東御市立みまき温泉診療所顧問 倉澤 隆平
口の中がピリピリする舌痛症や皮膚がただれてくずれる褥瘡の真の原因は亜鉛欠乏症
「食欲が湧かない」「舌が痛い」「口の中が苦い」「皮膚がかゆい」といった悩みを抱えていませんでしょうか? 高齢者の多くが抱えている悩みで、原因は亜鉛欠乏症かもしれません。
亜鉛は必須微量ミネラルで成人の体内に約2㌘存在し、主に皮膚や骨、肝臓、眼球、筋肉などに含まれています。亜鉛は体で作ることができないため、食べ物から補給する必要があります。
下の図(『亜鉛を多く含む食材』)のような亜鉛を多く含む食べ物は知られていますが、摂取量が少なければ意味がありません。私がおすすめするのは、コメやミソなどを使った日本古来の和食です。和食の基本であるコメに含まれる亜鉛は少量ですが、ご飯を1日3杯食べながら豆類や魚介類、野菜類などをバランスよくとることで1日に必要な亜鉛の大部分を満たすことができます。
亜鉛の働きは多岐にわたり、あらゆる機能に関わっています。主な働きは、次の3つに大別することができます。
● たんぱく質の構造因子
亜鉛は血糖値を下げるインスリンや遺伝子情報の設計図であるDNA(デオキシリボ核酸)、遺伝子情報を正しく伝達するRNA(リボ核酸)などの構造を維持しています。亜鉛がたんぱく質の構造を維持していなければ、インスリンやDNA、RNAが正常に働かず、糖代謝や細胞分裂の異常が引き起こされて糖尿病やがんを招く可能性があります。
● 酵素の補因子
酵素は、食べ物の消化や吸収、排出に至るまでのあらゆる過程に関わり、栄養素を消化・吸収するために欠かせない物質です。亜鉛は300種類以上の酵素の働きを正常化する補因子のため、必要不可欠なミネラルなのです。
● シグナル因子
亜鉛は細胞内外に刺激を与えるシグナル因子として知られ、ホルモンの分泌調節に大きく関わっています。さらに、亜鉛のシグナル因子によって、遺伝子が起こす細胞死である「アポトーシス」を調節しています。亜鉛が不足してシグナル因子を出せなくなった場合、ホルモンの分泌やアポトーシスに異常が起こって体に不調が生じてしまうのです。
亜鉛が不足して起こる亜鉛欠乏症は、高齢者の半数以上が発症しているともいわれています。味覚障害を引き起こすことで知られている亜鉛欠乏症ですが、多種多様な症状を招くことが分かっています。
● 味覚障害
舌で味覚を感じるのは、舌にある味蕾の中の味細胞から味覚神経を通して脳にある味覚中枢に情報が送られるためです。味細胞は短い周期で新しく生まれ変わるため、亜鉛が不足すると味細胞が新たに生まれなくなって味覚障害が起こるのです。「味が分からない」「ご飯を食べると苦い」「水を飲んだら酸っぱい」などと感じるようであれば、味覚障害が起こっているといえます。
● 舌痛症
舌痛症は、口の中の粘膜面に生じる原因不明の痛みのことです。舌にヒリヒリ、ピリピリする痛みや、カーッとする灼熱感などの症状を覚え、長期間続くのが特徴です。
舌痛症は原因不明といわれていますが、多くの場合は亜鉛の欠乏が原因です。亜鉛を補充することで脳に送られる痛みの刺激を抑制することが分かっています。私が診てきた舌痛症の患者さんは、亜鉛を補充することで、四ヵ月から半年の間に症状が軽快し、完治する場合が多いのです。
● 褥瘡
褥瘡は皮膚の一部が赤い色味を帯びたり、ただれたり、傷ができてしまったりすることで、一般的に「床ずれ」ともいわれます。寝たきりの高齢者に多く起こる褥瘡の原因は、血流が悪化して皮膚の細胞に十分な酸素や栄養素が行き渡らなくなることと考えられています。褥瘡の改善や再発防止のために除圧法や除圧器具が開発されているものの、改善しなかったり、治っても再発しやすかったりするのが実情です。
