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耳鳴り治療の専門医が提言!あなたの不快な耳鳴りの原因と対策を誌上講義

耳鼻咽喉科
済生会宇都宮病院耳鼻咽喉科主任診療科長・聴覚センター長 新田 清一

外耳から入った音は内耳で電気信号に変わり聴神経を伝わって脳に到達

[しんでん・せいいち]

1969年、東京都生まれ。1994年、慶應義塾大学医学部卒業後、同大学医学部耳鼻咽喉科学教室入局。同教室助手、横浜市立市民病院耳鼻咽喉科副医長などを経て、2004年より現職。慶應義塾大学医学部耳鼻咽喉科学教室客員講師、日本耳鼻咽喉科学会栃木補聴器キーパーソンを兼務。専門は聴覚医学(耳鳴り、補聴器、小児難聴)、耳科学。

聴覚の衰えは意外にも早く、20歳を過ぎた頃から始まります。その事実を示す例として挙げられるのが「モスキート音」です。蚊の羽音のような音であるモスキート音は、1万7000㌹前後の非常に高い音です。

個人差はあるものの、10代ならば2万㌹くらいまでは聞き取ることができます。しかし、20代半ばになると1万7000㌹以上の高音が聞こえない割合がかなり増えます。

ただし、実際に聴力の衰えを自覚しはじめるのは、50~60代といわれています。日常会話で必要とされる音の高さは250~4000㌹程度。モスキート音のような高い音域の音が聞こえなくても、特に生活への支障がないからです。

では、なぜ音が聞こえにくくなるのでしょうか。まずは、音が聞こえるしくみから解説しましょう。

耳は、外側から「外耳」「中耳」「内耳」の3つの部分に分けられます。外耳は音を集め、中耳に伝える働きがあります。中耳には外耳から入ってきた音を振動に変換する働きがあります。

音は鼓膜を振動させ、耳小骨という器官で増幅されます。内耳には、増幅された振動を電気信号に変えて脳に伝える、蝸牛という器官が存在します。蝸牛の内部はリンパ液で満たされ、内壁の入り口から奥まで有毛細胞(振動を感じる感覚細胞)がびっしりと並んでいます。音の振動は蝸牛の中のリンパ液を揺らし、リンパ液の揺れを有毛細胞が感知して電気的な信号に変換されます。

電気信号に変換された音が聴神経を介して脳に伝わることで、私たちは初めて音を認識することができるのです。つまり、人間は〝耳〟ではなく〝脳〟で音を聞いていることになります。耳は、あくまでも脳に音を伝えているだけなのです。

信号を送る有毛細胞は騒音や大音量の音楽で劣化が早まり一度死滅すると再生しない

鼓膜が音を振動として受け取り、耳小骨で振動を増幅させる。蝸牛には有毛細胞が並んでいて振動を電気信号に変え、聴神経を通して大脳の聴覚野に伝える

有毛細胞は、その名のとおり数十本の毛が生えた細胞です。有毛細胞はピアノにたとえると鍵盤に相当し、音の高さによって動く部分が異なります。蝸牛の入り口近くが高音、奥に行くほど低音といった具合に、一つひとつの有毛細胞が担当する音の高さが決まっています。

高い音が耳に入ったときには、高音を担当する有毛細胞だけが動きます。一方、低い音が耳に入ったときは、高音から低音までを担当する有毛細胞が動きます。その結果、高音を担当する有毛細胞ほど消耗が激しく、高音から難聴が起こりはじめると考えられています。

有毛細胞は一度死滅すると、二度と再生することはありません。死滅した有毛細胞が担当していた高さの音は永遠に聞こえなくなってしまうのです。

大きな音が鳴りひびく工場や工事現場に勤めていたり、ヘッドホンで大音量の音楽を長時間聴いたりしている人は、有毛細胞への負担が大きく、劣化を早めてしまいます。騒音の中で働いている人は、耳栓をすることで耳への負担を減らすことができます。また、音楽を聴くときは音量を下げることで有毛細胞の劣化を遅らせることができるでしょう。

耳鳴りと難聴は併発することが多く、耳鳴りで悩む人のうち、9割以上に難聴があるとされています。耳鳴りと難聴の間には非常に密接な関係があるのです。では、なぜ耳鳴りは起こるのでしょうか。

耳鳴りは、治療に当たる耳鼻咽喉科の医師ですら、原因不明と考えている人が少なくありません。しかし、最新の研究では、耳鳴りの発生するメカニズムが解明されつつあります。

難聴の原因は、大きく分けると次の2つになります。
①伝音難聴…音の振動を伝える外耳・中耳に障害があって起こる
②感音難聴…音を感じる内耳や聴神経、脳の異常などによって起こる

伝音難聴は、音の振動が外耳・中耳を通って内耳に到達することが妨害されるために起こります。伝音難聴の原因は、中耳炎や鼓膜の損傷などさまざまですが、明らかになっていることが多くあります。伝音難聴は、原因を突き止めて適切な治療をすれば、ほとんどの場合、聞こえの改善が見込めます。

