北海道医療センター腎臓内科医長 柴崎 跡也
慢性腎臓病の治療は食事療法が大切で最優先なのが高血圧の改善につながる減塩
私が勤務する北海道医療センターは、札幌市西区にある唯一の公的病院として、身近でありながら質の高い医療を幅広い年齢層の方々に提供しています。北海道医療センターのモットーは、「まいにちから まんいちまで」です。私が専門とする慢性腎臓病(CKD)の治療は、まさに毎日の積み重ねが大切といえます。
慢性腎臓病の進行を遅らせて人工透析の導入を避けるために何よりも大切なのが、食事療法です。患者さん一人ひとりの状態に合わせた食事療法を継続して行い、食塩やカリウム、たんぱく質の量を管理し、適正なエネルギーを確保することが慢性腎臓病の食事療法の中心になります。慢性腎臓病の食事療法には、5つのポイントがあります(図参照)。
食事療法の中でも、最優先で取り組む必要があるのが「減塩」です。減塩が必要になる最大の理由は、食塩のとりすぎが高血圧を招くためです。
食塩の主成分であるナトリウムは、私たちの体にとって水分量の調節や神経伝達をするうえで欠かせない物質です。ところが、体内のナトリウム量が過剰になると、体は濃度を一定に保とうとするため、水分を体内に取り込んで血液中の水分量が増えます。すると、心臓は量が増えた血液を全身に送り届けるために圧力を強めて送り出します。これが、食塩の過剰摂取によって血圧が上昇するしくみです。
高血圧の状態が続くと、腎臓の内部にある毛細血管が傷つけられて腎臓の機能が低下します。その結果、血液中の過剰な食塩を体外に排出できなくなり、さらに高血圧が進む悪循環に陥ってしまうのです。
高血圧の悪循環を止めるためには、食塩のコントロールが必要です。病期にもよりますが、基本的に慢性腎臓病の患者さんは1日の食塩摂取量を6㌘未満に抑えるようにしましょう。
慢性腎臓病の食事療法は「継続すること」がとても重要です。ところが、食事療法は食塩の摂取量を中心にさまざまな制限があるため、患者さんにとって大きな負担となります。また、慢性腎臓病は自覚症状に乏しく、患者さんが深刻さを実感できないことから、つい制限を緩めてしまうことが少なくありません。
慢性腎臓病の患者さんが食事療法を継続するためには、慢性腎臓病がどのような疾患なのかをよく理解し、病識(自分が病気であるという自覚)を持つことが大切です。今は自覚症状がなかったとしても、数年先、数十年先の状態を想像して地道な努力を重ねることで、人工透析の導入を先延ばしにすることは十分に可能です。
私が診ている患者さんも、病識のある人ほど効果的な食事療法を長く続けることに成功しています。慢性腎臓病の悪化を防ぐために良いとされる食事療法をやみくもに行うのではなく、自分にとって重要なものを厳選し、優先順位を正しくつけて行ってください。糖尿病性腎症の患者さんは、たんぱく質やカリウムよりも先に糖質のコントロールに励むことが大切です。
前述のとおり、食事療法の中心は減塩です。ここからは、家庭で取り組むことができる具体的な減塩法をご紹介しましょう。味つけや調理の仕方に工夫を取り入れることで、食事療法が継続しやすくなります。
ご家族に減塩に取り組まなくてはいけない人がいる場合、その人のために別の料理を作ることは大きな負担となります。私は、全員分を減塩食で作った後に制限のない方は自分のぶんにしょうゆやみそなどで味つけすることをおすすめしています。
市販の食品を購入する際は、成分表示にある食塩量を必ず確認するようにしてください。自分が普段使う食品にはどの程度の食塩が含まれているか、把握しておきましょう。どうしても外食をしなければならないときは、丼物やカレーライスなどの一品物は避けるようにしましょう。みそ汁やラーメンの汁は残し、漬物などの食塩の多いものはとらないようにしてください。
しょうゆやみそなどの食塩の多い調味料は控えハーブ類や香辛料の積極利用がおすすめ
食塩が多く含まれているしょうゆやみそ、ソースといった調味料の使用は控えましょう。コショウやトウガラシ、カレー粉、酢、レモンなどを上手に使って味に変化をつけるといいでしょう。
私のおすすめは、たくさんのスパイスを組み合わせた味つけです。タマネギやニンニク、パセリなどの香味野菜、ローズマリーやバジルなどのハーブ類、そしてコショウやマスタードシードなどの香辛料を組み合わせることで、食塩に頼らずに複雑な味を楽しめます。市販の「無塩スパイスミックス」を活用するなどして、手軽に調理に取り入れることができます。
