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新見解!高齢で3期の慢性腎臓病にはたんぱく制限が不要と示唆されフレイル予防が重要

糖尿病・腎臓内科

森ノ宮医療大学大学院保健医療学研究科看護学専攻准教授 関口 敏彰

「高齢のCKD患者にたんぱく質摂取量の制限が必要か」という疑問から研究を開始

[せきぐち・としあき]——2007年、武蔵工業大学環境情報学部・慶應義塾大学看護医療学部卒業後、京都大学大学院医学系研究科社会健康医学系専攻修了。大阪大学大学院医学研究科保健学専攻修了。博士(保健学)。慶應義塾大学病院、箱根町役場、宇治市役所、森ノ宮医療大学保健医療学部看護学科を経て、2016年4月から現職。森ノ宮医療大学第5回学長賞受賞(優秀論文賞)。日本公衆衛生看護学会所属。

私は看護師・保健師の立場から、疫学(えきがく)調査と研究を行っています。さまざまな研究に携わる中で、「高齢の慢性腎臓(まんせいじんぞう)(びょう)(CKD)患者さんにもたんぱく質の摂取制限が必要なのか?」という疑問に直面しました。

慢性腎臓病の治療について記載されている『CKD診療ガイドライン2018』では、たんぱく質の制限について「低栄養の懸念から、一定のたんぱく質摂取を確保すべきとの見解がある。腎臓専門医と管理栄養士を含む医療チームの管理下で行われることが望ましい」と書かれています。患者さんの年齢や身体面の機能の状態によっては、たんぱく質の摂取制限が予後の悪化につながる可能性もあるのではないかと考えて、早速調査を行ったのです。

調査方法は、3年間の追跡調査によるコホート研究(前向き調査)です。コホート研究は、疾病の要因と発症の関連を調べるために行われる観察的研究の一つです。我々が取り組むコホート研究はSONIC(ソニック)研究と名づけ、70~100歳以上の方を対象にしています。

対象者は、同意を得られた70歳・80歳・90歳の男女です。ただし、すでに透析(とうせき)治療を受けている方とステージがG5の方などは対象外としました。

調査開始後、計1160人分のデータが集まりました。内訳は、70歳が550人、80歳が549人、90歳が61人です。調査結果を分析したところ、対象者全体では、たんぱく質や動物性たんぱく質の摂取量と1年当たりのeGFR(推算()(きゅう)(たい)ろ過量)変化値に統計上の有意な関連は見られませんでした。ところが、ステージG3~4に属する対象者に限っては、たんぱく質の摂取量と腎機能変化値に有意な正の関連が見られたのです。ここでいう正の関連とは、たんぱく質を多く摂取するほど、eGFR値の低下が少ない(腎機能の悪化が緩い)ことを指します。

この結果は、「腎機能が軽度低下した高齢者は、腎機能を維持するためにたんぱく質の摂取量を制限しないほうがいい」ことを示唆しています。高齢の慢性腎臓病患者さんにおいて、たんぱく質の摂取量が多いほどeGFR値の低下速度が緩やかだった理由はまだ解明されていません。現状の仮説では、たんぱく質を多く摂取することで、プレフレイルやフレイルになる傾向を抑制し、腎機能の保持に役立ったと考えられます。

「虚弱」と訳されるフレイルは、加齢に伴う予備能力低下のため、ストレスに対する回復力が低下した状態のことをいいます。フレイルは、要介護状態に至る前段階として位置づけられ、身体的(ぜい)(じゃく)(せい)のみならず、精神・心理的脆弱性や社会的脆弱性など、多面的な問題を抱えやすいとされています。フレイルは自立障害や死亡を含む健康障害を招きやすく、前段階であるプレフレイルの予防が健康維持のカギといっても過言ではありません。

別の研究結果では、65歳以上でフレイルの状態だった人のうち、eGFR値が60以上は6%、eGFR値が60未満は15%と報告されています。高齢で腎機能値の低下が見られた人が2倍以上もフレイルになっていたというデータから、腎機能値の低下とフレイルの深い関係が分かりました。

さらに、フレイルと密接な関係にあるサルコペニア(全身の筋肉量が減少し、筋力や運動機能の低下が進行した状態)を合併した高齢のCKD患者さんは、サルコペニアを合併していない場合と比較して生命予後が悪いという研究報告もあります。また、糖尿病の患者さんがサルコペニアを合併すると、たんぱく尿や腎機能の低下が見られたり、フレイルを合併した慢性腎臓病の患者さんは、死亡または末期腎不全のリスクが2.5倍も高くなったりするという報告もあります。

高齢の慢性腎臓病患者さんがたんぱく質や動物性たんぱく質の摂取量を減らすと、フレイルやサルコペニアのリスクを高める調査報告もあります。そしてその結果、腎機能低下をはじめとする身体機能の低下を招き、死亡リスクも高くなると考えられるのです。

以上のデータや研究報告から、私は現段階での分析として、「たんぱく質と動物性たんぱく質を多く摂取することは、高齢の慢性腎臓病患者のフレイルになるリスクを低下させ、腎機能の低下を抑制する」と考察しています。

SONIC研究は2010年に兵庫県(伊丹市、朝来市)、東京都(板橋区、西多摩地区:檜原村、奥多摩町、日の出町、青梅市)の7市区町村をフィールドとして開始。大阪大学や東京都健康長寿医療センター研究所などが中心となって進め、現在も継続中。調査研究を70歳(Septuagenarian)、80歳(Octogenarian)、90歳(Nonagenarian)の調査を100歳(Centenarian)の人たちの調査と並行して行う(Investigation with)ことから、頭文字を取ってSONICと呼ばれています。これまで、累計で約3000名の方々が調査に参加してくださっています。

高齢でステージG3の慢性腎臓病患者はたんぱく質摂取量の制限をすべきではない

今回の研究結果から、高齢の慢性腎臓病患者さんが腎機能保護を目的とする際に推奨したいたんぱく質の摂取量を検討しました。摂取量の参考値として、『日本人の食事摂取基準2020年版』の生活習慣病予防を目的とした摂取量の目標量を推奨します。

前期高齢者(65~74歳)の場合
・ 男性……1.42~1.89㌘/日×体重(㌔)
・ 女性……1.32~1.78㌘/日×体重(㌔)

後期高齢者(75歳以上)の場合
・ 男性……1.33~1.76㌘/日×体重(㌔)
・ 女性……1.26~1.69㌘/日×体重(㌔)

例えば、後期高齢者の男性で体重が50㌔の場合は1日当たり66.5~88㌘のたんぱく質をとることが望ましいと考えられます。ご自身の体重を代入し、理想的なたんぱく質摂取量の目安を計算してみてください。

この計算式によるたんぱく質摂取の目標量は、軽度腎不全(ステージG3a・b)に該当する患者さんに限ります。調査ではステージG3a・bの患者さんのデータが多く集まったものの、ステージG4の患者さんは多くありませんでした。今回の研究結果がステージG4の患者さんを考慮しているとは判断できないため、軽度腎不全の患者さんのみを対象としています。

慢性腎臓病とたんぱく質の摂取量については、今後もさらなる調査と研究が必要ですが、高齢者の食事療法が見直されることで、たんぱく質摂取量の制限がなくなるかもしれません。控えていた肉や魚を食べられるようになり、筋肉量の維持やフレイルの予防を実現できる可能性が高まるのです。

今回のような調査と研究は、地域住民の方々のご協力があってこそ成り立ちます。健康寿命を延ばすために役立つ調査を地域の方々と取り組みながら、研究結果を社会に還元していきたいと思います。