一方、感音難聴は、音をうまく感じ取れないために起こる難聴です。感音難聴によって生じる耳鳴りが、これまで原因不明とされてきた耳鳴りです。代表的な感音難聴の一つが加齢性(老人性)難聴です。

加齢性難聴で聞こえなくなった高音域の電気信号を補うために脳が活性化して耳鳴りも強調

脳で耳鳴りが発生する理由

加齢性難聴で高音域の有毛細胞が損傷しはじめると、中耳から伝わってきた音のうち、高音域の音の振動を電気信号に変換しにくくなります。このときに問題になるのが、人間の脳が非常に優れた機能を持っていることです。

もともと人間には、体の環境を快適な状態に維持する機能が備わっています。この機能は「恒常性(ホメオスタシス)」と呼ばれます。例えば、体温や血圧が一定の範囲内に保たれているのは恒常性のおかげなのです。

脳も例外ではありません。脳内の神経には、電気信号を一定の範囲内に調整する機能があります。そのため、高音域の有毛細胞が傷ついて高音域の電気信号が十分に送られていないことを感知すると、脳はその音域をよりよく聞こうとします。弱くなった高音域の電気信号を補うために脳の活性が高まり、その音域の電気信号をより強くしようと働くのです。

強弱の違いはあるものの、健康な人でも、実は耳鳴りが毎日のように起こっています。誰にでも耳鳴りが起こっているといっても、その音はとても小さなものです。通常、小さな耳鳴りは生活音などに紛れて聞こえません。

耳鳴りを患っている人は、ある日突然、耳鳴りが起こったかのように訴えるものです。しかし実際は、もともとあった耳鳴りが、難聴の影響で脳の働きが強められた結果、耳鳴りの音も強調されて、耳鳴りを自覚するようになるのです。

耳鳴りが慢性化すると、患者さんは耳鳴りを強く意識するようになります。興味深いことに、耳鳴りの「音の大きさ」と「苦痛度合い」は、必ずしも比例するわけではありません。耳鳴りは気にすれば気にするほど悪化するものなのです。

耳鳴りを必要以上に意識することによって脳内に形成されるのが「苦痛のネットワーク」です。苦痛のネットワークが形成されると、「一生、耳鳴りが続くのではないか」「耳鳴りのせいで気がめいる」などの不安やうつ症状が、「苦痛を感じる脳」を強く働かせます。

苦痛を感じる脳は、不眠や動悸などの身体症状も引き起こします。負の連鎖で、患者さんは耳鳴りをさらに強く意識するようになります。「耳鳴り」→「不安」→「体調不良」→「耳鳴りの悪化」という悪循環に陥るのです。

このような話を聞くと、苦痛のネットワークが悪者であるかのように思うかもしれません。しかし、生命の維持という観点で考えると、苦痛のネットワークは非常に重要なメカニズムです。苦痛のネットワークは「敵が来た」という危険を察知して、体の臨戦態勢を整える機能だからです。

聴覚は、五感の中でも視覚や触覚、味覚、嗅覚に比べて、危険をいち早く察知するのに適している感覚です。ですから、異常な音が聞こえたときに恐怖や不安に駆られて警戒するのは、ごくあたりまえのことといえます。

耳鳴りも同様です。耳鳴りという異常な音が聞こえて緊張状態になれば、自律神経(意思とは無関係に血管や心臓の働きを支配する神経)はいつでも体を動かせるように反応します。その結果、血管が収縮して心臓や呼吸器の働きも強まり、血圧が上昇します。緊張している状態が一時的であれば問題はありません。しかし、耳鳴りを気にしすぎて苦痛のネットワークが強く働きつづけると、動悸や不眠、冷や汗などの症状が起こるようになり、悪循環に陥ってしまうのです。

耳鳴りの正しい知識を得ると重大な病気ではないと理解でき50%の人が症状改善

私は耳鳴りで来院する患者さんに対して、耳鳴りのメカニズムについて、詳しく説明します。患者さんは原因不明といわれてきた耳鳴りについて、初めて論理的な説明を受けることになります。耳鳴りについて正しい知識を得られれば、「耳鳴りは心配していたほど重大な病気ではない」と理解できるものです。こうした説明を聞くだけでも、症状が改善する患者さんは50%以上に上ります。

しかし、耳鳴りで悩む患者さんの中には、難聴の程度が重く、耳鳴りのメカニズムを理解するだけでは改善しない方もいらっしゃいます。耳鳴りだけでなく、聞こえづらさでも困っている患者さんです。私が勤務する済生会宇都宮病院では、そのような患者さんを対象として補聴器を使った音響療法(補聴器を常時装用して、最初の3ヵ月間は頻回に通院して補聴器を調整する治療)を行っています。

ただ、どんな患者さんでも、まず耳鳴りのメカニズムを正しく理解することが先決です。「耳鳴りそのものは異常でも怖いことでもない」と知ることが、耳鳴り改善への大きな第一歩となるのです。
 

この記事は「健康365」2018年11月号に掲載されています。