天然のうまみ成分であるコンブやカツオ節から取っただしも積極的に活用しましょう。コンブとカツオ節はそれぞれうまみ成分の種類が異なります。両方をあわせて使うことで、うまみの相乗効果が期待できます。ただし、継続しやすいかどうかを最優先で考えて、毎日の調理に取り入れやすいものを活用しましょう。市販の顆粒だしは便利ですが、食塩が多く含まれているものが少なくないので注意してください。
どうしてもみそやしょうゆ、顆粒だしを使いたい場合には、無塩や減塩のものを選ぶようにしましょう。食塩ゼロの「無塩みそ(みそ風調味料)」も市販されているので、使わない手はありません。物足りなさを感じた場合は、好みに応じて減塩みそや少量の食塩を制限の範囲内で使うことをおすすめします。また、市販の「しょうゆ麹」は、食塩量が減塩しょうゆと同等であるだけではなく、麹のうまみ成分が入っているため、さまざまな料理に応用できるおすすめの調味料です。
手軽に作れる調味料の「メレンゲ泡しょうゆ」は少量でも塩気を感じやすくなり満足度上昇
さらに、しょうゆや麺つゆといった食塩量の多い調味料を食事療法に取り入れる工夫についてお伝えしましょう。しょうゆにゼラチンを加え泡立てて作る「泡しょうゆ」がメディアで取り上げられて話題になりました。液体よりも粘度の高い状態のほうが舌の上に長く残り、少量でも塩気を感じやすくなるのです。
とはいえ、泡しょうゆはゼラチンを加熱して冷やしながら作る手間がかかるため、私はゼラチンの代わりに卵白を使う「メレンゲ泡しょうゆ」をおすすめしています。メレンゲ泡しょうゆは、減塩しょうゆに卵白を加えて泡立てるだけで、常温で手軽に作ることができます。今回ご紹介している写真では、泡立て器やボウルを使用していますが、手軽に泡立てられる安価なアイデアグッズもあるようですので活用してみてはいかがでしょうか。ただし、卵白を使用しているメレンゲ泡しょうゆは傷みやすいため、必ず2時間以内に使い切ってください。
メレンゲ泡しょうゆが余ってしまったら、200℃のオーブンで5分焼いて「焼きメレンゲしょうゆ」にすると、当日中は日持ちさせることができます。メレンゲの焼き菓子のようにしっかりとした形で焼き上がりますが、柔らかい食感としょうゆの香ばしさが感じられます。食べるときは、焼きメレンゲしょうゆが舌に当たるように口の中に入れると、塩気を感じやすくなって満足感が高まります。
たんぱく質やカリウムの摂取量は、病期に関係なく必要に応じて制限するとよいでしょう。例えば、カリウム摂取量の制限は、一般的にはステージG4以降になると導入されますが、血液中のカリウム濃度が低ければ行う必要はありません。一方、ステージG3までの患者さんでも、高カリウム血症の疑いがある場合にはカリウム摂取量を制限する必要があります。
また、透析を受けている患者さんが意識しているリンの制限は、透析導入前の保存期の患者さんにも同様に当てはまるわけではありません。リンはたんぱく質の豊富な食品に多く含まれているため、たんぱく質制限を行っている患者さんであれば意識しすぎる必要はないといえるでしょう。
食事療法はむやみな制限は避けるべきでたんぱく尿の数値で治療成果の把握が可能
腎臓病の食事療法に取り組むうえで特に難しいのが、たんぱく質を制限しながら適正なエネルギーを確保することです。1日のエネルギー摂取量の目安は「標準体重(㌔㌘)×25~35㌔㌍」とされています。過剰な食事制限によって栄養不足に陥ってしまうと、体重や筋肉量が減るだけではなく、健康を維持するうえで大切な免疫力まで低下してしまいます。食事制限があるからといって単に食事量を減らすのではなく、日常生活における活動量や体格に見合った適正なエネルギーを確保するようにしましょう。
慢性腎臓病の食事療法が継続困難になる理由の一つは、効果を実感できない点にあります。大きな体感が目に見えて現れないため、達成感が得られにくいのです。そこで私がおすすめするのが、たんぱく尿の数値を確認することです。食事療法に限らず、慢性腎臓病の治療がうまくいっているかどうかは、たんぱく尿の数値に如実に現れます。
たんぱく尿は、濃度によって通常「-」「+-」「1+」「2+」「3+」「4+」という形で示されます。これは、分かりやすさを考えた大まかな指標です。たんぱく尿の推算値は「たんぱく尿濃度(㍉㌘/㌥㍑)÷尿クレアチニン濃度(㍉㌘/㌥㍑)」です。計算式に必要な数値は腎臓専門医なら把握しています。まずは、かかりつけの主治医に確認してみましょう。