帝京大学福岡医療技術学部教授 佐藤 典宏
皮膚疾患の帯状疱疹は「がんの前兆」といわれウイルスが原因で発症し強い痛みを引き起こす
皆さんは、帯状疱疹という皮膚疾患をご存じでしょうか。帯状疱疹にまつわる噂として有名なものに、「帯状疱疹はがんの前兆」というものがあります。皮膚疾患とがんに関連があるというと疑問に思われるかもしれませんが、近年行われた疫学研究でこの噂が真実であることが実証されたのです。
帯状疱疹はウイルスが原因の皮膚疾患で、体の片側に赤い発疹が帯状に広がり、チクチクとした強い痛みが起こります。「体の左右どちらか一方にピリピリと刺すような痛みを感じる」「痛みに続いて、赤い斑点が帯状にできた」といった症状に心当たりのある人は、帯状疱疹の可能性があります。
個人差はあるものの、帯状疱疹は皮膚に発症する1週間ほど前から「前駆痛」というピリピリとした痛みが生じます。その後、赤い発疹が体の片側に起こるようになります。帯状疱疹が悪化すると服が肌に触れるような弱い刺激であっても強い痛みが生じますが、通常は3週間~1ヵ月程度で皮膚症状は治まります。
帯状疱疹のなによりの対処法は、早期発見・早期治療です。帯状疱疹を発症した場合、すぐに皮膚科を受診して適切な治療を受けるようにしてください。帯状疱疹は、発症から72時間以内に治療を受けられるかどうかで、予後が大きく変化します。早期に治療を受けて抗ウイルス薬を服用すると、発疹や痛みの改善、そして後述する後遺症の帯状疱疹後神経痛を防ぐ確率を高めることができます。
抗ウイルス薬を服用する際に重要なのが、勝手に飲むのをやめないことです。皮膚症状や痛みなどが治まったとしても、体内のウイルスの活性が完全に抑えられているとは限りません。医師の指示を守り、最後までしっかり飲みきるようにしてください。
帯状疱疹の治療が遅れたり、発症時に抗ウイルス薬を正しく服用しなかったりした場合、帯状疱疹の痛みが長期化するおそれがあります。帯状疱疹を発症してからしばらくしても痛みが続く場合は、後遺症の「帯状疱疹後神経痛」として区別されることも少なくありません。
帯状疱疹後神経痛は、50代以上の約20%に発症するといわれています。痛みが3ヵ月以上、患者さんによっては10年以上続くこともあります。
帯状疱疹後神経痛を防ぐためには、帯状疱疹の早期発見・早期治療、そしてなにより帯状疱疹そのものを発症させないようにすることが大切です。帯状疱疹を予防する方法として、「帯状疱疹ワクチン」の接種が有効です。
後遺症の神経痛が重症な帯状疱疹は免疫力の低下で起こりがん患者さんに多発
治療の遅れなどが原因で帯状疱疹後神経痛が残ってしまった場合、皮膚科とペインクリニックを交えた総合的な治療を受けると痛みを比較的コントロールしやすくなります。
帯状疱疹の原因となるウイルスは、子どもの頃に感染した水痘・帯状疱疹ウイルスです。水痘(水ぼうそう)が治った後も、ウイルスは体内の神経節(神経の中継所)に潜伏しています。加齢や過労、過剰なストレスなど、さまざまな要因で免疫力が低下すると、潜伏していたウイルスが活性化して帯状疱疹を発症します。
免疫力が低下する原因の一つに、私の専門とする「がん」があります。がんは自分の勢力を広げるため、周囲の免疫力を下げる働きがあることが分かっています。また、がんの三大療法である外科治療(手術)や抗がん剤治療、放射線治療でも免疫力は下がってしまうのです。
実際に、がん患者さんは帯状疱疹を発症する危険性が高いことが報告されています。免疫に問題のない人に比べ、固形がん患者は約5倍、血液がん患者は約10倍も帯状疱疹を発症する頻度が高いといわれています。また、がん患者は帯状疱疹の痛みが長期化しやすいことも分かっています。
