越谷市立病院副院長・整形外科部長 大野 隆一
50代から急増する腰部脊柱管狭窄症は患者数250万以上でロコモを招く危険性大
私が副院長を務める越谷市立病院は、埼玉県越谷市にある総合病院です。当院の脊椎外科には、腰部脊柱管狭窄症(以下、脊柱管狭窄症と略す)の患者さんが多く訪れます。地域の病院と連携を図る基幹病院として、当院には、他院で脊柱管狭窄症の可能性を指摘され、紹介状を持参して来院される患者さんも少なくありません。
埼玉県は人口10万人当たりの医師の数が全国で最も少なく、さらなる医療の発展が求められている地域です。私自身、整形外科の専門医として、他院から紹介された患者さんのみならず、初診の患者さんの診療にも積極的にあたるなど、日々たくさんの患者さんと真摯に向き合っています。
私は問診の際、まず「買い物に行けますか?」と患者さんに尋ねることにしています。すると、ほとんどの方が「途中で休まないと歩きつづけられない」「少し歩くだけで足がしびれる」と話されます。こうした症状は「間欠性跛行」といい、一度に長く歩けないものの、少し休むと再び歩けるようになる歩行障害です。さらに「じっとしていても腰が痛くて何もできない」「トイレで尿を出すのに力むようになり、残尿感や尿もれが生じることがある」といった症状を訴える患者さんもいます。
これらは、いずれも脊柱管狭窄症に特有の症状です。症状が比較的軽い場合には、薬物療法などによって痛みやしびれを和らげながら、腰に負担をかけない姿勢や動作を指導したり、腰回りの筋力強化や血流改善を目的とした運動療法を行ったりします。
ただし、来院時に運動マヒや膀胱・直腸の機能障害が生じている場合は重症と考えられます。薬物療法や運動療法だけでは症状の改善が難しいため、速やかに手術を受けることをおすすめしています。
脊柱管狭窄症は、骨や関節、筋肉など、運動器の障害によって要支援・要介護になるリスクの高い状態(ロコモティブシンドローム)を引き起こす主要な要因の1つです。まずは、下の「腰部脊柱管狭窄症チェックリスト」を試してみてください。当てはまる項目の合計が13点以上の場合は、脊柱管狭窄症のおそれがあります。早めに専門医の診断を受けるようにしましょう。
2012年に行われた厚生労働省による大規模調査の結果、推定2800万人の腰痛患者さんがいることが判明しています。日本人の成人の実に80%以上が、一生に一度は腰痛を経験していることになるのです。多くの人を悩ませる腰痛は、日本人の「国民病」ともいわれています。
腰痛の原因は、腰の骨や筋肉、神経の障害によるものから、ストレス、内臓疾患などによるものまでさまざまです。腰痛全体の約85%を占めるのは、レントゲンやMRI(磁気共鳴断層撮影装置)などの検査で明らかな原因が見つからない「非特異的腰痛」といわれています。近年の研究で、非特異的腰痛の3分の2(腰痛全体の約半分)には、多かれ少なかれストレスやうつなどの心理的・社会的な要因が関与していることが分かっています。
腰痛全体から非特異的腰痛を除いた約15%は、原因がはっきりと特定できる「特異的腰痛」です。特異的腰痛の内訳は、脊柱管狭窄症と腰椎椎間板ヘルニア(以下、椎間板ヘルニアと略す)が合わせて約10%、内臓疾患が約1%、そのほかが約4%の割合となっています。
腰痛の原因を探る場合、患者さんの年齢も重要なポイントになります。若い人や中高年の一部によく見られるのは、精神的ストレスや肉体的ストレスが原因の腰痛です。肉体的ストレスには、スポーツや作業中の姿勢、長時間の運転、重いものの運搬などによる腰への負担が考えられます。さらに、椎間板ヘルニアも多く見られます。
一方、高齢者に多く見られるのは、脊柱管狭窄症です。脊柱管狭窄症は50代以降になると急増し、患者数は250万~570万人に及ぶといわれています。今後、高齢化の影響で患者数が増大するのではないかと懸念されています。
飛び出した軟骨が背骨を狭窄すると椎間板ヘルニアと脊柱管狭窄症を併発
脊柱管狭窄症と椎間板ヘルニアは、上体を反らしたときに痛みが悪化するかどうかで判別できます。一般的に、上体を反らすと痛みが悪化する場合は脊柱管狭窄症、痛みが軽減する場合は椎間板ヘルニアと考えられます。
