厚生労働省の調査によって、認知症対策にかかる費用は推計で年間14.5兆円にも上ると発表されています。財政の圧迫を回避するためには、加齢に伴う脳の衰えをいかに防ぐかが大切です。今回は、脳の血流量が増加して認知機能を高める「脳活ツボ」をご紹介します。
進行した認知症は治療法がない深刻な病気で軽度の段階で対策を取ることが大切
「約束したことをよく忘れる」「ものを置き忘れる」というような症状が起こるようになったら、軽度認知障害(MCI)の疑いがあります。MCIとは認知機能が衰えているものの、日常生活は正常に保たれている状態のことです。将来的にアルツハイマー型をはじめとする認知症になる危険度が高いといわれるMCIは、認知症の前段階といえるでしょう。
世界中で研究が進められているものの、認知症を改善する有効な手だてはいまのところ見つかっていません。そのため、MCIの段階で認知機能の衰えに歯止めをかけ、認知症の発症を防ぐことが求められています。
近年、脳の血流量を増やして認知症の予防に役立つ方法として注目されているのが「ツボ刺激」です。
ツボは専門的には経穴といい、全身に存在しています。ツボを刺激すると経絡(生命活動に不可欠なエネルギーや物質の通り道)を行き来する「気(東洋医学でいう生命エネルギー)」「血(主に血液)」「水(血液以外の体液)」の流れが円滑になり、体が本来持っている自己治癒力が回復して脳や臓器の働きが活発になります。
脳の血流量を増やすことが期待できる〝脳活ツボ〟として注目されているのが「合谷」「手三里」です。ツボの刺激は低周波治療器などを用いるとらくにできますが、ツボを手で押したり、温めたりすることで同様の効果が期待できるのです。脳活ツボを刺激すると、脳の血流量やリラックス脳波(α波)が増えて、認知機能が改善することが研究で確認されています。
私たちはMCIが疑われる49人の高齢者を、生活指導(ウォーキング・日記・脳力トレーニング)のみを受けるグループと、生活指導に加えてツボ刺激(自宅で毎日、合谷と手三里に低周波治療器を当て、週に1度は全身調整の鍼治療を受ける)を併用するグループに分けて試験を行いました。
3ヵ月後、MMSE(認知機能の状態を測定する指標の1つ)やアクティグラフ(睡眠・覚醒状態を測定する機器)を使って、2つのグループの睡眠の質を調べました。その結果、どちらのグループも認知機能の向上と睡眠状態の改善が認められ、ツボ刺激を行ったグループではより高い効果が確認できました。認知機能の維持には良質な睡眠が必要であるため、睡眠状態の改善は重要な意味を持っています。
ツボ刺激による認知機能の向上は、ほかの試験によっても確認されています。京都市内にある病院に入院している70歳以上の患者さん93人に協力してもらい、①運動療法のみを行うグループ、②運動療法と合谷・手三里にツボ刺激を併用するグループに分けました。
4週間後と8週間後に、認知機能について長谷川式簡易知能評価スケールを使って比較しました。すると、ツボ刺激を併用したグループのほうが認知機能が向上しました。
ツボ刺激を行ったら脳の血流量や酸素量が増加して認知機能が改善すると示唆
ツボ刺激で認知機能が改善することは、前頭葉や側頭葉の脳血流量やブドウ糖代謝、酸素消費量が増加して生じるものと考えられます。脳波のα波が増えることも確認できているツボ刺激は、認知機能に関与する脳の活動を高めるとともに、リラックスできる状態に誘導してくれるため、認知症予防が期待できます。
2014年に厚生労働省から発表された認知症の介護費や医療費などは、年間で14兆5000億円と推計されています。認知症患者さんの増加は、国の財政を圧迫することにつながります。毎日の生活の中で認知機能の低下を防ぐ大切さを感じています。ふだんからツボ刺激を行って脳の血流量を増やし、認知症を防ぎましょう。