その理由は、褥瘡の真の原因は血流の悪化ではなく、亜鉛欠乏症だからです。亜鉛を補充すると創傷治癒機能が正常に働くようになり、傷の治りも早くなって褥瘡が自然と改善します。私の患者さんで除圧法を行っても改善しなかった重症の褥瘡が、亜鉛を補充してから3ヵ月後にはきれいに塞がった方を何人も診ています。
● 皮膚搔痒症
皮膚搔痒症は、皮膚に目立った異常が見られないにもかかわらずかゆみが起こる病気です。皮膚搔痒症の原因は皮膚の乾燥や老化といわれていますが、私は亜鉛欠乏症だと考えています。亜鉛が欠乏することで皮膚が正常に生まれ変わらないため、乾燥したりバリア機能が低下したりするのでしょう。
私が診てきた高齢者の半数以上は老人性皮膚搔痒症に悩んでいました。保湿剤やステロイド薬は一時的な効果をもたらすものの、根本的な解決にはなりません。そこで、亜鉛を補充したところ、約半年後には改善したのです。
● 口腔咽頭内症状
口腔咽頭内症状は「口の中がガサガサする」「食べていないのに口の中が苦い」「飲み込みにくい」などといった症状のことを指します。具体的な病名はありませんが、高齢者の多くは口腔や咽頭に違和感を覚えています。口腔咽頭内症状の多くの原因は亜鉛欠乏症によるものです。
亜鉛が欠乏すると、知覚神経という体の感覚を脳に伝える神経が正常に働かなくなります。その結果、知覚神経が誤作動を起こして口の中や咽頭に違和感を覚えさせてしまうのです。
口腔咽頭内症状の場合、亜鉛を補充することで知覚神経が正常に働くようになり、口腔や咽頭の違和感はなくなります。私の患者さんに亜鉛を補充すると、数週間から1ヵ月程度で改善する方がおおぜいいらっしゃいます。
● 食欲不振
食欲不振は食欲が湧かなくなることで、多くの高齢者が経験しています。高齢になれば食欲も落ちると思われていますが、多くの原因に亜鉛の欠乏があるのです。
亜鉛が不足すると消化管粘膜が萎縮し、消化液の分泌が減少したり、消化管運動が低下したりします。その結果、食欲不振に陥ることが分かっています。
また、亜鉛は摂食中枢の刺激にも関わっているようで摂食行動を促すと考えられます。亜鉛が不足すると、摂食中枢に正常な刺激が送られないため、食べたいという意欲が湧かなくなります。一方で、亜鉛を補充すると、摂食中枢が正常に働いて食欲が湧くようになるのです。
食欲不振などの理由で胃から直接栄養を摂取する胃ろうを造設する患者さんがいますが、私はおすすめできません。私の患者さんの中にも「食欲がない」と訴えている方が多くいますが、亜鉛を補充すると数日から二週間後には「食欲が湧くようになった」と喜んで話をしてくれます。
亜鉛欠乏症の診断項目の1つに、血清亜鉛値があります。一般社団法人日本臨床栄養学会が定めた『亜鉛欠乏症の診療指針2018』には、血清亜鉛値が60㍃㌘(㍃㌘は100万分の1㌘)未満の場合は亜鉛欠乏症、60~80㍃㌘未満の場合は潜在性亜鉛欠乏と記されています。とはいえ、私は長年の亜鉛研究の結果と照らし合わせると、主に血清亜鉛値で亜鉛欠乏症かどうかを判断するのは難しいと考えています。
なぜならば、血清亜鉛値には個々人に適切な亜鉛濃度があるからです。実際に患者さんを診ていると、血清亜鉛値が100㍃㌘を超えていても亜鉛欠乏症だった場合が少なくありません。さらに、血清亜鉛値は日内変動しやすいことも挙げられます。亜鉛濃度の場合は午前中に高くなり、午後になるにつれて低下する傾向があります。
私が考える亜鉛欠乏症の診断は次のとおりです。
①食欲不振はあるか
②食事をおいしいと感じるか
③かゆみはあるか
④褥瘡はあるか
⑤舌痛症や口腔咽頭内症状はあるか