脊柱管狭窄症は、背骨の中を通る脊柱管が狭くなって神経を圧迫するために起こる病気です。私たちの背骨は、頸椎や胸椎、腰椎などの椎骨という骨が積み重なってできています。椎骨の中央には穴があいており、つなげるとトンネルのような管状になっていることから「脊柱管」と呼ばれます。
脊柱管には、脳からつながる神経の束(脊髄や馬尾神経)と、椎骨と椎骨をつなぐ黄色靭帯が通っています。脊柱管狭窄症は、加齢などが原因で脊柱管の周囲の骨が変形したり、黄色靭帯が肥大したりして、脊柱管が狭くなることで起こります(上の図参照)。脊柱管が狭くなると、脊柱管の内部を通る神経が圧迫されて馬尾神経の周りの血管の虚血や神経線維の変性を生じさせ、足腰が痛んだりしびれたりするのです。
一方、椎間板ヘルニアは、背骨の椎骨と椎骨の間でクッションの役割を果たしている椎間板が外にはみ出し、神経を刺激するために起こる病気です。椎間板はとても繊細な組織で、微細な損傷は10代前半から、老化は20代から始まるといわれています。
椎間板は、バウムクーヘンの中にクリームが詰まったような構造をしています。外側のバウムクーヘンが「線維輪」と呼ばれる、薄い軟骨が層になった丈夫で柔軟性のある組織で、その中心に収まっているクリームが「髄核」と呼ばれる軟らかい組織です。
椎間板に大きな負担がかかると、周辺部分の線維輪が壊れて中心部から髄核と一部の線維輪が突出してしまいます。すると、髄核から炎症物質が漏れ出し、腰椎を通る神経に炎症を引き起こして椎間板ヘルニアを発症します。その結果、足腰に強い痛みやしびれなどの症状が生じると考えられています(上の図参照)。
若い人の場合は、弾力のある線維輪のバウムクーヘンに、髄核のクリームがたっぷり含まれています。しかし、高齢者の場合は、バウムクーヘンのあちこちに亀裂が生じ、中のクリームがすべて外に漏れ出してスカスカの状態になっています。
ただし、高齢者の椎間板ヘルニアでは、飛び出した線維輪は脊椎(背骨)を狭窄して神経を圧迫します。その結果、椎間板ヘルニアと脊柱管狭窄症を合併した「混合性狭窄」ともいわれる状態になり、足腰の痛みやしびれといった症状が現れるのです。
脊柱管狭窄症で特徴的な症状は血流障害・酸素不足による間欠性跛行
脊柱管狭窄症や椎間板ヘルニアによる神経の圧迫によって発生する足腰の痛みやしびれのことを「坐骨神経痛」といいます。坐骨神経は、人体でいちばん長くて太い末梢神経です。腰から骨盤、お尻、太もも、ひざの裏辺りを通って、足先まで伸びています。
脊柱管狭窄症による坐骨神経痛は、脊柱管の中を通る神経が圧迫される部分によって、左右どちらかの足腰に出ることもあれば、左右両方に出ることもあります。一方、椎間板ヘルニアによる坐骨神経痛は、腰椎の神経の出入り口にある神経根の部分が圧迫されるため、圧迫されている側の足腰にだけ出るのが特徴です。
脊柱管狭窄症と椎間板ヘルニアの違いで代表的なのが、間欠性跛行の有無です。炎症によって引き起こされる椎間板ヘルニアの症状とは異なり、脊柱管狭窄症の症状は神経線維の変性や馬尾周囲血管の虚血によって引き起こされるため、多くのケースで間欠性跛行を伴います。
間欠性跛行の特徴は立った姿勢で神経の圧迫や血流の障害が起こり、運動に伴って足腰の痛みやしびれが悪化することです。ほんの数10㍍歩いただけで足腰の痛みやしびれが悪化し、一度座って休まないと再び歩けないという患者さんも少なくありません。
脊柱管狭窄症の症状は圧迫されている神経の部位によって異なり3つのタイプがある
脊柱管狭窄症の患者さんは、足腰の痛みやしびれ、だるさを訴えることが多く、中にはひざや股関節周辺の痛みやしびれを訴える方もいます。患者さんによって訴える症状に違いが出るのは、圧迫されている神経の部位が異なるためです。脊柱管狭窄症は、圧迫される神経の部位によって、一般的に「神経根型」「馬尾型」「混合型」の3つに分けられます。
神経根は、脊髄の末端から左右に枝分かれした神経の根元のことです。神経根が脊柱管の狭窄によって圧迫されるタイプを神経根型といいます。神経根は背骨の左右に1つずつあるため、通常は左右どちらかの神経根が障害を受け、症状も左右どちらかの足腰に出るのが特徴です。