では、帯状疱疹を発症した人ががんになる危険性はあるのでしょうか。2013年に、イギリスのがん専門医学情報誌に興味深い疫学研究が発表されているのでご紹介しましょう。
この疫学研究はイギリスの医療データベースを用いて調査されました。過去にがんになったことがないことを前提に、帯状疱疹にかかった約1万3000人と、年齢などの条件を一致させた帯状疱疹にかかったことがない約6万人を最長5年間にわたって比較しました。
帯状疱疹になるとがんの発症リスクが上がり50代以下では6.6倍に及ぶと判明
その結果、帯状疱疹にかかった人は、かかったことがない人に比べて、がん発症リスクが2.4倍高くなっていることが判明したのです。特に、18~50歳までの比較的若い世代では、がん発症のリスクが6.6倍に上昇することが明らかになりました。
帯状疱疹の診療後に発症するリスクが高くなるがんを種類別に見ると、卵巣がん(5.4倍)、肉腫をはじめとした結合組織の悪性腫瘍(4.5倍)、脳・中枢神経のがん(4.0倍)、食道がん(3.4倍)、口腔がん・咽頭がん(3.1倍)、血液のがん(3.0倍)が挙げられています。
興味深いのは、この中の多くが免疫を応用した治療で効果が得られやすい種類のがんである点です。帯状疱疹の発症後に起こりやすいがんが、免疫の影響を受けやすいがんであると考えられるのです。
ここで注意してほしいのは「帯状疱疹が原因でがん細胞が発生する」というわけではなく、「帯状疱疹が起こる状態はがん細胞ができるほどに免疫力が低下している状態」という点です。若い頃に帯状疱疹になった人ほどがんになるリスクが高いのも、若いにもかかわらず帯状疱疹を発症するほど免疫力に大きな問題があったからだと考えられます。
がん細胞は発生してから画像検査で見つかる大きさに成長するまで、5~10年を要するといわれています。帯状疱疹を発症した段階で、がん細胞になる前の「顔つきの悪い細胞」はすでに生まれていると考えられます。事実、帯状疱疹の発症からがんと診断されるまでの期間は、中央値では約2年3ヵ月であり、長い時間を経てがんが見つかっていることが分かります。つまり、帯状疱疹が「がん発症の前兆」であることは間違いないといえるのです。
では、帯状疱疹が起こった段階では手遅れなのかというと、そうではありません。がんになる前の「顔つきの悪い細胞」の段階であれば、生活習慣の改善に取り組んで免疫力を高めることで、元の正常な細胞に戻る可能性があるからです。
免疫力を高める生活としては、禁煙はもちろん、節酒に取り組むことが大切です。また、運動習慣も密接に免疫力と関わっているため、1日10分、週3回程度の散歩を習慣化するといいでしょう。
近年、腸内環境が免疫力向上に欠かせないことが知られるようになっていますが、現在ではさらに研究が進んでいます。かつては「善玉菌を増やし、悪玉菌を減らすことが大切」といわれていましたが、最近では「菌の種類にかかわらず、腸内の多様性を維持することが重要」と考えられるようになりつつあります。善玉菌を中心としながら、悪玉菌を含む多種多様な腸内細菌を内包することで、がんの治療効果が向上すると分かっているのです。
腸内の多様性を維持するうえでおすすめなのが、日本の伝統的な食生活です。欧米型の肉を中心にした食事ではなく、根菜が豊富な食事をとるようにしましょう。
さらに、帯状疱疹を発症したことのある、特に50歳以下の若い方は、がんの発症リスクが高いと考え、予防に努めることが大切です。がん検診を受けることはもちろん、気になる症状があれば、早期に医療機関を受診するようにしましょう。