⑥元気はあるか
この6項目のいずれかに異常がある場合は、亜鉛欠乏症の可能性があります。亜鉛欠乏症の症状の経過やほかの多彩な症状も診たうえで血清亜鉛値を測定し、数値の推移を確認することが大切です。
亜鉛欠乏症が改善する際、亜鉛を補充して1ヵ月後に血清亜鉛値の急激な上昇が認められます。その後、翌月には初期値付近まで低下し、以後は徐々に上昇して平衡に達します。さらに、亜鉛を長期間補充すると、平衡に達した最高値よりも若干低い値に下がって横ばいになる傾向があります。私は横ばいになった数値が個人に固有の適切な血清亜鉛値と考えています。
亜鉛を補充して1ヵ月後に血清亜鉛値が急激に上昇する理由は、亜鉛が欠乏している体の部位に優先的に行き渡らせようと、ほかの部位での吸収が抑制されるからだと考えています。また、その翌月に初期値まで亜鉛濃度が低下する理由は、欠乏していた部位に亜鉛が十分に行き渡ることで、全身の亜鉛の吸収が正常化するからだと考えられます。
亜鉛欠乏症の症状が改善すると、肝機能障害やがん、糖尿病など、あらゆる病気が快方に向かうと考える医師もいます。なぜなら、あらゆる病気の背景には、亜鉛欠乏による体の機能不全があるからです。亜鉛を補充することで栄養素の消化・吸収やホルモンの分泌、神経伝達などが正常化し、病気も治癒されていくのです。
亜鉛欠乏症の原因はミネラルが不足した食材で薬や健康食品で補給することも必要
亜鉛欠乏症の原因は、食欲不振による「摂取不足」、慢性肝機能障害による「吸収不全」、妊娠による「需要増大」、薬の服用による「排出増加」の四つといわれています。中でも、私は食物に含まれる亜鉛の量が不足していることによる摂取不足が最大の原因と考えています。
亜鉛などのミネラルは土の中に含まれています。土壌中のさまざまな微生物によってミネラルや種々の微量な物質が分解・合成されるため、野菜や植物にとって必要な栄養素として自然に吸収されます。しかし、近年の農業の大規模化や効率化に伴って、化学肥料や農薬が大量に使われるようになりました。その結果、土壌中にすむ微生物の適切な分解・合成ができなくなったり、栄養素のバランスがくずれたりして、野菜や植物の健康に必要なミネラルやさまざまな物質が十分に吸収されていない可能性があります。
さらに、本来なら亜鉛を多く含む牛肉や豚肉もミネラルが乏しいエサを食べたウシやブタでは少なくなっているのではないかと考えています。現在、私たちが食べているさまざまな食材に亜鉛などのミネラルが少なくなっているため、亜鉛欠乏症が引き起こされるのです。
亜鉛を補充する場合は、亜鉛濃度の検査をしながら亜鉛製剤の処方をしてもらうのがいちばんです。検査を受けるのが困難な場合は、亜鉛とセレンが配合されたジンクレンの粒を飲むといいでしょう。ただし、血清亜鉛値は個々人に固有の適正な数値があるので、ジンクレンの粒を飲む前に血清亜鉛値を検査しておくことで亜鉛欠乏症の治療が必要になったときに役立てることができます。
実際、私も血清亜鉛値を検査しながらジンクレンの粒を飲んでいる1人で、80歳を超えても現役で医師を続けられています。亜鉛を補充しているからこそ、活力に満ちあふれているといっても過言ではありません。
私が亜鉛について最も伝えたいことは、まだ研究段階だということです。これまでに分かっていることで判断してしまいがちですが、未知なる症状やしくみ、働き、ミネラルとの相互関係が見つかることは少なくありません。不定愁訴のような原因不明の症状が亜鉛欠乏症によって起こっている可能性もあるのです。体調がすぐれなかったり、意欲が減退していたりする方は、亜鉛製剤やジンクレンの粒を飲んでみてはいかがでしょうか。