馬尾は、脊髄にある末端の神経の束のことで、腰椎部の脊柱管の中に存在します。馬尾が脊柱管の狭窄によって圧迫されるタイプを馬尾型といいます。馬尾が圧迫されると、馬尾とつながっている左右の下肢全体の神経に影響が出るため、左右両方の下肢の痛みやしびれが広範囲に及び、間欠性跛行が現れるのが特徴です。
神経根型と馬尾型が併発したタイプを混合型といいます。2つのタイプが合わさっているため、症状も馬尾型と神経根型の2つの特徴を持っています。
脊柱管狭窄症はゆっくりと進行していきます。歩いているときだけではなく、立っているだけ、あおむけに寝ているだけでも、痛みやしびれがしだいにひどくなります。腰を反らすと痛みが悪化し、前かがみになったり、イスに腰かけたり、横向きになって体を丸めて寝たりすると、痛みは軽くなります。背中を後ろに反らすと脊柱管がさらに狭くなって神経への圧迫が強まり、腰を丸めると脊柱管が広がって圧迫が緩むためです。
ただし、神経が圧迫されれば、前かがみの姿勢でも痛みやしびれが出ることがあります。そのようなときは、痛みが出る姿勢や動作を避けるようにしましょう。
脊柱管狭窄症がさらに進行すると、足の感覚が鈍くなる感覚障害や、足の筋力が低下する運動マヒが見られるようになります。また、膀胱・直腸の機能や感覚に関係する神経に障害が起こるケースもまれにあります。排尿や排便がうまくコントロールできなくなったり、肛門の周辺にしびれや灼熱感を覚えたりするようになるのです。次に、脊柱管狭窄症の患者さんが訴える主な自覚症状をご紹介しましょう。
● 腰痛
脊柱管狭窄症の患者さんの半数以上が腰痛を訴えます。椎間板ヘルニアでは安静時でも痛みがあるのに対して、脊柱管狭窄症では立ったり歩いたりする動作時に痛みが悪化し、安静時には軽減するのが特徴です。
● 下肢痛
腰痛に次いで多い症状が下肢痛です。痛みを感じる部分は、圧迫されている神経の部位によって、太ももの前側や股関節、ひざの上だったり、太ももやひざの裏側、ふくらはぎだったりします。
● 足のしびれ・知覚異常
お尻から太ももの裏側、足先にかけて、しびれるような感覚が生じることも少なくありません。そのほか、冷感や灼熱感、引きつり感、締めつけ感など、さまざまな知覚異常が出る場合があります。「足裏がジリジリする」「足裏の皮膚が厚くなったように感じる」なども知覚異常の一つと考えられます。
● 下肢の脱力感
脊柱管狭窄症の患者さんの約半数に下肢の脱力感が見られるという報告があります。具体的な症状は「足に力が入らない」「かかとを上げられない」「階段や段差などでつまずく」「スリッパがすぐ脱げる」などです。下肢の脱力感は、動作時だけではなく、午後や夕方に強まるのも特徴です。
● その他
馬尾には膀胱・尿道・直腸・肛門につながる神経の出発点があるため、重症例では下肢のマヒが進行して歩行時に尿や便を漏らす排尿・排便障害が見られることがあります。尿を出しづらくなる尿閉や残尿感、歩行時などの失禁や頻尿、便秘などです。男性では、間欠性跛行と同時に痛みを伴う陰茎勃起(間質性勃起)が起こることもあります。
脊柱管狭窄症は、加齢に伴って誰にでも起こる可能性があります。また、実際に画像診断上では脊柱管の異常が認められても、自覚症状のないまま日常生活を送っている患者さんもたくさんいます。だからこそ、病気の増悪を防いでQOL(生活の質)を低下させないことがとても重要なのです。
カギとなるのは受診や手術を決断するタイミングです。足腰の痛みやしびれなどの症状が出たら「年だからしかたない」と放置せず、速やかに専門医のいる医療機関を受診して適切な治療を受けましょう。
足腰の痛みやしびれといったさまざまな症状を悪化させないためには、日常生活での習慣や動作を見直して老化予防に努めることも大切です。例えば、喫煙は血流を悪化させる原因となるため、禁煙をおすすめします。また、ネコ背や中腰などの姿勢は、腰に負担をかけるので避けましょう。
腰への負担を減らす最適な方法は、適正体重を維持することです。肥満ぎみの患者さんであれば、3~5㌔の減量に成功すると腰への負担が減り、痛みやしびれがらくになることが少なくありません。バランスのとれた食事を意識するとともに、無理のない範囲で運動するように心がけてください。