそれがあります。入浴や足湯をする際は、やけどをしないように、温度計などでお湯の温度を確かめてください。足に傷のある人、潰瘍や壊疽のある人は、雑菌が傷に侵入する危険性があります。足湯をする前に、ていねいに足の状態を確認しましょう。

閉塞性動脈硬化症は、初期の段階では自覚症状が現れにくく、早期発見が難しい疾患です。患者数が増える65歳以上の人は定期的に検査を受けて、早期発見・早期治療ができるようにしましょう。2023年4月から、閉塞性動脈硬化症とフレイルの関係を調べる疫学(えきがく)調査が始まりました。調査の参加者は無料で定期的に脚の血流の検査を受けることができます。